中国、企業マインドは大きく改善も、収益環境と家計部門に不透明感

~4-6月のマイナス成長(前期比)は既定路線、先行きも内・外需双方に不透明要因を抱える展開~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は主要国を中心にコロナ禍からの回復が進むなか、ウクライナ情勢の悪化による消費高は世界的なインフレを招き、主要国中銀はタカ派傾斜を強めている。中国のゼロ・コロナ戦略は新興国、資源国景気の足かせとなってきたが、今月以降は経済活動の正常化が進むなど最悪期を過ぎている。企業マインドの底入れが期待されるも、ゼロ・コロナ戦略に揺さぶられるなど世界経済に影響を与えることが懸念された。
  • 6月の製造業PMIは50.2と4ヶ月ぶりに50を回復しており、内需を中心とする改善が確認された。経済活動の正常化によるサプライチェーンの改善は生産活動を後押しする一方、製造業の半分近くが受注不足に直面する上、価格転嫁の禁止は収益圧迫要因となる状況が続く。非製造業PMIも6月は54.7と4ヶ月ぶりに50を上回り、内・外需双方の改善が確認されている。サービス業のみならず、建設業もともに回復するなど全般的に中国企業のマインドは改善している。ただし、マインドの改善にも拘らず製造業、非製造業ともに雇用調整圧力がくすぶり、生活必需品を中心とするインフレも相俟って家計消費を取り巻く状況は依然厳しい。
  • 6月単月では景気の底入れが確認されたものの、4-6月の実質GDP成長率は前期比でマイナス成長が不可避とみられる。先行きは外需に不透明感がくすぶり、家計部門は厳しい状況にあるなかで大規模な景気下支え策にも動きにくい状況にあることを勘案すれば、中国景気に慎重な見方を維持することが肝要と言える。

足下の世界経済を巡っては、欧米など先進国を中心にコロナ禍からの回復の動きが続く一方、中国の『ゼロ・コロナ』戦略は中国経済のみならず、中国と関係が深い新興国景気の足を引っ張る対照的な動きをみせるものの、全体として拡大が続いている。他方、足下ではウクライナ情勢の悪化も追い風に幅広く国際商品市況が上振れしており、世界的に食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレ圧力が強まるとともに、先進国を中心にコロナ禍からの景気回復の動きも相俟ってインフレが昂進する事態に直面している。結果、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派傾斜を強めており、コロナ禍を経た全世界的な金融緩和の実施に伴う『カネ余り』は手仕舞いが進むとともに、世界的なマネーフローに影響が出ることが懸念される。事実、主要国中銀のタカ派傾斜に伴う金利上昇を追い風に、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出の動きが強まっており、生活必需品を中心とするインフレが顕在化するなか、通貨安による輸入物価の押し上げはインフレの昂進を招く懸念が高まっている。このように新興国を取り巻く環境が厳しさを増している背景には、上述のように中国のゼロ・コロナ戦略による中国景気の下振れが新興国経済の足を引っ張るとともに、商品市況の重石となるなど資源国経済の足かせとなっていることが影響している。ただし、中国では習近平指導部が依然ゼロ・コロナ戦略の旗を掲げる状況が続いているものの、今月からは上海市で約2ヶ月に及んだロックダウン(都市封鎖)が事実上解除されているほか、北京市においても出勤や交通機関が再開されるなど経済活動の正常化が進んでいる。なお、ロックダウンの実施や徹底した検査の実施に伴い幅広い経済活動が制約されたことにより、4月の企業マインドは幅広く下振れするなど景気の足かせとなっていることが確認されたものの(注1)、5月には一部の都市で行動制限を緩和する動きがみられたことで企業マインドは底打ちするなど当面の最悪期を抜け出している様子がうかがわれた(注2)。ただし、習近平指導部にとっては今秋に開催予定の共産党大会(中国共産党第20回全国代表大会)において異例の3期目入りを目指すなど『政治の季節』が控えており、その正当性や優位性への影響を警戒してゼロ・コロナ戦略に拘泥せざるを得ない状況に直面するなか、今月に入って以降も上海市の一部で都市封鎖が再度実施されたほか、北京市でも集団感染が確認されて封鎖及び隔離措置が実施されるなど、経済活動への悪影響は懸念された。よって、企業マインドは一段の回復が期待される一方でその行方については不透明さがくすぶっている。

