インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インド株式市場を揺さぶったアダニ問題はいよいよ「場外戦」へ

~アダニ問題の公表が遅れる一方で投資調査会社の違法性を指摘、当局の恣意性が懸念される動き~

西濵 徹

要旨
  • 昨年のインド金融市場ではいわゆる「アダニ問題」をきっかけに動揺が広がった。この問題を巡っては、証券取引委員会(SEBI)が調査を実施しているが、最高裁は早期の調査結果の公表を求める一方、問題の契機となった投資調査会社の空売りに対する調査を命じた。SEBIによるアダニ問題の調査公表は遅れているが、SEBIは投資調査会社に法令違反の可能性を指摘する書簡を送った模様である。総選挙での与党の議席減を受けて直後の株価は大きく調整したが、国際的な指数に株式や国債が組み入れられるなどパッシブ投資家による資金流入を追い風に株価は最高値を更新している。景気の堅調さを示唆する動きがみられることも資金流入を活発化させるとみられる一方、当局は伝統的に海外資金の動きを警戒しているほか、当局による規制が恣意的に運用される懸念はくすぶる。足下の金融市場は期待先行感が否めないなか、モディ政権の動きに加え、SEBIによる調査結果はインドの先行きを占う試金石となり得ると考えられる。

昨年のインド金融市場においては、米国の投資調査会社(ヒンデンブルグ・リサーチ社)が新興財閥企業のアダニ・グループに関連して、過去数年に亘ってタックスヘイブン(租税回避地)を利用した子会社を介した資金送金を通じて株価操縦や不正会計を行っている旨の調査報告書を公表し、その内容をきっかけに同社の株価が大幅に下落したほか、株式指数も調整するなど混乱した。この調査報告を受けて、インド証券取引委員会(SEBI)は同社に対する実態調査の実施を明らかにしたものの、金融市場が混乱したことを受けてアダニ・グループの株価急落の直接的な被害を受けていない第三者が裁判所にSEBIが実施する調査内容を上回る詳細調査の実施を要求する公益訴訟を行う事態に発展した。この公益訴訟を巡っては、今年1月に最高裁判所が一連の疑惑を調査する特別チームを編成する必要はないとの見解を示した上で、SEBIが実施している同社に関する実態調査を3ヶ月以内に完了させることを命じるなど、アダニ・グループ側の主張にほぼ沿う事実上の『シロ判定』を下した(注1)。その一方、SEBIに対してヒンデンブルグ・リサーチなどが報告書を公表する前に株式の空売りを行ったことに関連して、一連の取引によりインド国内の投資家が被った損失が法律違反に該当するか否かを調査するよう指示した。なお、最高裁の判断はあくまでSEBIが実施する調査以上のものを必要としないとの判断を下しただけであり、SEBIの調査内容によってはアダニ・グループに対する評価が変わり得ると考えられる。また、最高裁はSEBIに対して3ヶ月以内に調査内容を公表することを求めたものの、その後に期間が延長されており8月14日までに調査を完了させるように命じており、その内容に注目が集まっている。こうしたなか、ヒンデンブルグ・リサーチが今月初めにSEBIからアダニ・グループに対する空売りについて法律違反に該当する疑いがあるとの書簡(show cause)を受け取ったことを明らかにしている。SEBIはヒンデンブルグ・リサーチをはじめとする6つの事業体による行為が詐欺・不公正取引慣行防止規制に抵触したと主張している模様であり、仮に違法行為が認定されれば罰金に加え、違法行為によって得られた利益が没収される可能性がある。なお、インド金融市場においては元々、証券取引規則によって外国人投資家による空売りが厳しく制限されており、上述の最高裁による調査命令を受けてヒンデンブルグ・リサーチによる具体的な空売りの内容に注目が集まってきた。他方、SEBIがアダニ・グループに対する調査内容を公表する前に、ヒンデンブルグ・リサーチなどに対する調査内容を公表した上で法律違反に該当する可能性に言及したことを巡っては、ヒンデンブルグ・リサーチ側が「SEBIは責任を放棄している」と反論する動きをみせている。さらに、アダニ・グループを巡っては、同社の創業者(ゴーダム・アダニ氏)がモディ首相と同郷であるなど昵懇とされる上、モディ氏が政治キャリアを駆け上がるのと軌を一にする形で事業拡大を図ってきたことから、度々政財界の癒着の構図が疑われてきたことがある。SEBI自体は政府から独立した機関としてこれまで独自の判断を下すことが少なくなかったものの、今回の一連の動きを巡っては違和感を禁じ得ないのが実情であろう。他方、先月初めに開票が行われた総選挙を巡っては、モディ首相が率いる最大与党BJP(インド人民党)を中心とする与党連合(NDA(国民民主同盟))は大きく議席を減らすも枠組全体として半数を上回る勢力を維持したことで(注2)、モディ政権は3期目入りを果たしている。総選挙において事前予想を覆す形で与党が議席を減らしたことを受けて、直後の金融市場においては株式指数が大幅に下振れしたほか、通貨ルピー相場も調整の動きを強めるなど動揺する動きがみられたものの、足下では最高値を更新するなど再び勢いを取り戻している。この背景には、ここ数年の世界経済が分断の動きが広がるとともに、世界的なサプライチェーンの見直しの動きが広がるなかでインドは中国に代わる製造拠点として注目を集めており、世界経済のけん引役になるとの『期待』が押し上げている面がある。さらに、新興国株を対象とするMSCIグローバル・スタンダード指数においてインド株のウェイトが過去最高になっていることに加え、先月末にはJPモルガンが新興国債券指数にインド国債を組み入れており、パッシブ運用の資金流入の動きが活発化していることも影響しているとみられる。ただし、こうした資金流入にも拘らず通貨ルピーの対ドル相場は最安値圏で推移するなど動意の乏しい展開が続いており、これは一昨年末以降1年半以上に亘って当局がルピー相場の安定を目的に為替介入を実施していることが影響していると考えられる(注3)。他方、足下の企業マインドは製造業、サービス業ともに堅調な推移をみせるなど景気拡大の動きが続いている様子が確認されており、中国経済の先行きに対する見方に不透明感がくすぶるなかでは外国人投資家を中心にインド金融市場に資金流入の動きを活発化させる展開が続く可能性は高まっている。しかし、インド政府はこれまでも海外からの資金流入に対して警戒する向きが強く、足下のルピー相場が落ち着いた推移をみせていることにもこうした動きが現れている。こうした状況に加え、上述したように外国人投資家に対して不透明な動きが顕在化する展開が常態化すれば、同国金融市場や同国経済に対する見方が大きく変化する可能性はくすぶる。インド経済に対する期待は間違いなく高いものの、3期目入りしたモディ政権が如何なる動きをみせるかに掛かっているが、モディ氏自身の高い国民人気に依存してきた政権運営は総選挙での大幅な議席減を受けて見直しを余儀なくされ、そのことが国民の目を過度に意識した内向き姿勢を強めることに繋がる可能性も予想される。その意味では、モディ政権の動きに加え、アダニ問題を巡ってSEBIが如何なる調査結果を公表するかが『その後』を占う試金石となる可能性にも要注意と言える。

図 1 主要株価指数(ムンバイ SENSEX)の推移
図 1 主要株価指数(ムンバイ SENSEX)の推移

図 2 ルピー相場(対ドル)の推移
図 2 ルピー相場(対ドル)の推移

図 3 製造業・サービス業 PMI の推移
図 3 製造業・サービス業 PMI の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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