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2024.06.12
アジア経済
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タイ中銀は家計債務を警戒、利下げを求める政府との対立激化は必至
~家計債務を巡るリスク、ラニーニャ現象によるインフレリスク、バーツ安懸念など中銀の悩みは尽きず~
西濵 徹
- 要旨
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- タイ経済はASEAN主要国のなかで最もコロナ禍からの立ち直りが遅れている。物価と為替の安定を目的とする金融引き締めが内需の足かせとなる一方、補助金政策も影響して昨年末から年明け直後のインフレはマイナスで推移した。よって、早期の景気回復を目指すセター政権は中銀に対して再三利下げを要求してきたものの、中銀は生活必需品を中心とする物価上昇やバーツ安による輸入インフレを警戒して様子見姿勢を維持してきた。足下では政局の混乱を警戒してバーツ安圧力もくすぶるなか、中銀は12日の定例会合で政策金利を4会合連続で2.50%に据え置いている。今回の決定も票割れするも利下げ主張派は1名減少するなど4月会合と比較して政策委員はタカ派にシフトしている。その上で、高水準に留まる家計債務を警戒する考えをみせるなど慎重姿勢を維持しつつ、先行きの政策運営を巡っては変更の可能性に含みを持たせる姿勢をみせた。しかし、先行きはラニーニャ現象によるインフレ懸念もくすぶるなかで慎重姿勢を維持する可能性は高く、利下げを求めるセター政権との間で対立が一段と深刻化することは避けられない。
タイ経済を巡っては、ASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかでもコロナ禍からの経済の立ち直りが最も遅れており、最大の輸出相手である中国景気が勢いを欠く推移をみせるなかで外需に不透明感がくすぶるとともに、物価と為替の安定を目的とする中銀による引き締め政策が長期化するなかで内需の回復が遅れていることが影響している(注1)。同国ではここ数年、商品高や国際金融市場における米ドル高による通貨バーツ安も重なる形でインフレが大きく上振れしたため、中銀は物価と為替の安定を目的に累計200bpの利上げに動いたが、家計債務がGDP比9割近くに達するなどアジア太平洋地域のなかで比較的高いなかで利上げの累積効果が家計消費の足かせとなっている。なお、インフレは一時14年ぶりの高水準となったものの、その後は商品高や米ドル高の一巡を受けて頭打ちに転じたほか、昨年末から年明け直後にかけてはマイナス圏で推移するなど一見落ち着きを取り戻してきた。こうした事態を受けて、昨年の総選挙後に発足したセター政権は早期の景気回復を実現させるべく中銀に対して利下げ実施を公然と要求する動きをみせてきた(注2)。しかし、インフレが下振れした背景には、プラユット前政権が実施したエネルギー補助金政策により物価が抑えられたことがあり、先行きはその影響がはく落することによる上振れが懸念される状況にある。また、昨年は異常気象による不作を理由に世界最大のコメ輸出国であるインドが事実上のコメ禁輸に動いたことでアジア域内における需給ひっ迫が食料インフレ圧力を招くとともに(注3)、中東情勢を巡る不透明感の高まりを受けた国際原油価格の底入れによるエネルギー価格の上昇も重なり、生活必需品を中心とする物価上昇に直面している。よって、上述のように政府は中銀に対して度々利下げを要求し、主要経済団体も政府を後押しする動きをみせるも、バーツ安による輸入インフレを警戒して中銀は静観する構えをみせてきたものの(注4)、その後も金融市場においては政局の混乱を理由にバーツ安圧力が掛かるなど中銀は難しい状況に直面している(注5)。さらに、足下のインフレはプラスに転じるとともに底入れの動きを強めるなど一段の加速に繋がる兆しがみられるなか、中銀は12日に開催した定例会合において政策金利を4会合連続で2.50%に据え置く決定を行っている。会合後に公表した声明文では、今回の決定が「6(据え置き)対1(25bpの利下げ)」と票割れしたことを明らかにしているものの、4月の前回会合では利下げを主張する政策委員が2名であったことを勘案すれば、政策委員がややタカ派にシフトしている様子がうかがえる。その上で、同国経済について「内需と観光関連が景気のけん引役になっている」として「今年の経済成長率は+2.6%、来年は+3.0%」とともに4月時点から据え置く一方、「競争力低下という逆風が輸出の足かせになり、先行きは外需と製造業を巡る不確実性や景気刺激策の動向を注視する必要がある」との考えを示している。一方、物価動向については「エネルギー補助金政策の効果はく落により上昇する」としつつ「今年のインフレ率は+0.6%、来年は+1.3%」とともに4月時点から据え置いた上で、「今年10-12月以降にインフレは目標域に回帰し、中期的なインフレ期待は目標に一致する」との見通しを示している。また、金融市場巡る環境について「全体的に安定している」との認識を示す一方、「高水準の家計債務を懸念しており、長期的な金融環境の安定に向けて信用の伸びは債務レバレッジ解消の動きと整合的であるべき」とした上で「現在進行中の債務再編と的を絞った信用保証制度を支持する」との考えを示している。その上で、現行の政策運営について「物価安定と持続可能な経済成長、金融安定の維持を目指したもの」との考えをあらためて示した上で、「長期的なマクロ金融の安定と景気と物価と整合的」との認識を示しつつ、先行きについては「景気と物価の見通しを考慮に入れる」として政策変更の可能性に含みを持たせる姿勢をみせている。しかし、足下ではエルニーニョ現象が収束する一方、今後はラニーニャ現象に移行する可能性が高まっており、同国を含むアジアにおいてはコメをはじめとする穀物の作柄に悪影響を与えることが懸念されるなど、物価上昇の動きが強まるリスクがくすぶる。その意味では、先行きも利下げを求めるセター政権と物価安定を重視する中銀の間で金融政策を巡る対立が一段と深刻化する可能性は高まっていると判断できる。



注1 5月20日付レポート「タイ経済はなぜコロナ禍からの立ち直りが遅れているか」
注2 1月9日付レポート「タイ・セター首相に「焦り」、景気失速を警戒して中銀に利下げを要求」
注3 5月21日付レポート「「熱波」が招くアジアの食料インフレ、「食料安全保障」の動きも影響」
注4 4月10日付レポート「タイ中銀、政府の「圧力」にも拘らず金利据え置きによる様子見を維持」
注5 5月30日付レポート「タイの政局混乱は日常茶飯も、バーツ相場の行方は中銀を悩ませる」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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