デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

パウエルの「何でもやる」発言

~経済指標軟化もタカ派発言を継続~

田中 理

要旨
  • ECBのシントラ会議に出席したFRBのパウエル議長は、経済成長をリスクに晒したとしても、米国経済を高インフレ環境に移行させてはならないと発言。足元で景気減速を示唆する米国の経済指標も散見されるが、今後も積極的な利上げを継続する意向を示唆した。

27~29日にポルトガルのシントラで行われたECBの中央銀行フォーラム(シントラ会議)は、米カンザスシティー連銀が毎年8月に主催するFRBのジャクソンホール会議に相当するもので、主要国中銀総裁や金融政策の専門家が一堂に会する国際会議として毎年注目を集める。今年の会議の議題は「急速に変化する世界における金融政策の挑戦」で、コロナ後とウクライナ侵攻を受けての世界的なインフレ環境下の金融政策運営について幅広い議論が行われた。

ECBが7月の利上げ開始を宣言し、南欧の国債利回り上昇を抑制する新たな政策ツールを検討するなかで行われ、ECBの金融政策運営や市場分断化の抑止策を占ううえで、28日のラガルド総裁の基調講演や重要発言が多いレーン・シュナーベル両理事の発言に注目が集まった。また、29日のパネルディスカッションでは、FRBのパウエル議長、ECBのラガルド総裁、BOEのベイリー総裁、BISのカルステンス総支配人(元メキシコ中銀総裁)が一堂に会し、歴史的な高インフレと景気鈍化の兆しが広がるなかでの金融引き締めの行方に関する発言に注目が集まった。

なかでも、6月のFOMCで1994年以来となる0.75%の大幅利上げを決定したFRBのパウエル議長は、直後に行われた22・23日の米議会証言で、今後も積極的な金融引き締めを継続する姿勢を示唆するとともに、景気のソフトランディングを目指しているが、米国がリセッションに陥る可能性があることを認めた。その後に発表された米国の景気指標は、パウエル議長が0.75%利上げを決断した1つのきっかけとされるミシガン大学消費者信頼感の5年先5年期待インフレ率が速報値の3.3%から確報値の3.1%に下方修正されたことに加えて、PMI速報値、コンファレンスボードの消費者信頼感、リッチモンド連銀製造業指数など、景気減速を示唆する経済指標が増えている。そのため、今後の利上げペースを占ううえで、シントラ会議でのパウエル議長の発言に注目が集まった。

パウエル議長の発言の要旨は以下の通り。

  • 「低インフレ環境がいつまで続くか、時計の針は進んでいる。様々なショックを通じて、経済が高インフレ環境に移行し始めるリスクがあり、FRBの責務はそれを防ぐことにある」
  • 「先行きの賃金や物価に対する人々の期待が加速するリスクにとりわけ注意を払っている」
  • 「経済成長をリスクに晒す水準に政策金利を引き上げることになったとしても、経済を高インフレ環境に移行させてはならない」
  • 「FRBが必要以上に景気を減速させるリスクはあるが、物価の安定を回復できないことの方がより大きな過ちとなる」

このように、パウエル議長は将来の物価上昇を抑制するため、FRBが必要なあらゆる措置を講ずる姿勢を強調した。欧州債務危機時に金融安全網の火力不足が懸念され、イタリアの国債利回りが大幅に上昇した際、ECBのドラギ総裁(当時)は「ユーロ防衛のために必要なあらゆる措置を講ずる準備がある」と発言し、市場の不安心理を沈静化させた。今回のシントラ会議では、同様にイタリアの国債利回り上昇に見舞われているラガルド総裁からは踏み込んだ発言が聞かれなかった一方で、パウエル議長がインフレ抑制に向けての強い決意を示した。FRBは「物価安定」と「雇用最大化」の2つの責務を持つ。パウエル発言からは、FRBが景気後退(=失業率の上昇)のリスクを承知でインフレ抑制が必要と判断していることが窺える。足許で続く経済指標の軟化にもかかわらず、パウエル議長が発言のトーンを修正する兆しはない。1日のISM製造業指数、8日の雇用統計など、今後の経済データ次第ではあるが、7月26・27日の次回FOMCで再び大幅な利上げが決定される可能性がある。

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