- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- マレーシア景気は底入れ確認も、その内容は見た目ほど力強くはない
- Asia Trends
-
2023.11.17
アジア経済
米中関係
アジア経済見通し
アジア金融政策
マレーシア経済
マレーシア景気は底入れ確認も、その内容は見た目ほど力強くはない
~7-9月は前期比年率+10.73%も6割強は純輸出と在庫で説明可能、先行きは国内外に不透明要因~
西濵 徹
- 要旨
-
- マレーシアは昨年、商品高や米ドル高によるインフレに見舞われ、中銀は利上げを余儀なくされた。年明け以降はインフレが頭打ちに転じるも、リンギ安を理由に政策運営は難しい対応を迫られる展開が続く。アジアでは生活必需品を中心とするインフレ再燃を受けて再利上げに動く流れがみられ、リンギ相場は先月末に一時アジア通貨危機以来の安値を更新したが、中銀は今月2日の定例会合で様子見姿勢をみせた。リンギ安の動きは一服するも外貨準備高は過小と判断されるなか、中銀は今後も難しい対応を迫られよう。
- 年明け以降はインフレ鈍化を受けて中銀は利上げ休止に動く一方、外需を巡る環境は厳しさを増しているが、7-9月の実質GDP成長率は前年比+3.3%、前期比年率では+10.73%と底入れが確認されている。公的需要への依存度が高まるとともに、在庫の積み上がりが確認される一方、家計消費が弱含みする動きがみられるなど内容は見た目ほど力強くないと捉えられる。分野ごとの生産動向も全体的に拡大しているが、公共投資や外国人観光客への依存に加え、在庫の積み上がりを示唆する動きが確認されている。
- 当研究所は最新の経済見通しで今年の経済成長率は+4.1%、来年は+4.2%と予想したが、現状はこれを据え置く。経常収支は黒字基調で推移する一方、7-9月は証券投資が流出超となるなど外部環境に揺さぶられやすい構造を抱えており、中銀の政策運営に影響を与える可能性はくすぶる。内・外需双方に懸念材料がくすぶるなかで当面の景気は緩やかなペースでの拡大が続く展開が続くものと予想される。
マレーシア経済を巡っては、昨年は商品高や米ドル高などによるインフレに見舞われ、中銀は物価と為替の安定を目的に断続利上げに追い込まれるなど、物価高と金利高が共存することにより景気の足を引っ張ることが懸念された。しかし、コロナ禍一巡による経済活動の正常化やペントアップ・ディマンド(繰り越し需要)の発現、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復が外需を押し上げたことも重なり、昨年の経済成長率は+8.7%と22年ぶりの高成長を記録した。なお、年明け以降は昨年末以降のゼロコロナ終了にも拘らず中国経済は勢いを欠く推移をみせているほか、欧米など主要国景気も頭打ちの動きを強めるなど外需に下押し圧力が掛かりやすい状況が続く一方、ペントアップ・ディマンドの動きが一巡するも、商品高と米ドル高の一服によりインフレが頭打ちして実質購買力が押し上げられる展開が続いている。さらに、ここ数年の米中摩擦の激化やデリスキング(リスク低減)を目指した世界的なサプライチェーン見直しの動きも追い風に、対内直接投資は堅調に推移して企業部門による設備投資も拡大が続くなど、幅広く内需は堅調に推移している。ただし、同国を含むアジア新興国においては、主要産油国による自主減産延長や中東情勢を巡る不透明感の高まりに加え、異常気象の頻発に伴う農作物の生育不良を理由にインドがコメの輸出禁止に動いていることなどを受けて、エネルギーや食料品など生活必需品を中心に物価上昇圧力が強まる動きがみられる。さらに、米ドル高の動きが再燃して通貨安による輸入インフレ圧力が強まる懸念が高まり、年明け以降のインフレ鈍化を受けて休止した利上げ局面の再開に追い込まれる動きもみられた。マレーシアにおいては、インフレは比較的落ち着いた推移が続いているものの、外貨準備高がIMF(国際通貨基金)による国際金融市場の動揺への耐性の有無を示す基準であるARA(適正水準評価)に照らして「適正水準(100~150%)」に満たないなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さが懸念されるなか、先月末にかけて通貨リンギの対ドル相場はアジア通貨危機直後以来の安値を更新するなど資金流出に直面した(注1)。