- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- 大地震もトルコはプラス成長を維持、市場は新内閣の行方に注目
- Asia Trends
-
2023.06.01
アジア経済
アジア金融政策
トルコ経済
為替
ウクライナ問題
大地震もトルコはプラス成長を維持、市場は新内閣の行方に注目
~シムシェキ元副首相に注目も実験的政策の揺り戻しは困難、過度な期待を抱くことは難しい~
西濵 徹
- 要旨
-
- トルコでは今年2月に大地震が発生して甚大な被害が発生した。景気に悪影響を与えることが懸念されたが、1-3月実質GDP成長率は前期比年率+1.26%と頭打ちの動きを強めるもプラス成長を維持している。EU景気の頭打ちが外需の重石となっているほか、家計消費も一時に比べて力強さを欠く一方、復興需要やロシア人富裕層の逃避資金が景気を下支えする状況が続く。足下の同国経済はロシア人富裕層への依存度を強める一方、インフレ長期化を受けて国民生活は疲弊するなど「K字型」の様相を強めていると言える。
- 先月の大統領選ではエルドアン氏が勝利し、総選挙もAKPを中心とする与党連合が勝利しており、安定政権が築かれる。ただし、エルドアン氏の異端的な政策運営が警戒されてリラ相場は底のみえない状況が続いている。他方、与党内では政策転換を模索する動きもみられ、現地報道では正統的な政策運営を志向するシムシェキ元副首相が再入閣するとの見方も出ている。とはいえ、足下では双子の赤字が拡大するなど経済のファンダメンタルズは脆弱さを増しており、長期に亘る実験的な政策運営からの揺り戻しは容易ではない。金融市場は新内閣の行方を注目しようが、過度な期待を抱くことは出来ないのが実情と捉えられる。
トルコでは今年2月に南東部のシリア国境付近において大地震が発生し、多数の死者や被災者が発生するとともに、同国内における復興費用が最大でGDP比1割強に達するとの試算が示されるなど甚大な被害が発生した。こうしたことから景気に深刻な悪影響が出ることが懸念されたものの、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+1.26%とプラス成長を維持するも前期(同+3.80%)から拡大ペースは鈍化するなど頭打ちしている。なお、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率は+4.0%と前期(同+3.5%)から加速するなど景気の底打ちが示唆されているものの、これは昨年後半の景気が頭打ちしたことの影響に留意する必要がある。国際金融市場における継続的なリラ安による価格競争力の向上のほか、昨年のウクライナ情勢の悪化を受けた欧米などの対ロ制裁強化をきっかけに、同国がロシア貿易の『窓口』となる動きがみられるものの、輸出の半分を占めるEU(欧州連合)景気が頭打ちの動きを強めていることが財輸出の重石となっている。他方、リラ安の進展を追い風に外国人観光客数は再び底入れの動きを強めるなど、サービス輸出には底堅さがうかがえる。なお、昨年は商品高による生活必需品を中心とする物価上昇に加え、リラ安による輸入インフレも重なりインフレ率は一時80%を上回る水準に加速するも、その後は商品高の動きに一服感が出ていることを反映してインフレ率は一転頭打ちの動きを強めている。よって、インフレ鈍化による実質購買力の押し上げに加え、リラ安の動きに歯止めが掛からないなど通貨としての価値保存機能が低下していることも重なり、引き続き家計消費は拡大の動きが続いている。しかし、家計消費の拡大ペースは鈍化しており、上述の大地震の影響が家計消費の足かせになっている可能性が考えられる。他方、大地震からの復興需要が発現していることに加え、インフレ昂進にも拘らず中銀が昨年末にかけて断続利下げに動いたことやロシア人富裕層による逃避資金の『受け皿』となっていることも重なり、足下の不動産投資は大幅に押し上げられており、固定資本投資の拡大が景気を下支えしている。分野ごとの生産動向を巡っても、家計消費の底堅さを反映してサービス業の生産は堅調な推移をみせているほか、不動産需要の旺盛さは建設部門の生産を押し上げている上、ロシア向け迂回輸出の動きを反映して製造業の生産も3四半期ぶりのプラスに転じる動きがみられる。このように足下の同国景気は全体としては頭打ちの様相を強めているものの、ロシア人富裕層による逃避資金など外部資金への依存度を強める一方、長期に亘るインフレを受けて国民生活は疲弊の度合いを強めている可能性が考えられる。


