デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

暗雲漂うEUのガス価格上限設定案

~巨額の財政負担か、ガス不足を招く恐れ~

田中 理

要旨
  • エネルギー価格高騰への対応を急ぐEUは、9日のエネルギー閣僚理事会でロシア産ガス輸入の上限価格設定で合意できなかった。ウクライナやトルコを通るパイプライン経由のガス輸入に依存する東欧諸国が、ロシアによるガス供給停止の報復を恐れて反対した。代わりに、ロシア産に限定せず、ガス価格全般に上限を設けることを検討している。販売価格に上限を設ける場合、巨額の財政負担を賄う新たな基金の創設などが必要となり、早期合意は困難とみられる。購入価格に上限を設ける場合、ガスの供給元が値下げに応じず、欧州向け供給が一段と細る恐れがある。

エネルギー価格高騰への対応に注目が集まった9日のEUのエネルギー閣僚による緊急理事会は、ロシアによるガス供給停止の報復を恐れる一部のEU加盟国からの反発もあり、ロシアから輸入するガスの価格に上限を設定する欧州委員会の提案に合意できなかった。代わりに、欧州委員会に対して数日中に、①ロシアからの輸入に限定せず、ガス価格全般に上限を設定する、②ガス価格に基づいてエネルギーの販売価格が決まる風力・火力・原子力発電の生産者に対して、一定金額を上回る売上を徴収し、家計支援に回す、③エネルギー企業を支援する緊急基金を創設する草案をまとめるように指示した。

ロシアの国営ガス会社・ガスプロムは、8月31日~9月2日の3日間を予定したガスパイプライン「ノルドストリーム」の点検終了後も、タービンのオイル漏れを理由に、同パイプライン経由の欧州向けガス供給を再開しないことを決めた(図表1)。ロシアのプーチン大統領は、EUがロシア産ガス輸入に上限価格を設定する場合、残りの欧州向けガス供給も完全に停止する可能性があることを示唆している。2日にノルドストリーム経由のガス供給が停止された後、ロシアはウクライナとトルコのパイプライン経由の欧州向けガス供給を続けている。これらのパイプラインを通じたガス供給に依存する東欧諸国の多くは、LNGの陸揚げ港を持たず、代替調達先の確保が難しい(図表2)。

ガス価格全般に上限を設定する場合、販売価格に上限を設定するか、購入価格に上限を設定するかによって影響の出方が異なる。販売価格に上限を設定する場合、購入価格との差額がガス供給企業の損失となる。英国のトラス新政権がエネルギー価格の上限を設定することを決めたが、英国同様にEUや加盟国政府が財政資金で購入価格との差額を穴埋めする場合、巨額の財政負担が必要となる。EUは加盟国間でガス依存度が大きく異なるため、EUによる一体的な政策対応を通じて、加盟国政府に巨額の財政負担を強いることは難しい。他方でEUレベルでの財政資金による穴埋めには、新たな基金の創設やその財源など詰めるべき点が多く、早期の合意は困難とみられる。

購入価格に上限を設定する場合、ガスの供給元が値下げに応じるかは不透明だ。G7の財務相は2日、12月からロシア産の原油と石油製品に上限価格を設定することに合意したが、それを担保する手段として、上限を超える価格のロシア産原油・石油製品を運ぶタンカー船との保険・金融・仲介などの関連取引を禁止することを計画している。ロシアのパイプラインの供給業者に類似の方法で購入価格の値引きを迫る場合、価格引き下げに応じず、供給停止を招く可能性が高い。米国やカタールなどのLNGの供給業者にとっても、スポット価格を下回る取引価格に応じるインセンティブは低く、アジア向けなどに出荷先を切り替える恐れがある。価格抑制の代償として、ガス不足のリスクをさらに高めることになりかねない。欧州委員会が今週中にも提示するとみられる提案が、こうした問題にどう対処するのかに注目が集まる。

図表1
図表1

図表2
図表2

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