なお、30日に政府機関である国家統計局(及び物流購買連合会)が公表した6月の製造業PMI(購買担当者景況感)は50.2となり、前月(49.6)から+0.6pt上昇して4ヶ月ぶりに好不況の別れ目となる水準を上回るなど一段と底入れが進むとともに、回復が鮮明になっている様子が確認されている。足下の生産動向を示す「生産(52.8)」は前月比+3.1ptと2ヶ月連続で大幅に上昇するなど生産拡大の動きが広がっているほか、先行きの生産に影響を与える「新規受注(50.4)」も同+2.2pt、「輸出向け新規受注(49.5)」も同+3.3pt上昇しており、なかでも新規受注は4ヶ月ぶりに50を上回る水準を回復するなど内需を中心に回復がけん引されている。生産活動の底入れの動きを反映して「購買量(51.1)」は前月比+2.7pt上昇して4ヶ月ぶりに50を上回る水準を回復するなど原材料需要の底入れが進んでいるほか、「輸入(49.2)」も同+4.1ptと大幅に上昇するなど上海港の機能回復も追い風に輸入の底入れが進んでおり、「原材料在庫(48.1)」も同+0.2pt上昇している。なお、生産活動の底入れにも拘らず「完成品在庫(48.6)」は前月比▲0.7pt低下して2ヶ月連続で50を下回る水準で推移しており、出荷が進んでいるとみられるなど、在庫が積み上がる事態は避けられている。また、国際商品市況の調整を受けて「購買価格(52.0)」は前月比▲3.8pt低下しており、企業部門においては原材料価格の上昇圧力が強まる一方、当局からは製品価格への転嫁が事実上禁止されるなど業績の圧迫要因となってきたものの、そうした圧力は後退している。ただし、生産活動は大きく底入れしているにも拘らず「雇用(48.7)」は前月比+1.1pt上昇するも引き続き50を下回る推移が続くなど調整圧力がくすぶっており、中国においても生活必需品を中心とするインフレが顕在化するなど家計部門にとって実質購買力への下押し圧力が掛かりやすいなか、家計消費を取り巻く状況は厳しい状況が続いている。分野別では、ハイテク関連を中心に回復が進んでおり、自動車、一般機械、特殊機械、通信機器関連でマインドが改善して「サプライヤー納期(51.3)」が前月比+7.2pt上昇して15ヶ月ぶりに50を上回る水準となるなど、サプライチェーンの回復が生産活動を後押ししている様子がうかがえる。他方、製造業の半数近くは依然として受注不足に直面しているほか、原材料価格の上昇が一服する一方で出荷価格に調整圧力が掛かるなど収益の圧迫要因となる動きがみられるなど、足下の中国製造業を取り巻く環境は手放しで喜ぶ状況にはほど遠いと捉えられる。

図 1 製造業 PMI の推移
図 1 製造業 PMI の推移

他方、企業マインドを巡ってはロックダウンの実施などによる幅広い経済活動の制限を受けてサービス業など非製造業を中心に大きく下振れしており、足下の中国経済においてはGDPの半分以上がサービス業をはじめとする第3次産業が占めるなど景気に急ブレーキが掛かったと捉えられる。さらに、製造業に比べて非製造業の企業マインドの回復は遅れる展開が続くなど、景気回復の足かせになってきたとみられるものの、6月の非製造業PMIは54.7と前月(47.8)から+6.9ptと2ヶ月連続で大幅に上昇するとともに4ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる水準を回復するなど、景気は全般的に底入れの動きを強めている様子がうかがえる。足下の生産活動が活発化しているほか、先行きの生産活動に影響を与える「新規受注(53.2)」も前月比+9.1ptと2ヶ月連続で大幅に上昇して13ヶ月ぶりに50を上回る水準を回復するとともに、「輸出向け新規受注(50.1)」も同+7.3pt上昇して15ヶ月ぶりに50を上回る水準を回復しており、内・外需ともに改善していると捉えられる。製造業と同様に「サプライヤー納期(50.8)」は前月比+5.5pt上昇して7ヶ月ぶりに50を上回る水準に回復するなど、サプライチェーンの改善が企業活動を後押ししているものの、「投入価格(52.6)」は同+0.1pt上昇するなど企業部門にとってコスト上昇圧力に直面する状況が続く一方、「出荷価格(49.6)」も同+0.2pt上昇するも引き続き50を下回る推移が続くなど価格転嫁が難しい様子もうかがえるなど、収益を巡る状況は引き続き厳しい展開となっている。さらに、生産活動の活発化にも拘らず「雇用(46.9)」は前月比+1.6pt上昇するも依然として50を大きく下回る水準に留まり調整圧力がくすぶるなど回復が遅れており、家計部門を取り巻く環境の回復は道半ばと捉えられる。うち「サービス業(54.3)」は前月比+7.2pt上昇して4ヶ月ぶりに50を上回っており、なかでも運輸関連や観光関連、飲食関連、スポーツ・娯楽関連を中心に大きく改善するなど、経済活動の正常化に向けた動きが前進したことがマインドの改善を後押ししている。また「製造業(56.6)」も前月比+4.4pt上昇して4ヶ月ぶりの水準となっており、経済活動の正常化やサプライチェーンの回復により建設の進捗が後押しされたことがマインドの改善を促している。

図 2 非製造業 PMI の推移
図 2 非製造業 PMI の推移

製造業と非製造業を併せた総合PMIも6月は54.1と前月(48.4)から+5.7pt上昇して4ヶ月ぶりに50を上回る水準を回復しているほか、昨年5月以来の水準となるなど景気はV字回復の動きを強めていると捉えられる。ただし、4-6月の平均値は48.4とコロナ禍の影響が最も色濃く現われた2020年1-3月(45.3)以来となる50を下回る水準となっており、4-6月の実質GDP成長率は前期比ベースでマイナス成長となることは避けられないと予想される。また、企業マインドの急激な回復にも拘らず雇用環境の回復は遅れるなど家計部門を取り巻く状況は厳しい展開が続いており、生活必需品を中心としたインフレが家計消費の回復の足かせとなる可能性はくすぶる。他方、欧米など先進国においては中銀のタカ派傾斜が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まるなど、先行きの中国経済にとっては外需を巡る不透明感もくすぶる展開が予想される。なお、金融市場においては中国当局による景気下支え策を期待する向きがあるものの、主要国中銀がタカ派傾斜を強めるなかで中国人民銀行が金融緩和に動くことは資金流出を惹起させるほか、そうした動きに伴う人民元安は輸入物価を押し上げるなどインフレ圧力を増幅させる可能性があり、金融緩和に動きにくい事情を抱える。足下において当局が示す景気対策がコロナ禍の影響を色濃く受けた分野のみを対象とする『的を絞った』ものに留まる背景にはこうしたことがあり、今後もこうした対応が続く可能性は高いと見込まれる。その意味では、中国経済を取り巻く状況は最悪期を過ぎたことは間違いないものの、過度な期待を抱くことは禁物と見込まれるなど慎重な見方を維持することが肝要と捉えられる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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