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米国はソフトランディングできるか?

~歴史は繰り返すのか、それとも今回は違うのか~

田中 理

要旨
  • 1960年代以降で11回の米国の利上げ局面を比較すると、完璧なソフトランディングに成功したのは1994~95年の利上げ局面のみで、残りはハードランディングを政策的に選択した1977~80年と1980~81年の利上げ局面、金融引き締め以外の原因で景気後退に陥った4回の利上げ局面、マイルドなリセッションに落ち込みを食い止めた1999~2000年の利上げ局面などに分類される。

  • 今回の利上げ局面はインフレ加速を後追いする形で利上げ強化を余儀なくされている点ではハードランディング時に近いが、利上げの継続期間や累積利上げ幅はソフトランディング時やマイルドリセッション時に近い。過去の利上げ局面と比較する限り、完璧なソフトランディングは難しそうだが、深刻な景気後退は回避できるというのが、今のところ想定されるシナリオのように思える。果たして歴史は繰り返すのか、それとも今回は違う結論が待っているのだろうか。

待ちに待ったインフレ率の鈍化を受け、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げペースが縮小するとの期待が広がっている。約40年振りの高インフレと労働需給の逼迫に直面するFRBは、これまで4会合連続で0.75%ポイントの大幅利上げを繰り返してきたが、物価にピークアウトの兆しが広がるなか、12月の連邦公開市場委員会(FOMC)では0.5%ポイントに利上げ幅が縮小されるとの見方が支配的となっている。パウエル議長は11月のFOMCで、今後の利上げペースの減速が望ましいことを示唆すると同時に、需給逼迫によるインフレ圧力が収まらなければ、政策金利の最終到達点(ターミナルレート)が従来の想定を上回る可能性を示唆した。政策金利は既に景気を過熱も抑制もしない中立金利を上回っており、利上げ局面が長期化する可能性が高まるなか、インフレ警戒による景気抑制の度合いに注目が集まる。

ブラインダー元FRB副議長は9月28日付けのウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿し、FRBは1960年代以降の11回の利上げ局面のうち、5回で景気の軟着陸(ソフトランディング)に成功したか(1965~66年、1983~84年、1994~95年の利上げ局面)、ソフトランディングに近いマイルドなリセッションに落ち込みを食い止めることに成功した(1968~69年と1999~2000年の利上げ局面)と論じている。残り6回は、強行着陸(ハードランディング)を政策的に選択した2回(1977~80年と1980~81年の利上げ局面)と、金融引き締め以外の原因で景気後退に陥った4回で、第一次石油危機時(1972~74年の利上げ局面)、湾岸戦争前(1988~89の利上げ局面)、世界的な金融危機前(2004~06年の利上げ局面)、コロナ危機前(2015~18年の利上げ局面)だったと整理している。

このうち、真の意味でソフトランディングに成功したのは、1994~95年の利上げ局面の1回だけだろう。1965~66年の利上げ局面では、財政拡張によるインフレ圧力を十分に抑制できず、その後に更なる大幅利上げが必要となった。1983~84年の利上げ局面は、双子の赤字を背景に、財政赤字の抑制と経常赤字のファイナンスを目的に高金利政策を採用した結果と位置付けられる。唯一完璧なソフトランディングを実現した1994~95年の利上げ局面では、インフレ率が3%程度に抑制され、失業率が緩やかに低下、年率3%程度の経済成長が続き、景気後退を回避した。ハードランディングとなった過去の利上げ局面は、政策意図や外生的な要因が景気後退の引き金となったのは事実だが、それはコロナ後の供給制約とウクライナ戦争に起因する資源需給逼迫による高インフレに見舞われている現在にもある程度当てはまる。ボルカー議長時代のFRBがインフレ退治を優先したことに疑いの余地はないが、パウエル議長もインフレ退治が何ら代償を伴わないと考えている訳ではない。インフレ率はやや鈍化してきたとは言え、変動の大きい食料とエネルギーを除くコア消費者物価の前年比が6%台前半と、FRBが目指す2%超(但し、消費者物価よりも低めに出やすい個人消費支出デフレータを参照計数とする)を大きく上回っている。失業率は歴史的な低水準にあり、賃上げ圧力が高まるなか、物価安定にはある程度の需要抑制や失業率の上昇が必要になる。

