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EUの未来を占うハンガリー総選挙

~オルバン体制に終止符か?~

田中 理

要旨
  • 12日のハンガリーの総選挙では、EUに懐疑的なオルバン首相が率いる与党フィデスが苦戦しており、親EU野党のティサが政権を奪取する可能性がある。複雑な投票調整制度や選挙区割りが与党に有利に働き、世論調査が示唆するよりも与党が善戦する可能性がある。重要政策の見直しに必要な3分の2以上の議席を確保できるかどうかが注目される。
  • EUとの関係修復を掲げるティサは、オルバン政権時代にEUの基本価値違反を問われ、停止されているEUの補助金(結束基金と復興基金)の拠出再開を目指している。復興基金の申請期限が8月末に迫っており、拠出再開に必要な改革を実行できるかは予断を許さない。
  • EUは近年、基本価値を軽視するハンガリーへの対応に苦慮してきた。同国で親EU政権が誕生すれば、内部崩壊の危機を脱する契機となる。次期予算協議やウクライナ加盟交渉でのリスクが軽減されるほか、欧州各国の右派ポピュリスト勢力に戦略再考を迫る可能性がある。

1. EUの問題児ハンガリーに迫る政権交代の影

政府によるメディア・司法・非営利組織への介入、移民の受け入れ分担、EU予算、ロシア制裁、ウクライナ支援などを巡って、EUとの衝突を繰り返してきたハンガリーが12日に総選挙を迎える。1998~2002年の第一次政権後の下野を経て、2010年から同国を率いるオルバン首相は、かつては反共産主義・民主化運動の中心人物として知られたが、次第に保守的・伝統的な価値観を重視する政治家へと変貌を遂げ、現在は西欧の過度なリベラリズムから欧州の伝統を守る「非リベラル民主主義」を標榜している。オルバン首相は、政府、司法、メディア、選挙管理委員会などの要職に自身に近い人物を配置し、EUの補助金や公共事業を自身に近い企業家に優先的に配分するなど、強固な利権ネットワークを構築してきた。「ブリュッセルの官僚」、「移民」、「ジョージ・ソロス氏(ハンガリー出身の著名投資家で同国の民主化を支援)」、「LGBTQ」、「ウクライナ」などをハンガリーの伝統を脅かす敵であるとのプロパガンダを展開し、国民の危機感を煽るポピュリズム的な手法を得意とする。ロシアや中国など権威主義的な国家と強いパイプを持ち、EUに批判的な米国のトランプ政権とも友好的な関係を築いてきた。

同氏が率いる与党「フィデス(Fidesz)」は、「法の支配」を巡るEUとの対立から、欧州議会の最大会派である中道右派の「欧州人民党(EPP)」を脱退し、2024年の欧州議会選挙後にオーストリア自由党やチェコのANO2011とともにEUに懐疑的な右派会派「欧州のための愛国者(PfE)」を結成した。同会派には、フランスの国民連合、イタリアの同盟、オランダの自由党、スペインのボックス(Vox)など、各国の右派ポピュリスト勢力が加わり、欧州議会内で三番目の勢力となっている。

フィデスはこれまで、地方や高齢者を中心に強固な支持基盤を誇ってきたが、経済停滞、物価高騰、政権幹部の相次ぐ汚職疑惑で国民の不満が高まっており、集票能力に陰りがみられる。今回の選挙戦では、与党の支持率が低迷するなか、フィデス出身の政治家マジャル氏が率いる野党「ティサ(TISZA)」が急伸している。政府系機関が実施した世論調査がフィデスのリードを伝える一方、独立系や野党系の世論調査の多くは、ティサが10ポイント前後リードしている。

ハンガリーの議会は一院制で、定数199のうち106議席が単純多数決の小選挙区制(1回の投票で1位になれば当選)で、残りの93議席が全国名簿による比例代表制で決まる。比例票を獲得するには、単独政党で5%、2党連立で10%、3党以上の連立で15%の最低得票が必要となる。小政党の大半が議席を獲得できず、フィデスとティサの一騎打ちの様相を呈している。なお、小選挙区で当選を逃した候補者の得票は、所属政党の比例票に加算され、小選挙区で当選した候補の所属政党には、その候補と2位の候補の得票差(小選挙区での勝利に不要だった余剰票)が比例票に加算される。こうした複雑な投票調整制度(小選挙区で圧勝する政党に有利)、一回投票制(決選投票での反与党票の結集ができない)、選挙区割り(野党が強い都市部の選挙区を統合)、在外投票(隣国に住むハンガリー国籍を持つ市民に投票権を付与)は、何れも与党に有利に働くとされ、過去の選挙でも世論調査の結果に比べて与党の獲得議席が多くなる傾向がある。

