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アルゼンチン大統領にミレイ氏、「リバタリアン」は経済危機からの脱出を導けるか

~時間を掛けて公約実現を目指すと見込まれる一方、ミレイ氏は「ショック」も辞さない構えをみせる~

西濵 徹

要旨
  • アルゼンチンでは10日にミレイ新大統領が就任した。ミレイ氏はリバタリアンを標ぼうしており、通貨ペソ廃止による経済のドル化や中銀廃止といった極端な公約を展開して大統領選に勝利した。ただし、政権を支える与党は議会上下院双方で少数派であるなど政治的にハードルが高い上、外貨不足を勘案すれば実現性は低いのが実情である。他方、経済チームは政策運営の安定を重視した布陣をみせており、時間を掛けて公約実現の方策を探ると見込まれる。また、外交面では前政権による中国依存からの脱却と米国重視によるバランスを目指すと見込まれる。ただ、経済面で中国への依存度が高いなかでそのハードルは高い。極端な主張を展開したミレイ氏の今後の一挙一動には世界から注目が集まる展開が続くものと予想される。

アルゼンチンでは10日に大統領就任式が開催され、先月実施された大統領選において勝利した独立派右派ポピュリスト政党の自由の前進から出馬したハビエル・ミレイ氏が正式に大統領に就任した。ミレイ氏はリバタリアン(自由至上主義)を標ぼうする経済学者のほか、金融機関などにおいてエコノミストとして勤めた後、2010年代以降はテレビ番組のコメンテータとして国民の間で知名度を上げるとともに、2021年の議会選の前に右派ポピュリスト政党である自由の前進に参画して下院議員に当選するなど政治のキャリアを歩み始めた。しかし、政治キャリアの浅さに加え、その『型破り』な政治スタイルや極端な主義主張も影響して大統領選当初においては『泡沫候補』とされていたものの、8月に実施された大統領選への予備選挙で並み居る有力候補を抑えてトップとなる予想外の結果となったことで一転して注目を集めることとなった(注1)。その後の世論調査においてはミレイ氏が首位を走る展開が続くとともに、自由の前進の支持率も大きく上昇するなど、大統領選の本選に向けてミレイ氏の陣営が勢いを増す展開が続いてきた。こうした背景には、同国政界においては長らく左派のペロン党(正義党)と中道右派との間で政権が行き来する展開が続いてきたものの、2018年の『ペソ・ショック』をきっかけとする経済危機やコロナ禍を経て同国経済は疲弊しており、2019年の前回大統領選による政権交代の後も経済の立て直しが遅々として進まない状況が続いている。他方、その背後で足下のインフレ率は140%を上回る水準に一段と加速して収束の見通しが立たず、国民の4割が貧困状態に追い込まれるなど厳しい状況が続いており、若年層を中心に既存政治家に対する拒否感や絶望感にも似た感情がミレイ氏に対する支持を押し上げることに繋がったと考えられる。他方、ミレイ氏は経済危機からの脱却策として公約に通貨ペソ廃止による経済のドル化や中銀廃止といった極端な政策を公約に掲げているものの、その実現性や有効性については極めて不透明な状況にあると判断出来る。というのも、その実現には憲法改正をはじめとする法的な手続きが必要になるものの、新政権を支える自由の前進の獲得議席は議会上院(元老院)で7議席、下院(代議院)では40議席に留まる上、大統領選の決選投票でミレイ氏の支持に回った中道右派陣営を併せても少数派に留まる。中道右派陣営がミレイ氏の掲げる極端な政策をすべて支持するとは見通しにくく、その実現性は極めて低いと捉えられる。なお、ミレイ氏自身は経済のドル化について、物価抑制、農産品や鉱物資源などの輸出促進、海外からの投資受け入れ拡大による経済の立て直しを目指すものとしており、理論的にはそうした効果に繋がる可能性はある一方、10月末時点における外貨準備高は180億ドルに留まるなど資金を充分に供給出来る状況にはない。さらに、いわゆる『最後の貸し手』となる中銀を廃止すれば、仮に金融市場が動揺する事態に直面した場合にその対応が困難になることも予想される。他方、ミレイ氏は公共支出の大幅削減や国営企業の民営化といった公的部門の縮小を掲げているが、上述のように国民の4割が貧困状態に陥るなかで過度に公的部門を縮小させることは、その所得再分配機能を失わせることで国民生活に深刻な悪影響が出る可能性もある。なお、新政権の閣僚数はほぼ半減して9人としており、治安相には大統領選に出馬するも第1回投票で敗北を喫するとともに、決選投票においてミレイ陣営を支持する方針を示した中道右派のブルリッチ元治安相が就くなど、議会対策として中道右派陣営との連携を模索している様子がうかがえる。また、経済政策を担う経済相には欧米系金融機関での勤務の後、中道右派のマクリ元政権下で金融相や中銀総裁を務めたルイス・カプト氏、中銀総裁にはカプト氏と同様に欧米系金融機関での勤務経験が長く、カプト氏の盟友とされるサンティアゴ・バウシリ氏を指名するなど、具体的な政策運営に当たっては安定を重視する考えを示した格好である。事実、ミレイ氏はペソ廃止による経済のドル化と中銀廃止を掲げて当選したものの、カプト氏はドル化政策を急がない考えを示しているほか、バウシリ氏も在任中の中銀廃止はないとの考えを示すなど時間を掛けて具体的な方向性を見出すものと見込まれる。また、カプト氏もバウシリ氏もともにIMF(国際通貨基金)との折衝を経験した経緯があり、今後は合意内容の履行に向けた穏当な政策運営を志向するものと予想される。当面は公定レートと非公定レートとの間で大きな乖離があるなかで段階的に一本化を目指す必要があるものの、具体的な段階には様々な混乱が生じる可能性はくすぶる。他方、ミレイ氏は就任会見において「お金がない。漸進的な構造調整は巧くいかず、ショック的な調整こそが成功に導く」と述べ、「財政構造改革により財政規模をGDP比5%まで縮小する必要がある」として燃料や公共交通機関に関連する補助金削減や国営企業の民営化を進める方針を明らかにした上で、「この国はインフレ率が15,000%に達するリスクに直面している」と警鐘を鳴らすとともに国民に理解を求めた。その一方、外交面ではフェルナンデス前政権の下で中国に接近して来年からのBRICS加盟に道筋を付けたものの(注2)、外相に就任したディアナ・モンディノ氏はBRICSに参加しない方針を示しているほか、米国との関係を重視してバランスを採るなど大転換を図る方向に舵を切る姿勢をみせている。ただし、現状は中国が同国にとって最大の輸出相手となっている上、前政権は中国との通貨スワップによる支援を受け入れるとともに、今年は支援額が拡充されるなど、中国経済への依存度が高まる動きが広がるなかでその脱却は容易でない。その意味では、極端な主張から具体的な成果を上げることが出来るか、ミレイ政権の一挙一動に世界から注目が集まっている。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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