図表1
図表1

問題は利上げの効果が景気や物価に波及するには通常数年程度のラグを伴い、足許の積極利上げが行き過ぎか、不十分かを事前に知ることが難しいことだ。政策金利の引き上げが家計や企業の借り入れコストの上昇に波及するには時間が掛かり、借り入れコストの上昇が財・労働需給の緩和につながるには更に多くの時間を要する。先行研究では、利上げの効果が最も大きく現れるのは2年から3年後とのものが多い。ソフトランディング、ハードランディング、マイルドリセッション時の失業率やコア物価の動きを改めて整理しておくと、以下の通りとなる。

【ソフトランディング時(1994~95年の利上げ局面)】

1994~95年の利上げ局面では、コア物価が前年比+3%前後で比較的落ち着いて推移するなか、失業率が当時インフレ加速を引き起こすとみられた水準に接近していたことが、利上げ判断の決め手となった。最終利上げから2ヶ月後に失業率が上昇に転じ、FRBは金融引き締めを休止した。

【ハードランディング時(1977~80年と1980~81年の利上げ局面)】

1977~80年の利上げ局面では、利上げ開始後もコア物価の上昇率が前年比2桁台に一段と加速し、FRBは利上げ強化を余儀なくされた。最終利上げ月とほぼ前後してコア物価がピークアウトしたものの、その後も2桁台で高止まりし、そのまま1980~81年の利上げ局面に突入した。次の利上げ局面では、コア物価の上昇率が徐々に鈍化したものの、利上げ期間を通じて2桁台で高止まりし、最終利上げの前々月にようやく1桁台に低下した。利上げ終了後もコア物価は+10%前後で一進一退の推移を続け、上昇率の鈍化が明確になったのは最終利上げから約1年後だった。

【マイルドリセッション時(1999~2000年の利上げ局面)】

1999~2000年の利上げ局面では、失業率が4%前後とインフレが加速しかねない水準に緩やかな低下を続け、コア物価の上昇率も前年比+2%前後から2%台半ばに徐々に上昇率が加速したことで、金融引き締めが必要と判断された。失業率の上昇が明確になったのは最終利上げから約8ヶ月後、コア物価の上昇率は利上げ終了後も緩やかな加速が続き、物価の沈静化が明確になったのは約20ヶ月後だった。

今回の利上げ局面は、ソフトランディング、ハードランディング、マイルドリセッションの何れに分類されるのだろうか。ソフトランディングに成功した1994~95年やマイルドリセッションに終わった1999~2000年の利上げ局面は、利上げの継続期間が1年程度、累積の利上げ幅は前者が3%ポイント、後者が1.75%ポイント、コア物価の上昇率は2~3%前後にとどまり、失業率の低下によるインフレ加速を警戒した予防的な利上げだった。これに対して、ハードランディングとなった1977~80年と1980~81年の2回の利上げ局面では、利上げ開始後にコア物価の上昇率が加速、ピークアウト後も高止まりし、インフレ抑制のために持続的且つ大幅な利上げを余儀なくされた。両期間は僅か数ヶ月間のインターバルで連続しており、1つの利上げ局面と考えると、利上げの継続期間は通算で4年近くに及び、途中に利下げ期間を挟むが、利上げ開始時と終了時を比較した累積の利上げ幅は14.25%ポイントに達する。

今回の利上げ局面はインフレ加速を後追いする形で利上げ強化を余儀なくされている点ではハードランディング時に近いが、利上げの継続期間は今のところ1年未満、これまでの累積利上げ幅は3.75%ポイントにとどまり、来年前半に5%台前半のターミナルレートを想定した場合も、利上げの継続期間や累積利上げ幅はソフトランディング時やマイルドリセッション時に近い。過去の利上げ局面と比較する限り、完璧なソフトランディングは難しそうだが、深刻な景気後退は回避できるというのが、今のところ想定されるシナリオのように思える。果たして歴史は繰り返すのか、それとも今回は違う結論が待っているのだろうか。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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