このように足下の景気動向は『K字型』の様相を強めていると捉えられるものの、先月実施された大統領選は決選投票を経て現職のエルドアン氏が勝利したほか(注1)、第1回投票と同時に実施された大国民議会総選挙でもエルドアン政権を支える与党連合(国民連盟)が多数派を形成するなど勝利を収めており(注2)、向こう5年間に亘って安定政権が築かれることとなった。エルドアン政権下においては『金利の敵』を自任するエルドアン氏の下、インフレが昂進しているにも拘らず中銀は利下げ実施に追い込まれるなど、経済学の定石で考えられない政策運営を迫られた結果、リラ相場は底のみえない動きをみせてきた。今回の選挙結果を受けて、国際金融市場においては中銀が一段の利下げ実施に向けた圧力に晒されるとの懸念が高まり、リラ安の動きが一段と加速する事態となっている。他方、決選投票前には最大与党AKP(公正発展党)のなかで先行きの経済政策の方向性に関連して、金融政策面では緩やかな利上げ路線へ、財政政策面では公的支出や補助金による的を絞った支援を志向するなど、政権がこれまで採ってきた政策運営と異なる路線への転換も含めた協議が行われる動きもみられた(注3)。決選投票の後にエルドアン大統領は新内閣の発足に向けて閣僚候補などと面談を行っているが、そのなかに2009~15年に財務相、15~18年に経済担当副首相を務めたシムシェキ氏が含まれており、現地報道では同氏が財務相か経済担当の副大統領に就く可能性が取り沙汰されている。同氏を巡っては改革派の経済閣僚として国際金融市場からの信認が厚かったものの、政策運営を巡る対立を理由に2018年の前回大統領選・総選挙後に経済担当の副首相から外され、その後リラ安の動きに拍車が掛かる事態を招いたことがある(注4)。さらに、その後は経済学の定石では考えられない政策運営が実践されたことで、今日に至るリラ安局面が続いてきた。しかし、仮にシムシェキ氏が再入閣を果たすことになれば、足下の政策運営の方向性が転換される可能性は考えられる。他方、大地震からの復興需要の影響で足下においては財政赤字、経常赤字ともに赤字幅が大きく拡大するなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は脆弱さの度合いが急速に増す動きがみられる。また、昨年末以降のインフレ率は昨年に急加速した反動で頭打ちの動きを強めているものの、インフレ収束にはほど遠い展開が続くなど難しい状況に見舞われている。物価と為替の安定を目的に金融引き締めに舵を切れば景気に悪影響が出ることは避けられず、大地震からの復興もままならないなど政権に逆風が吹く事態も予想され、これまで長期間に亘って実験的な政策運営を行ってきたことの揺り戻しは一朝一夕に進むものではない。金融市場は新政権の行方に注目するであろうが、その内容に過度な期待を抱くことは難しく、状況如何ではエルドアン氏が人事を盾に政策の舵取りを左右する展開も予想される。



注1 5月29日付レポート「トルコ大統領選、エルドアン氏が決選投票を制して幕を下ろす」
注2 5月15日付レポート「トルコ大統領選は現職のエルドアン氏が辛勝で決選投票へ」
注3 5月26日付レポート「トルコリラは「行くも地獄、戻るも地獄」の様相を呈する可能性」
注4 2018年7月10日付レポート「トルコ新政権、金融市場に「ゼロ回答」を提示」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
-
経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
執筆者の最近のレポート
-
韓国中銀は利上げシフトを鮮明に、申総裁はやはり「タカ」だった ~政策委員は引き締め方向で一致、総裁は「借金投資」への警戒感もにじませる~
アジア経済
西濵 徹
-
ニュージーランド中銀は僅差で金利据え置きも「タカ派」傾斜を確認 ニュージーランド中銀は僅差で金利据え置きも「タカ派」傾斜を確認
アジア経済
西濵 徹
-
インド政府、「Z世代」の支持を集めるSNSへの警戒を強める ~不満を募らせる「ゴキブリ」を若年層が支持、政治的な動きに発展するかが注目される~
アジア経済
西濵 徹
-
インドネシア・プラボウォ政権、サイバー空間の「予測」に敏感に反応 ~同国では賭博は違法だが、「言論の萎縮」が一段と進む可能性も~
アジア経済
西濵 徹
-
メキシコペソ、上値を抑える材料は引き続き多い ~実質金利の縮小に加え、実体経済の不透明感など、上昇余地の乏しい展開となるか~
新興国経済
西濵 徹
関連テーマのレポート
-
韓国中銀は利上げシフトを鮮明に、申総裁はやはり「タカ」だった ~政策委員は引き締め方向で一致、総裁は「借金投資」への警戒感もにじませる~
アジア経済
西濵 徹
-
ニュージーランド中銀は僅差で金利据え置きも「タカ派」傾斜を確認 ニュージーランド中銀は僅差で金利据え置きも「タカ派」傾斜を確認
アジア経済
西濵 徹
-
インドネシア・プラボウォ政権、サイバー空間の「予測」に敏感に反応 ~同国では賭博は違法だが、「言論の萎縮」が一段と進む可能性も~
アジア経済
西濵 徹
-
フィリピン中銀のレモロナ総裁、緊急利上げの可能性に言及 ~ペソ安圧力へのけん制か、日本が主導する「パワーアジア」の取り組み加速は重要に~
アジア経済
西濵 徹
-
インドを襲う「トリプル安」、当局と市場との「神経戦」が続く ~ルピー安定には利上げが必至も副作用も多く、株式や債券市場への影響も警戒される~
アジア経済
西濵 徹

