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2024.05.30
アジア経済
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タイの政局混乱は日常茶飯も、バーツ相場の行方は中銀を悩ませる
~上院選を前に保守派はタクシン派への圧力を強める一方、政策運営に不透明感が高まる懸念も~
西濵 徹
- 要旨
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- タイの検察当局は不敬罪を理由にタクシン元首相を起訴する方針を明らかにした。同国では来月10日の議会上院選を前に政局を巡る動きが慌ただしくなっている。なお、タクシン氏への起訴を前にセター首相の解任を求める請願も行われるなど、上院選後の影響力低下が懸念される保守派が「タクシン派」への圧力を強めているとみられる。金融市場にとってタイの政局混乱は「慣れっこ」だが、足下ではバーツ安圧力が強まりインフレ昂進を招く懸念が高まる。金融政策を巡って政府と中銀の対立が先鋭化するなか、中銀の対応が一段と困難を増すことは避けられない。他方、同国経済はコロナ禍からの回復が立ち遅れるなか、政局を巡る混乱が政策運営の不安定化を招くなど悪影響を与える可能性にも留意する必要があると考えられる。
タイの検察当局は29日、タクシン元首相を王室への侮辱を禁じる刑法の不敬罪などに抵触したことを理由に起訴する方針を明らかにした。罪状を巡っては、2015年にタクシン元首相が韓国メディアに対して行ったインタビューのなかで前年(2014年)に同国で発生したクーデターについて王室関係者が支持した旨の発言を行い、このことが不敬罪に抵触すると判断したとされる。タクシン元首相の代理人を務める弁護士はインタビューそのものの信ぴょう性に疑問を呈して起訴内容を否認した上で、無罪を主張する意向を示すなど全面的に争う構えをみせる一方、検察当局による出頭要請に対してはタクシン氏が新型コロナウイルスに感染していることを理由に回避しており、起訴手続きは来月18日に延期されている。ただし、昨年発足したセター政権を支える最大与党であり、セター首相も所属するタイ貢献党に隠然たる影響力を有するタクシン氏が起訴されることは同党のみならず、セター政権にも影響を与えることは必至と見込まれる。他方、セター首相を巡っても、今月に議会上院(元老院)議員40名が連名で憲法裁判所に対して解任を求める請願書が提出されるなど、来月10日に議会上院選挙の実施が予定されるなかで政局を巡る動きが慌ただしさを増している(注1)。その後、憲法裁判所は請願書を受理する(6(受理)対3(不受理))一方、審理中のセター首相の職務停止措置については回避されており(5(反対)対4(賛成))、セター首相は職務を継続できているものの、政権そのものに不透明感が増している。なお、議員の申し立ては先月末にセター政権が実施した内閣改造でタイ貢献党所属のピチット氏を首相府相に登用したものの(注2)、同氏がタクシン元首相の汚職疑惑を巡る裁判で弁護士を務めた際に判事に贈賄を図ったとして逮捕され、後に法廷侮辱罪で禁錮刑により服役したことを理由に閣僚の資格要件を満たしていないと主張した。この訴えを受けてピチット氏は直ちに首相府相を辞任して事態収拾を図ろうとしたものの、上述のように憲法裁は請願書を受理しており、議会上院選挙を前に改選前議席で多数派を占める保守派(親軍派や王党派)が影響力を行使できる憲法裁を通じていわゆる『タクシン派』に対する揺さぶりを強めているとされる。こうしたなか、上述のようにタクシン派の事実上の指導者であるタクシン氏に照準を合わせる動きをみせたことで、一段と政局が混乱の様相を呈する可能性は高まっている。なお、タイでは1932年のいわゆる立憲革命以降に未遂を含めて国軍によるクーデターが19回も発生しており、国軍の統帥権を有する国王が黙認することによってクーデターを事実上容認してきたと指摘されており、上述のタクシン氏の発言はそうした見方を披歴したと捉えられる。他方、昨年の総選挙で第1党となるなど躍進した民主派の前進党を巡っては、選挙公約に掲げた不敬罪の緩和について憲法裁が解党命令請求に基づく審理が行われている(注3)。現行憲法では王室を絶対不可侵と規定する一方、その条文を巡っては曖昧な記述が多く、そのことが国王や王室に絶対、かつ無限の影響力を与える一因になっているとの見方がある。結果として、王室や王室を護衛する国軍、ひいては王党派が影響力を行使することで既得権益層の利益が強固に守られる土壌が築かれる一因になっている。こうしたタイの政局を巡る不安定化について国際金融市場はある意味『慣れっこ』になっているものの、足下では通貨バーツ相場に再び調整圧力が掛かる動きがみられ、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とする物価上昇の動きが顕在化しており、先行きはバーツ安による輸入インフレがインフレ昂進を招くリスクが高まる。セター政権は早期に経済の立て直しを実現すべく中銀に対して再三に亘って利下げを要求する動きをみせる一方、中銀はバーツ相場や物価を巡るリスクに加え、家計債務を巡る懸念を理由に様子見姿勢を維持しており、政府と中銀の対立が一段と深刻化する動きもみられる(注4)。こうしたなか、セター政権は景気下支えに向けた施策を矢継ぎ早に打ち出す動きをみせているものの、コロナ禍を経て財政状況が急速に悪化するなかでの歳出拡大はクラウディング・アウトを招く可能性がある上、家計債務の過剰感が懸念されるなかで金利高が家計消費を圧迫することも考えられる。中銀にとっては物価と為替の安定という政策目的と、政府から日増しに強まる景気下支えに向けた圧力との間で板挟みとなる懸念が高まることは避けられないであろう。他方、タイ経済はコロナ禍からの立ち直りが遅れるなか(注5)、政局を巡る不透明感の高まりが政策運営の安定性を毀損する可能性も考えられるほか、そのことが同国経済への海外からの評価に悪影響を与えることにも留意する必要がある。


注1 5月14日付レポート「タイ上院任期満了、民主派への圧力が強まるなかで政局の行方は」
注2 5月2日付レポート「タイ・セター政権が内閣改造、経済や外交で成果をあげられるか」
注3 4月5日付レポート「タイ憲法裁が前進党への解党請求の審理開始、政局の行方は」
注4 4月10日付レポート「タイ中銀、政府の「圧力」にも拘らず金利据え置きによる様子見を維持」
注5 5月20日付レポート「タイ経済はなぜコロナ禍からの立ち直りが遅れているか」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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