- 要旨
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日銀が6月会合で長期国債の買い入れ金額を減額する方針を明らかにした。その意図は、今後、超過準備を減らしていくことにある。5月時点で469兆円もの準備預金制度の適用先の超過準備に付利が行われると、今後の追加利上げで日銀が赤字に転落する可能性がある。それを回避するために、日銀は長期の調整に着手するということなのだろう。
超過準備にかかる利息
日銀は、次の利上げをいつ実施するのであろうか。筆者は2024年7月末の会合で、政策金利を0.25%に引き上げる可能性は高いとみている。すでに、4月25・26日の決定会合の議事要旨では、委員の中から「円安を背景に基調的な物価上昇率の上振れが続く場合には、正常化のペースが速まる可能性は十分にある」との発言があり、早期の追加利上げが示唆されていた。
実は、本稿の内容はそのことを詳しく検討しようというものではない。それとは別に、追加利上げをすると、今の日銀は巨額の利息を超過準備に対して支払わなくてはならなくなる。この利息は、主に銀行収益を嵩上げすることになるが、その金額は多くの人が直感的に考えるよりも遥かに大きい。つまり、銀行収益を極めて大きく押し上げて、金融仲介機能にも多大な恩恵を与えるのだ。この論点も後でじっくり考えてみたい。
相応の額とはどのくらいか?
まず、この問題が日銀の長期国債の買入減額と深く関係していることを明らかにしておく。6月14日の植田総裁の記者会見では、7月末の会合で具体的な長期国債の減額幅を決めるとした。そして、その減額幅が相応の額だと表現した。ニュアンスは、思っているよりも大きいですよという感じだろう。筆者は、その規模が今後1~2年という段階的縮小(テーパリング)の期間が終わると、月間▲3兆円くらいにまで拡大してもおかしくはないとみている。なぜ、日銀が金融機関にわざわざ1か月以上かけてヒアリングするのかと言えば、その相応額がきっと大きいからだろう。もしも、▲1兆円程度であれば、6月会合でさっさと発表しているはずだ。そうではなく、わざわざヒアリングするのは、▲1兆円程度の幅ではなく、もっとインパクトのある大きな金額を減額したいという思惑があるからに違いない。
例えば、6兆円程度の買入額を3兆円ほど減らすと何が起こるのかを考えると、毎月▲3.4兆円ペースで日銀のバランスシートが圧縮される。公表資料から現時点での長期国債の償還額を計算すると、月平均▲6.4兆円となる。つまり、現在は長期国債の保有残高はほとんど減らない格好なのだ(月▲0.4兆円程度)。もしも、毎月▲3.4兆円程度の圧縮ペースに買入れを減らせば、同時に日銀当座預金も減る。年間▲41兆円くらいだ。
日銀は、準備預金制度を適用している金融機関に所要準備を積むことを義務付けている。その金額は、2024年5月で13.2兆円になる。それを超えた超過準備469兆円に対して、3月のマイナス金利解除の後、0.1%の付利を行っている。年間0.469兆円の支払利息になる。
もしも、7月に追加利上げをして0.25%とすると、その支払利息は年間1.17兆円に膨らむ。仮に、政策金利を1.0%まで引き上げると4.7兆円だ。2022年度の全国銀行の経常利益は4.2兆円になる。日銀の支払利息がいかに巨額かがわかると思う。
日銀にとって負担大
これで、なぜ日銀が超過準備をなるべく大きく削減したいのかという動機がわかっただろう。しばしば、日銀のバランスシート問題が騒がれるが、フローの赤字についても深刻だ。2023年度上半期の日銀決算では、経常利益が2.3兆円である。年間4.6兆円という計算になる。下手をすると、追加利上げで日銀の納付金は吹き飛んで、赤字に転落してしまいそうだ。日銀が政府に納付して、その他の収入に充当されている金額がゼロになるのは、政府にとっても手痛いことだろう。だから、日銀の長期国債買入額はなるべく早期に減額したいというのが、植田総裁の思いであろう。
超過準備469兆円を先々どのくらい圧縮できるかを計算すると、年間▲41兆円の削減額が12年間続けば、超過準備はゼロになる。植田総裁は、超過準備ゼロを目指している訳ではないと言うが、極力減らしたいと思っているはずだ。
支払利息=受取利息の使い道
読者の中には、銀行収益が日銀からの支払利息によって嵩上げされるのならば、銀行がその分を預金金利の引き上げに回せばよいと考える人もいると思う。日銀が赤字になっても、マイナス金利で奪った分を返還するのだから仕方ないだろうという意見も出てきそうだ。
しかし、銀行は銀行で増加する受取利息を使うあてがあると思う。それは、日銀の利上げに伴って増加が予想される不良債権コストへの充当である。ここには、その損失に備えた引当金の上積みもあるだろう。
また、金利上昇局面では、銀行の保有国債にも含み損が発生する。満期保有以外の部分は、時価評価をしなくてはいけない。もちろん、長期金利が上昇するので、銀行が受け取る利息収入でカバーできる部分も大きくなると考えられる。金利上昇が起きても、全体では収支が改善して、それで回っていく世界になるだろう。
筆者は、日銀が銀行に支払うことになる利息も、金融取引が正常化していくための原資になっていくと考えるので、不当な利益を供与することにはならないと理解する。いずれにしても、超過準備は遠い将来にはなくなっていく存在であろう。
政府債務の重荷
ここまでは、日銀が超過準備に支払わなくてはいけない利息が、いずれ巨大化する可能性があることを中心に据えて考えてきた。これは、日本の国全体では部分的な問題でしかない。なぜならば、政府は1,000兆円を超える債務残高を持ち、その支払利息もまた巨大化するリスクを抱えている。
これは時限爆弾と同じで、10年の長期国債が満期になった時点で、それまでよりも高い金利に洗い替えされる。つまり、支払利息の巨大化は、今後、10年満期の長期国債がロールオーバーされたときに徐々に進んでいく。政府は、今年度の骨太の方針で、PB黒字化目標の達成を2025年度に据え置くことを確認した。これはきっとギリギリの選択だったのだろう。名目GDPを膨らませるとしても、PB黒字化で債務残高を減らし始めることが、債務の発散を食い止める条件になる。おそらく、政治の世界では、そうした認識が乏しく、日銀がマイナス金利解除でルビコン河を渡ったことに気付いていないと思う。もはやデフレではなくインフレの世界、金利がある世界に変わったことを正しく理解しなくてはいけない。
熊野 英生
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