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2024.06.18
日本経済
経済財政政策
所得・消費
骨太方針2024のポイント(構造的賃上げ編)
~賃上げを起点とした生産性向上を企図~
星野 卓也
- 要旨
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- 政府の経済政策における重要テーマが「構造的賃上げ」。今年の骨太方針では昨年を踏襲する形で、省力化投資などへの投資支援、成長分野への労働移動、企業統合等の円滑化を軸とする政策が並んでいる。賃上げを起点とした生産性向上を企図している点が特徴である。
- 足もと、春闘賃上げ率の高まりや転職者待遇の上昇、副作用としての人手不足倒産の増加など、賃金上昇のメカニズムは起動してきている。政府の目指す好循環実現の障壁となっているのが火のつかない個人消費だ。定額減税や春闘賃上げの反映による所得増が見込まれるものの、素直に消費に結びつくかは不透明。家計の将来不安緩和の観点でも社会保障制度改正のメッセージ発信、特に今年の年金財政検証の役割は「好循環実現」の観点でも大きいと考える。
構造的賃上げに向けた投資促進・労働移動促進・新陳代謝促進策が今年もテーマに
政府の経済政策において昨年から続く重要テーマが「構造的賃上げ」、持続的な賃金上昇である。足元では、今年の春闘賃上げ率の加速もあって、来年以降の賃上げの持続性が問われる局面にある。骨太内では、“「コストカット」が続いてきた日本経済を成長型の新たなステージへと移行させていくことが、経済財政運営における最重要課題となっている。”として、デフレからの完全脱却実現を最重視している。
政策の方向性は昨年の骨太方針や新しい資本主義実行計画と大きく変わるものではない。今回、2024年の新しい資本主義実現計画の骨格を末尾の参考資料に掲載した(骨太方針にも同様の記載がなされている)。「構造的賃上げ」の主だった関連施策として、まず、「Ⅱ.中小・小規模企業等で働く労働者の賃上げ定着」で定める中小事業者の価格転嫁推進や省力化投資の推進策がある。既存政策の継続項目も多い。具体策としては内閣官房と公正取引委員会による大企業に対する賃上げの価格転嫁の指針やその実行の徹底、昨年経済対策で措置したカタログ型の省力型投資補助金などが記載された。ここに加え、運輸・宿泊・飲食業など人手不足の深刻な業種の中小・小規模企業のAI・ロボットなどの自動化技術の利用拡大支援、人手不足の深刻な資格職である教師、保育士・幼稚園教諭、医療看護介護福祉、トラックドライバー、建設について各々分業推進や自動化技術の導入による人手不足緩和を目指す、などの施策が盛り込まれた。このほか、非正規雇用者の処遇改善策として、昨年夏に表明された最低賃金引上げの目標(2030年代半ばまでに全国加重平均1500円)も引き続き記載がなされている。
「Ⅲ.三位一体の労働市場改革の早期実行」では、ジョブ型人事やリ・スキリング推進、成長分野への労働移動の円滑化が掲げられた。企業に向けた「ジョブ型人事指針」の今夏公表や企業に対する役職定年制・定年制の見直し検討を求める等の施策が挙げられている。労働移動の円滑化策としては自動車運転業など現場人材の評価制度構築、スキル取得支援などが挙げられた。なお、退職税制見直しに関する記載はなし。昨年は退職税制の見直し(勤続期間による控除枠の差異是正)が掲げられたが、サラリーマン増税批判によって頓挫していた。
また、「Ⅳ.企業の参入・退出の円滑化を通じた産業の革新」において、M&Aや事業承継の円滑化が挙げられた。骨太方針でも賃上げ促進の文脈でこれらの施策が紹介されており、賃金上昇に伴って事業継続が難しくなる低生産性企業の統合などによる生産性向上(いわゆる企業の新陳代謝促進)が企図されているといえる。M&A仲介事業者の手数料開示や支援強化、事業承継税制利用のための役員就任要件の緩和の検討、などの施策が盛り込まれた。
賃金上昇を起点とした生産性向上が狙い
今回の骨太方針の「構造的賃上げ」に関連した多くの施策は「人手不足に伴って生じる企業や家計の前向きな行動変化を政策によって後押し」するものといえる。賃金上昇圧力を起点に生産性向上を促すことを狙っている点が特徴だろう。
筆者なりにその構造を大まかに整理したものが資料1だ。起点となるのは企業の人手不足であり、これに伴い労働需給の逼迫を通じた賃金上昇圧力がかかる。より強い賃金上昇圧力がかかるのは新規採用部分である中途採用や新卒採用だ。中途採用者の賃金上昇は労働者の転職のインセンティブを強め、労働移動を活性化させる。労働移動が活発になれば、企業にとっては既存の労働者のつなぎ止めも必要になり、賃金上昇圧力は広がる。これが家計所得の増加につながっていく。企業は上昇する人件費をカバーするため、より労働者当たりの稼ぎ、つまり生産性を高めていく必要が生まれる。新ビジネスの開拓や省力化投資などがその手段だ。賃金上昇圧力を通じて企業は投資を通じて生産性を高めていく。政府は労働移動を促すための制度改革やリ・スキリング支援、企業への省力化投資、M&Aや事業承継の円滑化を通じた生産性向上を支援する。