2. 次期政権にとって喫緊の課題はEU補助金の再開

ティサは、汚職撲滅、EUとの関係修復、停止されているEU補助金(結束基金と欧州復興基金)の再開、将来のユーロ導入に向けた準備、ウクライナ支援の継続、NATO目標に沿った防衛費の増強、低所得者向けの所得税率引き下げ、生活必需品(食料、薪、医薬品)のVAT減税、教育・医療・年金制度の充実、首相任期の制限、メディアの中立性回復などを掲げ、オルバン政権の強権政治に疲弊した有権者の支持取り込みを目指している。16年振りの政権交代が実現する場合、EUとの関係改善やEU補助金の再開が期待される一方、各種の減税や歳出拡大措置の財源に想定しているのは、EUの補助金再開、景気拡大に伴う税収増加、歳出見直し、富裕層増税、信用改善に伴う金利低下と利払い費軽減などとされ、実現に向けた課題も多い。また、憲法改正、憲法裁判所の裁判官や最高裁判所の長官の選任、行政組織の基本制度の見直し、報道の自由、年金制度の改正、ユーロ導入に必要な法改正など、大規模な改革を行うには、議会の3分の2以上の賛成が必要とされる。各種の世論調査は、ティサが単独過半数の議席を獲得する可能性を示唆するが、3分の2に届くとするものは少ない。

新政権の樹立には通常1ヶ月程度を要する。大統領は選挙から30日以内に新議会を招集する。新議会招集後、大統領が首相候補を指名し、議会の過半数の賛成で選出される。選出された首相が閣僚を指名し、大統領がこれを任命することで新内閣が成立する。議会が首相選出に反対する場合、大統領は15日以内に別の候補を指名する。議会が40日以内に首相を選出できない場合、議会を解散し、90日以内に新たな選挙を行う。ティサの勝利が僅差に終わった場合、選挙結果の異議申し立てや外国からの干渉を理由に選挙の無効を訴えるなど、オルバン陣営の妨害で政権樹立が遅れる可能性がある。

ハンガリーは現在、EUの基本価値である「法の支配」に違反していると認定され、その是正措置が十分でないことを理由に、2021~27年のEUの多年度財政枠組みに基づく結束基金の一部と、欧州復興基金を通じた資金拠出が停止されている。結束基金の一部は期限内に条件を達成できなかったため、受領資格が喪失している。2026年末に新規の財政支援が打ち切られる復興基金の補助金と融資を受け取るには、8月末までに、司法の独立性、汚職対策、公共調達の透明性向上、監査制度の強化、不正監視など、復興計画で約束した定性・定量目標を達成する必要がある。停止中の資金の合計は220億ユーロ程度(結束基金の残額が116億ユーロ、復興基金が104億ユーロ)と、ハンガリーのGDPの約10%に相当する。数ヶ月後に期限が迫る復興基金の資金拠出を勝ち取れるかが、次期政権にとって喫緊の課題となる。また、ハンガリーは欧州の防衛力強化を目的とした基金(SAFE)に162億ユーロ(GDP比7.4%)の利用を申請している。基金の受領と法の支配に関連した改革実行は直接紐づけられていないものの、欧州議会や加盟国の一部からは、EUの基本価値を軽視する加盟国に巨額の軍事資金を提供することに不満の声もある。EU資金を受け取れるかどうかは、向こう数年のハンガリーの経済パフォーマンスや政治安定を左右する。

3. EUの結束は保たれるか?

EUは近年、非リベラル民主主義を標榜し、EUの基本価値を軽視する加盟国への対応に悩まされてきた。ハンガリーはその代表格で、EUに懐疑的なオルバン首相の下で、ウクライナ支援やロシア制裁での拒否権発動、ロシアや中国への接近などを交渉材料に、自国への利益誘導に利用してきた。12日の総選挙でティサが勝利すれば、2023年のポーランドの政権交代に続いて、ハンガリーでも親EU政権が誕生することになる。政権交代後のポーランドもEU懐疑派の大統領の政治的な影響力が残っているほか、スロバキアやチェコでもEUに懐疑的な政権が誕生するなど、EU内は必ずしも一枚岩ではない。だが、オルバン体制が倒れれば、EUの内部対立や内部崩壊の危機を脱し、自浄能力を証明する契機となろう。今年後半から来年にかけて本格化するEUの次期多年度(2028~34年)財政枠組みの協議や、将来のウクライナのEU加盟交渉などにとってもリスクが軽減される。また、EUに懐疑的な欧州議会会派の中心人物であるオルバン首相が退陣することで、同氏の国家運営や対EU政策を模倣しようとする他の欧州諸国の右派ポピュリスト勢力の戦略再考につながる可能性もある。

以 上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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