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- 生産性が低ければ賃上げできない
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賃上げは、労働生産性を上げないと実質ベースでプラスになりにくい。生産性に注目すると、非製造業が足を引っ張る。最近は、訪日外国人需要が追い風になっているが、構造的には高齢化に伴うデフレ圧力、デフレ慣行がそこかしこに発見できる。
生産性問題を見落とすな!
現在、賃上げはわが国の最重要政策課題である。焦点とされるのが、中小企業の価格転嫁である。売上原価の上昇分を販売価格に上乗せする。それができれば、十分な賃上げ原資が確保できるとされる。
しかし、経済学の考え方では、それだけでは十分ではない。物価上昇分を完全に賃金上昇率に反映させても、事後的に物価が上昇すると、実質賃金はプラスになりにくいとされる。結局、物価上昇率と賃金上昇率をスライドさせるだけではなく、物価以上の賃金を増やすには生産性上昇が不可欠になる。この事実は、意外なほど語られていない。
筆者は、実質賃金が上がりにくい現状が日本の生産性の低さにも原因があるとみている。だから、今後、日本が生産性を高めれば、もっと好循環が実現しやすくなるはずという理屈になる。「急がば回れ」のような話だが、低生産性の問題を直視して、各所にはびこるデフレ的商慣行を見直すことは好循環の実現にきっと役立つと考えられる。
BtoBとBtoCの区分
そこで、現状を確認していきたい。日本の生産性は、セクター別にどうなっているのか。まず、わかりやすい区分として、①製造業、②非製造業のうちBtoB、③非製造業のうちBtoC、の3つに分けて状況を確認した(図表1、2)。GDP統計(国民経済計算年報)を使って、2022年までのデータを計算してみた。2015年をベンチマーク(100)にして、2015~2022年までの就業者1人当たりの実質GDP(実質生産性)の推移をみたものだ。すると、製造業はコロナ前の水準を大きく上回って増えていた。それに対して、2022年の時点では非製造業の生産性はまだコロナ前を回復できていなかった。このことから、非製造業セクターでは、実質賃金を増やしにくいということが類推される。


細かく考えると、非製造業のうちでBtoCは特にコロナで大きく影響を受けた経緯がある。このBtoCの内訳は、「卸小売、宿泊・飲食サービス、教育、保険衛生・社会事業(=医療・福祉)、その他サービス(=生活関連サービス・娯楽など)」で構成されている。宿泊・飲食サービスと生活関連サービス・娯楽が、2020年に大打撃を受けたことは記憶に新しい。当時、訪日外国人がほぼゼロの状態になって悲惨な状況に陥った。2022年はいくらか訪日外国人が戻ってきた分、生産性も戻ったのだろう。2023・24年のデータはまだ出揃っていないが、インバウンド効果が急回復してBtoCを大きくリバウンドさせているだろう。
一方、BtoBは「電気ガス、建設、不動産、金融・保険、専門・科学技術・業務支援サービス、公務」で構成されている。専門・科学技術・業務支援サービスは、事業者向け関連サービスとも言われる。こちらは、BtoCと同じく2021・22年はリバウンドしているが、そのペースは低いとみられる。BtoCもBtoBも、コロナで生産性が一旦低下したショックが残存して、早急な賃上げには応じにくかったと考えられる。
生産性の格差
製造業で生産性上昇幅が大きい理由は、外需を活路にできているからだ。製造業は、日本よりも価格転嫁が通りやすい海外市場に販路を持っている分、生産性も高くなる。反対に、国内の消費者は高齢化していて、値上げは通りにくい。
消費者物価指数の内訳では、2024年に入ってようやくサービス指数のプラス幅が高まっている。ようやく非製造業のBtoC分野でも価格転嫁も進んできたと推察される。その背景にあるのは、やはり訪日外国人が需要を牽引していることだ。宿泊料金は以前に比べて著しく高くなっている。飲食店でも値上げは日常化している。こうした値上げは、単なる価格転嫁だけではなく、需要の高価格シフトを伴っている。それは、「高付加価値化=生産性上昇」を実現させているから、賃上げの余力を稼げていると考えられる。
BtoC分野に訪日外国人の需要増という追い風が吹いていることは、内なるグローバル化が生産性の押し上げに寄与するという図式である。では、BtoBには、そうした追い風が働いているだろうか。BtoBでは、あまり生産性を押し上げる要因が見当たらないので、伸び代は大きくないというのが実情だろう。
個別にみた生産性の状況
筆者は、非製造業の状況について、もっと細かい分類で、かつ直近までデータを確認したいと思う。そのときに利用可能なのは、日本生産性本部のデータベースである。産業別・業態別のデータが月次・四半期で取れる。おそらく、第三次産業活動指数などを使って推計していると考えられる。それを以下で紹介してみよう(図表3)。

サービス全体の生産性は、2023年の前年比が▲0.3%、2024年1-3月の前年比が0.3%とほぼ横ばいであった。BtoBに属する産業のうち、電気ガス・熱供給水道は2023年の前年比が▲3.6%、建設が同▲2.5%、不動産が同▲5.1%、物品賃貸が同▲7.6%、事業者向け関連サービスが同▲1.1%といずれもマイナスである。プラスなのは、8つの産業中で運輸・郵便と金融・保険の2つに限られる。運輸・郵便は、その内訳で鉄道、道路旅客運送業がプラスで、ここには訪日外国人の需要増があるとみられる。
また、BtoC分野では、2023年の生産性が卸売、学習支援の2つがマイナスであるが、ほかの5つがプラスである(図表4)。プラスの生活関連サービス、小売には、訪日外国人需要の追い風が吹いている。円安下でどこまでBtoCの分野が伸び代を引き延ばせるかが、そこで働く就業者の待遇改善の鍵を握るだろう。

水準としての低生産性問題
しかし、BtoCの改善を素直に喜べない面もある。なぜならば、BtoCの産業は、もともと生産性が低く、それが雇用の受け皿になると、マクロで見た平均値の生産性が低下してしまうからだ(図表5)。BtoCの産業は、2020年にコロナで一時的に雇用減となったが、2021年以降は再び雇用を増やしている。日本の雇用は、製造業が漸次減少し、低生産性のサービスが雇用を拡大させている。特に、シニア雇用は高生産性のところに移動しにくい。これが、マクロの生産性上昇を抑制させている。

経済学者の一部は、低生産性の企業を淘汰して、労働力を高生産性の産業・企業に移動させろと提言する。直感的には正しく思えるが、日本の雇用者が高齢化する中では、そうした前向きな労働移動は期待できそうにない。むしろ、大企業を中心に、シニア雇用を低生産性の仕事に張り付けず、もっと競争環境の中で使って、個々に成果に応じた報酬を支払うことが重要だと考えられる。
また、BtoC全体もここにきて良くなっているが、教育、医療・福祉といった公益色の強い分野は生産性水準が低く、生産性上昇率も良くない。公的セクターには、政府から報酬が切り詰められるかたちでしか支払われない。公的関与が強いビジネスは、BtoBの電気ガス、公務など、儲かりにくい性格がある。これは裏返せば、生産性が伸びにくいことを意味する。前述した「各所にはびこるデフレ的商慣行」の代表格には、政府が関与するビジネス取引もある。
好循環を標榜する政府自身が、年金制度や価格設定の面でデフレ促進的なことをやっているのは矛盾である。政治家の目の届きにくいところを見直さないと、わが国の産業の生産性上昇はおぼつかないと感じる。
熊野 英生
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