政府の意図する「構造的賃上げ」のメカニズムは起動してきている。資料2は政府調査、民間調査における転職による賃金上昇者の割合である。いずれも転職によって待遇を改善する人の割合は上昇傾向にあり、資料1の中途採用者の待遇改善のメカニズムが働いていることを示唆している。今年の春闘賃上げ率の高さの背景には企業の人手不足、人材流出に対する危機感もある点を踏まえれば、そうした動きが既存者賃金の引き上げにもつながっているという整理ができるだろう。一方で、その副作用ともいえる部分である「人手不足倒産」も増加傾向にある(資料3)。帝国データバンク、東京商工リサーチいずれの調査でも2023年度の人手不足(従業員の採用難や人件費高騰)を理由とした倒産件数は過去最高になった。


個人消費の点火が好循環シナリオの要諦に
足元の賃上げ活発化の背景には、人手不足、労働市場の需給逼迫というマクロ経済の変化がある。今年の5%の高水準賃上げは難しいかもしれないが、人手不足環境継続のもとで賃金上昇圧力は根強く続きそうだ。政府に求められるのは企業が賃上げ圧力に対応するための生産性向上の取組―新ビジネス開拓や省力化などへの投資―への支援のほか、より良い待遇の企業へ移っていくための労働者側の労働移動の障壁を取り除いていくことであろう。昨年来掲げられている「構造的賃上げ」であるが、人手不足を奇貨に経済の構造変化を促す方向性は妥当だと考える。重要なことは政策の実効性を高めていくことにあるだろう。
好循環シナリオ実現に向けた障壁の一つが、火のつかない個人消費だ。骨太方針内でも指摘されているように(資料4)、好循環シナリオの実現には賃金上昇による消費の増加、それによる企業収益の拡大が不可欠である。消費停滞によって好循環が止まる事態を避けたいからこそ、物価高による実質所得の低下圧力を緩和する観点で、政府は家計向けの定額減税を6月から行うことで家計所得の底上げを図っている。

賃金上昇の姿やそれを通じた構造変化の姿は徐々にみえてきた。しかし、賃金から消費へのパスはまだみえてこない。今後実質賃金や実質可処分所得のプラス転換が実現した場合に、消費が活発化するのかについても不確実性が大きい。勤労者世帯の貯蓄率(黒字率)は依然高止まりが続いている(資料5)。コロナ禍で減らした消費水準・生活スタイルを完全には戻さずに貯蓄率の高い状態を維持していると考えられるが、根本にあるものは現役世代の将来不安であろう。今年1月から始まった新NISAがこれほど話題となっていること自体が家計の「お金の不安」の大きさを示しているともいえる。今年は公的年金の財政検証の年であり、公的年金の話題には否応がなく注目が集まるだろう。制度改正のメッセージや情報発信は家計の将来不安の緩和の観点でも非常に重要である。


星野 卓也
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。