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トランプ狙撃と為替介入

~ドル円レートはどう動くか?~

熊野 英生

要旨

トランプ候補が共和党大会を前に7月13日に狙撃に遭遇した。そこでは、自身の健在ぶりをアピールする姿が放送された。米大統領選挙は、トランプ候補は優勢に傾いていくだろう。その影響がドル円レートにどう作用するかは読み方が難しいが、筆者は拡張的な政策が物価上昇圧力を高め、長期金利を高止まりさせる点でドル高円安の要因だと理解する。

目次

トランプ有利に傾く公算

米大統領候補のトランプ前大統領が、7月13日にペンシルベニア州で狙撃された。幸いにも生命に別条はなかった。狙撃直後に抱えられたトランプ候補は、高々と右手を挙げて、自分の健在ぶりをアピールした。この姿は、大統領選挙の情勢が一気にトランプ候補に傾くことを暗示させる。金融市場では、トランプ当選の確率が高まったという見方が一層強まることになるだろう。15日の共和党大会では、トランプ候補が正式指名されて、副大統領候補に上院議員のJ・D・バンス氏を選ぶ予定になっている。ウクライナ支援に反対する人物であり、強硬路線が際立つ人選だ。対するバイデン大統領は、第1回のテレビ討論会以来、劣勢さが目立つ。身内からも撤退論が噴出するという悪い展開である。

さて、本題はこれで為替レートの動向がどうなるかである。ここの判断は難しい。今後、11月の米大統領選挙まで、「もしもトランプ候補が大統領になれば」というシナリオが市場動向に織り込まれていくことだろう。拡張的な財政運営、再生エネルギー推進の後退、中国との貿易摩擦の深刻化、外国的な孤立主義への傾斜などが意識される。

本当に評価が難しいのは、それらを総合した為替レートへの影響である。トランプ候補自身は、ドル安を求める志向が強い。FRBには、高金利是正を強く求め、パウエル議長にも明示的に圧力をかけることもあり得る。パウエル議長自身も、議会証言などで年内利下げに前向きな姿勢を強調するようになった。9月と12月という利下げ開始の選択肢のうち、9月利下げの方が有力視されるようになっている。11月5日の大統領選挙前に、FRBは利下げを実行し、政治的圧力を緩和させる構えにあると、筆者の目には映る。これは、米株価上昇の要因でもある。2016年のトランプ大統領当選のときには、株式市場で「トランプラリー」が起こった。その再現も、FRBの利下げ観測と相まって、今秋に予想される。

しかし、トランプ候補の優勢は、本当にドル安・円高要因なのだろうか。筆者は、潜在的にはその逆のドル高要因だとみている。拡張的な財政運営は、米長期金利を高止まりさせる。再生エネルギー普及にブレーキを踏み、化石燃料を重視すると、それは物価上昇要因になる。中国からの輸入品に高関税をかけると、米消費者が割高な輸入品を買わざるを得なくなり、これも物価上昇要因である。FRBは政治的要因があっても、インフレ再燃に傾けば利下げが十分に行えなくなる。長期金利が高止まりすると、ドル高円安の要因になる。

短期的には、ドル安に向かっても、トランプ大統領の政策がより強く意識されてくれば、ドル安からドル高への流れに傾くのではないかと予想する。

日本政府の為替介入

トランプ候補の狙撃前には、日本政府の為替介入が実施されたという観測が強まっていた(図表)。7月11日の米消費者物価の発表直後、それから12日の日本時間に入ってからの2つのタイミングで介入観測がある。米物価の前月比の伸び率が予想以上に鈍いという見方は、FRBの早期利下げの開始を想起させる点で、ドル安円高要因である。もしも、そこで為替介入(ドル売り・円買い)が行われていたのならば、円安阻止ではなく、円高促進の取引になる。これは、異例に思える。161円台に進んでいく円安に歯止めをかけるのではなく、そこから円高に反転する流れを後押しする。介入の意図は、なるべく円高方向に押し下げたいというものだ。相場の流れを操作する意味で、スムージング・オペレーションとは違い。為替介入かどうかが疑われる面もある。

図表
図表

それはともかく、日本の通貨当局が相場の変化点を捉えて、市場参加者に「もしかして介入実施かもしれない」という疑心暗鬼を再び高めたところは技有一本に思える。為替介入は、回数を増やすごとに市場参加者の経験値が蓄積して、逆に不確実性が薄らでいく。「何を仕掛けてくるかわからない」と市場参加者に思わせる対応は、この不確実性を再度高めるという意味で効果的である。

もしも、為替介入の実施だとしたら、その規模は3兆円程度だとみられる。4月29日・5月2日のときは9兆円台だから、それよりも遙かに少ない規模になる。ドル円レートの変動は、円安進行が1ドル161.8円程度まで行って、そこから1ドル157.3円程度まで▲4.5円の振れになる。これは相対的に小さい印象だ。

規模は小さくても、市場の疑心暗鬼を生み出したことで、その効果はしばらく続きそうだ。

今後の展開

一旦は円高方向に向かった流れは意外に早く160円前後まで戻るのではなかろうか。今後は、トランプ候補に注目が集まり、そこでの言動はドル高要因と映るだろう。するとい、円高は進みにくくなると予想される。

一方、ドル円レートが1ドル161円に接近すると、「3度目の介入があるかもしれない」という牽制効果が働くので、161円までのレンジを容易には抜けないだろう。秋(7~11月)くらいにかけて1ドル155~162円程度の相対的に円安水準で推移するとみる。

筆者は、今後の経済指標次第ではあるが、米国の物価上昇圧力が弱まるほど、利下げの可能性は高まっていくことが円高圧力になることは認める。パウエル議長は、物価指標が2%にならなくても、利下げ実施があることを示唆している。

しかし、それでも潜在的な円安圧力は容易に解消しないのではなかろうか。日銀の追加利上げが7月末に政策決定会合であって、それが小幅であることは円高圧力を弱いものと意識させるだろう。11月の米大統領選挙が近づくに従って、米株式市場がトランプラリーを再現するような見方に傾き、株価上昇とともに米長期金利は上昇方向であろう。

逆に、もしも円高が急速に進むのであれば、米経済が悪化するシナリオである。2025年にかけて追加利下げが継続する見通しになる。筆者は、米経済が強いとみているので、それほど物価上昇圧力は弱まらず、米長期金利は依然として各国の長期金利よりも高いとみる。トランプ候補の優勢は、そうした下地もあって、物価上昇圧力を高めて、ドル高基調を継続させると予想する。

熊野 英生


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