上述のようにアジア新興国の間では再利上げに追い込まれる動きがみられたものの、マレーシア中銀は今月2日に開催した定例会合において政策金利を3会合連続で据え置く決定を行うとともに、リンギ安による実体経済への影響は小さいとの認識を示した上で、物価や景気の見通しについても楽観的な見方を維持する考えをみせている(注2)。なお、先月末にかけて一時アジア通貨危機以来の安値を更新したリンギ相場はその後に米ドル高の動きが落ち着きを取り戻していることも追い風に、一転して頭打ちする動きをみせており、輸入インフレへの懸念は後退しているようにみえる。しかし、足下のリンギ相場は歴史的な低水準で推移していることには変わりがない上、リンギ安が進行した背後で資金流出に伴い外貨準備高が一段と減少していることを勘案すれば、中銀は政策運営の見直しを余儀なくされる可能性は燻ぶると捉えられる。


他方、マレーシア政府は先月末に初めてGDP統計の速報値を公表しており、7-9月の実質GDP成長率は前年同期比+3.29%と前期(同+2.86%)から伸びが加速するなど、景気の底入れが進んでいる様子が確認されており、上述のように中銀が様子見姿勢を維持する一因になった可能性がある。なお、17日に公表された改定値においても7-9月の実質GDP成長率は前年同期比+3.30%と速報値から+0.01pt上方修正されているほか、前期比年率ベースでは+10.73%と3四半期連続のプラス成長で推移している上、5四半期ぶりの二桁成長となるなど足下の景気は着実に底入れの動きを強めていると捉えられる。需要項目別では、中国景気を巡る不透明感や欧米など主要国景気も頭打ちするなかで財輸出は力強さを欠く展開が続く一方、国境再開や世界的に人の移動が活発化していることも追い風にサービス輸出は底入れの動きを強めて総輸出を押し上げる展開が続いている。さらに、サプライチェーン見直しの動きに加え、世界的に同国の主力産業である電子デバイス関連を取り巻く環境に改善の兆しが出ており、対内直接投資の拡大により企業部門による設備投資が下支えされているほか、アンワル政権はインフラ関連をはじめとする公共投資の拡充を通じた景気下支えに注力する姿勢をみせており、固定資本投資や政府消費の拡大が景気の底入れを促す動きに繋がっている。一方、家計消費はペントアップ・ディマンドの動きが一巡している上、インフレは鈍化して実質購買力を押し上げる一方、昨年来の金利上昇による金利負担の増大を受けて3四半期ぶりの減少に転じるなど、勢いに陰りが出る兆候がうかがえる。なお、財輸出の低迷に伴い素材及び部材に対する需要が弱含んでいることに加え、家計消費の勢いに陰りが出ていることを反映して輸入は減少しており、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで+3.76ptと大幅なプラスとなっている。また、当期は在庫投資による成長率寄与度も前期比年率ベースで+2.80ptに達していると試算されることを勘案すれば、上述のように二桁成長となっているものの、その6割強を純輸出と在庫の積み上がりによって説明可能であるなど、見た目ほどに景気に力強さはないと捉えられる。他方、分野ごとの生産動向をみると、すべての分野で生産拡大の動きが確認されており、なかでも公共投資の進捗を反映して建設業の生産は旺盛な推移をみせているほか、過去数ヶ月に亘って調整の動きが続いた農林漁業や鉱業で生産が大きく底打ちする動きがみられる。一方、財輸出が低迷しているにも拘らず製造業の生産が拡大する動きが確認されるなど在庫の積み上がりに繋がった可能性があるほか、外国人来訪者数の底入れを受けた観光関連産業の堅調さがサービス業の生産を下支えしている様子もうかがえる。


なお、マレーシア中銀は今年の経済成長率について+4~5%になるとの見通しを示している上、同国政府も先月に今年の経済成長率が+4%、来年は+4~5%になるとの見通しを示している。7-9月のGDP統計公表を受けて、今年は9月までの累計ベースの成長率が+3.9%と中銀見通しの下限をわずかに下回る水準に留まる状況にある。7-9月のGDP統計公表に際して、中銀のアブドゥル・ラシード総裁は今年通年の経済成長率見通しについて引き続き「+4~5%の範囲内に収まる」との見方を改めて示すとともに、先行きの景気動向を巡っては「インフラ投資の進捗や供給制約の緩和、政策支援により押し上げられるとともに、外需も世界的な電子デバイス関連を巡る環境改善や観光客数を追い風に緩やかな回復が見込まれる」との考え方をみせている。