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2023.12.13
アジア経済
その他アジア経済
パキスタン、次期総選挙まで2ヶ月を切るなかで波乱要因山積の展開
~カーン氏への「圧力」の一方でナワズ氏の出馬は大きく前進、治安情勢や地域情勢の不安要因も山積~
西濵 徹
- 要旨
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- パキスタンでは先月、選挙管理委員会が来年2月8日に総選挙を実施する方針を明らかにするなど「政治の季節」は佳境を迎えている。昨年失職したカーン元首相は捲土重来を期す構えをみせるも、様々な容疑で逮捕・起訴されるなど同氏、及びPTIへの圧力は強まる状況にある。他方、同様に捲土重来を期す構えをみせるナワズ・シャリフ元首相を巡っては、首相在任中の汚職容疑が相次いで逆転無罪となるなど出馬の可能性が広がっている。足下の経済状況は最悪期を過ぎつつある一方、インフレは収束の見通しが立たず国民生活は極めて厳しい状況が続く。一方、隣国アフガニスタンからの越境攻撃やイスラム武装勢力の活動も活発化するなど治安情勢は悪化しており、地域情勢の行方にも影響を与える懸念はくすぶるであろう。
パキスタンでは昨年、カーン元首相に対する内閣不信任案可決を受けた失職に反発して同氏に近い多数の議員が辞職したため、国民議会(議会下院)は4割近くが空席となる異常状態が続く一方、その後に発足したシャバズ・シャリフ前政権は経済の安定を優先して、議会解散と総選挙の実施を事実上先送りする展開が続いてきた。なお、シャバズ前政権はIMF(国際通貨基金)からの支援受け入れの実現に向けて、友好国に対して資金支援を要請したほか、二国間で最大の債権国となっている中国も融資の借り換えに応じるとともに、中国輸出入銀行も融資返済の繰り延べに応じるなどの動きがみられた。こうしたことから、今年7月にIMFは同国への総額22.5億SDR(約30億ドル)規模のスタンドバイ取極に基づく金融支援を理事会承認するとともに、直ちに8.94億SDR(約12億ドル)の融資が実施されるなど経済の立て直しに向けて大きな一歩を踏み出している。また、先月にはIMFによる1次レビューミッションの派遣を経て実務者レベルの合意に至っており、今後実施される理事会を経て5.28億SDR(約7億ドル)の融資が実施される見通しであるなど、経済の立て直しの動きは着実に前進している様子がうかがえる。結果、一時は外貨準備高が月平均輸入額の1ヶ月分にも満たないなど危機的状況が意識される展開が続いたものの、足下においてはIMFなどによる金融支援の実施も追い風に増加する動きが確認されている。10月末時点における外貨準高は47.33億ドルと月平均輸入額の1.1ヶ月分に留まるなど依然として厳しい状況には変わりないものの、最悪期を過ぎつつあると捉えられる。このように経済の立て直しに一定の道筋が付けられたことを受けて、シャバズ前首相は8月に国民議会の解散を宣言したものの、直後に選挙管理委員会は最新の国勢調査に基づく選挙区の区割り変更を理由に総選挙の実施時期は現行憲法で定められた「解散から90日以内」から後ズレすることとなった。先月に選挙管理委員会は総選挙を来年2月8日に実施する旨を発表しており、残すところあと2ヶ月を切るなかで『政治の季節』は佳境を迎えている。ただし、経済を巡る状況は最悪期を過ぎつつあるものの、足下のインフレはピークアウトするも中銀目標を大きく上回るとともに収束の見通しが立たない状況が続いており、国民生活を取り巻く環境は依然として厳しい状況にあることは変わりない。こうしたなか次期総選挙を巡って、昨年失職したカーン元首相は捲土重来を期す意欲をみせており、8月にイスラマバード高等裁判所が同氏への有罪判決(首相在任中に外国首脳から受領した寄贈品の売却に関する政府報告を怠ったもの)の効力停止と禁錮刑の一時停止を決定して道筋が付くと期待されたが、その後に別の容疑(首相在任中に外交公電の内容を公表した公職守秘法違反)で逮捕、起訴された。さらに、先月には首相在任中の不動産取引に絡んだ汚職容疑(英国が差し押さえた同国の不動産企業オーナーの資産返還に際して便宜を図るとともに、その見返りにカーン氏の妻による大学設立に向けた資金と土地の支援を受けたとされるもの)で捜査当局がカーン氏を逮捕するなど、カーン氏と同氏が率いるPTI(パキスタン正義運動)への圧力を強める動きがみられる。他方、汚職事件を巡る有罪判決を受けて失職した後、英国に事実上亡命したナワズ・シャリフ元首相(シャバズ前首相の兄)もカーン氏同様に次期総選挙での捲土重来を期す姿勢をみせており、10月に4年ぶりの帰国を果たした直後に同国中部パンジャブ州政府が有罪判決の効力を停止する『ウルトラC』を通じて次期総選挙に出馬可能となっている(注1)。さらに、イスラマバード高裁は先月末にナワズ氏に対する汚職事件(いわゆる『パナマ文書』を機に発覚した資金不正取得事案)に基づく10年の禁固刑を下した一審判決を破棄して無罪とし、12日にも別の資金不正取得事案(息子の会社から不正資金を得ていたとされるもの)に基づく7年の禁固刑を下した一審判決を破棄して無罪とする判断を下している。なお、最高裁判所はナワズ氏が失職した2018年に同氏の公民権を生涯に亘って停止する判断を下したものの、その後の法改正により公民権停止措置の上限は5年とされており、今回の逆転無罪判決も相俟って次期総選挙への出馬の可能性が前進した格好となる。ただし、こうしたあからさまな動きに対してPTIは反発を強めるなかで、カーン氏の支持者とナワズ氏の支持者の間の対立の構図が一段と強まることは避けられそうにない。他方、隣国アフガニスタンでイスラム主義組織のタリバンが復権して以降、過激派による越境攻撃が増加するなど治安が悪化する動きがみられるなか、今月にも政府と対立するイスラム武装勢力のパキスタンのタリバン運動(TTP)が軍施設に対する襲撃事件が発生するなど活動を活発化させる動きがみられる。ナワズ氏の復権の可能性が高まるとともに、アフガニスタンからの越境攻撃やイスラム武装組織の活動が活発化することも予想され、治安情勢を巡る不透明感が増すことが懸念されるなど治安情勢のみならず、地域情勢にも影響を与えることに留意する必要がある。


注1 10月25日付レポート「パキスタン、次期総選挙に向けて波乱要因が一段と増える動き」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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