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2023.10.25
アジア経済
その他アジア経済
国際的課題・国際問題
パキスタン、次期総選挙に向けて波乱要因が一段と増える動き
~カーン元首相の拘束、ナワズ元首相の「無罪放免」に加え、周辺国情勢の動きにも懸念が高まるか~
西濵 徹
- 要旨
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- ここ数年のパキスタン経済はスタグフレーションに見舞われるとともに、外貨準備不足によるデフォルトが懸念されてきた。IMFからの支援受け入れにより同国経済を取り巻く状況は最悪期を過ぎつつある。他方、シャバズ・シャリフ前首相は8月に議会を解散したが、次期総選挙の実施は来年1月にずれ込むなど後ズレしている。昨年失職したカーン元首相は次期総選挙での再起を目指すが、カーン氏や同氏が率いるPTIへの圧力が強まるなど見通しが立たない状況が続く。他方、汚職で有罪となるもその後に英国に事実上亡命したナワズ・シャリフ元首相が返り咲きを目指して帰国し、刑の執行が停止されるなど次期総選挙に道筋が付いた。ただし、PTIとナワズ氏が影響力を有するPML-Nの対立激化のほか、隣国アフガニスタンから過激派による越境攻撃が増すことも懸念される。次期総選挙に向けて新たな火種を抱える可能性も高まっている。
ここ数年のパキスタン経済を巡っては、コロナ禍による景気低迷、昨年は国土の3分の1が一時冠水する豪雨被害により主力産業の農業が壊滅的打撃を受けるなか、商品高や米ドル高によるインフレを受けてスタグフレーションに陥るとともに、外貨不足を理由に対外債務のデフォルト(債務不履行)に陥ることが懸念されてきた。こうした事態を受けて、同国政府はデフォルト回避を目的に、友好国を中心とする資金支援の要請に動くとともに、IMF(国際通貨基金)からの支援受け入れに向けた取り組みを強化させてきた。IMFは総額22.5億SDR(約30億ドル)規模の金融支援の実施を承認したほか、中国政府も融資の借り換えに応じるとともに、中国輸出入銀行も融資返済の繰り延べに応じるなど経済の立て直しに向けた動きは着実に前進している。結果、足下の外貨準備高は依然として低水準ではあるものの、最悪期を過ぎつつある様子がうかがえる。他方、政界においては昨年のカーン元首相の失職を受けて同氏に近い多数の議員が辞職したため、国民議会(議会下院)は4割近くが空席となる異常な状況が続いている。シャバズ・シャリフ前首相は8月に国民議会の解散を決定したものの、直後に選挙管理委員会が最新の国勢調査に基づく選挙区の区割り変更が必要なことを理由に、総選挙の実施は早くても来年1月下旬にずれ込むことを明らかにするなど、総選挙の実施は事実上先延ばしされている(注1)。なお、カーン元首相は次期総選挙に向けて再起を期す意向をみせるなか、高等裁判所は8月末に同氏に下された有罪判決(首相在任中の外国首脳から受領した寄贈品の売却に関する政府報告を怠った罪)の効力停止を決定し、禁錮刑が一時停止されたことで道筋が付くことが期待された。しかし、カーン氏を巡っては別の容疑(国家機密漏洩の罪)を理由に裁判所が逮捕を認める決定を下したことでその後も拘束状態が続くとともに、特別法廷は今月23日にカーン氏を同容疑で起訴し、カーン氏の側近であるクレシ元外相も同じ容疑で起訴する動きがみられる。こうした司法の動きについては、カーン氏が率いるPTI(パキスタン正義運動)が同国政界に強い影響力を有する国軍と対立しており、次期総選挙に向けて国軍が主導する形で『PTI潰し』の動きを強めているとみる向きは少なくない。さらに、次期総選挙に向けては、2017年に汚職事件を巡る有罪判決を受けて失職し、翌18年に禁錮刑を受けるも、19年に治療を目的に刑の執行が一時停止されて渡英した後、英国に事実上亡命したナワズ・シャリフ元首相(シャバズ・シャリフ前首相の兄)も『返り咲き』を目指しているとされた。こうしたなか、今月21日にナワズ氏は4年ぶりとなる帰国を果たすとともに、その直前には高等裁判所がナワズ氏の拘束を今月24日まで認めない決定を下したことから、国軍がナワズ氏の帰国を後押ししたとの見方も出ている。さらに、同国の刑事訴訟法では州政府が刑執行の停止、免除を行う権限を有するなか、拘束免除期限の最終日である24日に同国中部のパンジャブ州政府がナワズ・シャリフ氏に対する有罪判決の効力を停止する決定を行い、これによりナワズ・シャリフ氏は次期総選挙への出馬が可能となっている。なお、パンジャブ州はナワズ・シャリフ氏の地盤であるとともに、現知事(レーマン氏)はナワズ氏が隠然たる影響力を有するPML-N(パキスタン・ムスリム連盟ナワズ・シャリフ派)に所属するとともに、ナワズ元政権下で大臣を務めるなどシャリフ一族と関係が近いことも影響しているとみられる。ただし、ナワズ氏に対する一連の動きに対してPTIは反発を強めており、両党の支持者が一段と各々の主張を強める展開となることも予想される。その一方、隣国のアフガニスタンにおいてイスラム主義組織・タリバンが復権して以降、同国では過激派による越境攻撃が増加するなど治安が悪化しており、同国内のイスラム強硬派と繋がりが深いとされる保守政党を標的とした自爆テロを展開する動きがみられる。ナワズ氏の帰国を受けてPML-Nは次期総選挙に向けて活動を活発化させることが予想される一方、アフガニスタンからの越境攻撃の動きが一段と激化する可能性もくすぶるなど治安情勢を巡る不透明感が高まることも懸念される。その意味では、同国は次期総選挙に向けて治安を巡る『新たな火種』を抱える可能性が高まっていると考えられる。
注1 10月10日付レポート「パキスタン、総選挙先延ばしの背後で治安情勢に不透明感が高まる」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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