その上で、金融政策については「依然として景気を下支えする展開が続いており、インフレ見通しや景気動向に一致している」との見方を示すとともに、リンギ相場について「世界的な金融政策の動向を含む外部要因の影響を受けたもの」との認識を示しつつ「経済のファンダメンタルズは引き続き堅牢であり、景気下支えを促す」との考えを示している。ただし、同国の家計債務はGDP比で7割弱と新興国の間では比較的高い水準にあり、今後は利上げの累積効果が顕在化することにより家計消費の足かせとなることが懸念されることを勘案すれば、先行きについては内需を取り巻く環境は厳しさを増すであろう。当研究所は最新の経済見通しにおいて、今年通年の経済成長率を+4.1%と政府見通し並み、来年は+4.2%と政府見通しの下限近傍に留まるとの見通しを示しているが(注3)、現時点においてはこの見通しを据え置く。なお、中東情勢を巡る不透明感の高まりが同国経済に与える影響について「現時点では無視できるほどのものに留まる」との認識を示しており、実体経済面での影響は限定的と捉えられる一方、ここ数年の同国政界においては宗教右派(宗教保守主義)勢力が台頭しており、同国においてもパレスチナ支持(イスラエル批判)を標ぼうするデモが顕在化しており、事態が長期化するなかで政治的な影響が一段と高まることも考えられる。他方、足下の経常収支は黒字傾向で推移するなど対外収支構造は比較的堅牢さを維持しているものの、7-9月は証券投資が▲30.47億ドルと流出超に転じる動きが確認されるなど、外部環境に揺さぶられやすい構造にあるなど中銀の政策運営に影響を与える懸念はくすぶる。その意味では、足下の景気底入れのペースがそのまま続くとは見通しにくく、当面は緩やかな拡大が続く展開が想定される。

注1 10月20日付レポート「マレーシアリンギ安に歯止め掛からず、1998年以来の安値を更新」
注2 11月2日付レポート「マレーシア中銀、周辺国に再利上げの動きも3会合連続の金利据え置き」
注3 11月17日付レポート「グローバル(日米欧亜)経済見通し(2023年11月)」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
-
経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
執筆者の最近のレポート
-
台湾・3月輸出額は過去最高額を更新(Asia Weekly(4/6~4/10)) ~台湾、タイ、フィリピンで原油高がエネルギー価格を大きく押し上げる動き~
アジア経済
西濵 徹
-
中国、企業はインフレに直面も、家計はデフレ圧力を脱せず ~中東情勢悪化による原油高の一方、家計部門は雇用不安と不動産不況の「呪縛」が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
韓国中銀、李昌鏞総裁最後の定例会合は「様子見」を強調 ~中東情勢は物価や景気にリスク、金融市場の動向をみつつ様子見姿勢が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
ベトナムの高成長目標に暗雲、1-3月GDPは前年比+7.83%に鈍化 ~イラン情勢、強権姿勢への懸念はあるが、金融市場は「その後」を見据える動きも~
アジア経済
西濵 徹
-
インド中銀、景気見通しを下方修正も、様子見姿勢を維持 ~様子見姿勢継続も、見通しの再修正の可能性は残り、市場もイラン情勢の動向に左右される~
アジア経済
西濵 徹
関連テーマのレポート
-
台湾・3月輸出額は過去最高額を更新(Asia Weekly(4/6~4/10)) ~台湾、タイ、フィリピンで原油高がエネルギー価格を大きく押し上げる動き~
アジア経済
西濵 徹
-
中国、企業はインフレに直面も、家計はデフレ圧力を脱せず ~中東情勢悪化による原油高の一方、家計部門は雇用不安と不動産不況の「呪縛」が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
韓国中銀、李昌鏞総裁最後の定例会合は「様子見」を強調 ~中東情勢は物価や景気にリスク、金融市場の動向をみつつ様子見姿勢が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
ベトナムの高成長目標に暗雲、1-3月GDPは前年比+7.83%に鈍化 ~イラン情勢、強権姿勢への懸念はあるが、金融市場は「その後」を見据える動きも~
アジア経済
西濵 徹
-
インド中銀、景気見通しを下方修正も、様子見姿勢を維持 ~様子見姿勢継続も、見通しの再修正の可能性は残り、市場もイラン情勢の動向に左右される~
アジア経済
西濵 徹

