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2022.05.27
アジア経済
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ウクライナ問題
トルコ、経済及び外交両面での「瀬戸際戦略」の行方はどうなるか
~経済のファンダメンタルズは着実に蝕まれるが、戦略を変える可能性は極めて低い展開が続こう~
西濵 徹
- 要旨
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- 国際金融市場では、欧米を中心に世界経済は拡大が続く一方でウクライナ情勢の悪化による商品市況が上振れするなか、米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜により新興国を取り巻く状況は厳しさを増している。トルコは経済のファンダメンタルズが極めて脆弱ななか、外交関係を巡る不透明感の高まりも重なり、昨年末の「奇策」で落ち着きを取り戻したリラ相場は再び調整の動きを強めている。物価及び為替の安定が懸念される状況にあるものの、中銀は26日の定例会合で5会合連続の政策金利据え置きを決定した。中銀は従来の考えを維持したが、経済及び外交面で「瀬戸際戦略」を強める背後でトルコ情勢は厳しさを増している。
足下の国際金融市場においては、欧米など主要国を中心に世界経済はコロナ禍からの回復が続く一方、ロシアによるウクライナ侵攻を受けた欧米などの対ロ経済制裁強化により供給不安が懸念されるなかで幅広い商品市況は上振れしており、全世界的なインフレが警戒されている。こうした状況を受けて、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀はタカ派への傾斜を強めており、コロナ禍対応を目的とする全世界的な金融緩和による国際金融市場の『カネ余り』状態は急速に巻き戻される動きに繋がっている。結果、全世界的なカネ余りや主要国の金利低下を追い風に、一部のマネーはより高い収益を求めて新興国に回帰する動きがみられたものの、環境変化によりそうした状況は変化している上、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を取り巻く状況は急速に厳しさを増している。トルコは慢性的に財政赤字と経常赤字の『双子の赤字』を抱える上、インフレも常態化するなど経済のファンダメンタルズが脆弱ななか、2013年に当時の米FRBのバーナンキ元議長による量的緩和政策の縮小示唆発言を契機とする国際金融市場の動揺(テーパー・タントラム)に際して資金流出圧力が集中する5ヶ国(フラジャイル・ファイブ)の一角となった経緯がある。さらに、ここ数年の通貨リラ安による輸入物価の押し上げに加え、商品市況の上振れも重なり足下のインフレは昂進している上、輸入増に伴い貿易収支も悪化するなど経済のファンダメンタルズは脆弱さを増している。また、昨年末にかけてのリラ相場の暴落を受けてトルコ政府はトルコ在住の国民によるリラ建定期預金に対してハードカレンシーに対する価値を補償する実質的な米ドルペッグという『奇策』に動くなど(注1)、財政負担の増大を招くリスクもくすぶる。なお、上述の奇策や事実上の資本規制の導入なども追い風に年明け以降のリラ相場は落ち着きを取り戻す動きをみせたものの、足下のリラ相場は緩やかに調整の動きを強める展開が続いており、輸入物価を通じてインフレ昂進を招く懸念が再燃している。これは、上述の市場環境の変化に加え、先月末にトルコの裁判所が国家転覆罪で逮捕、拘留中のトルコ人実業家に対して終身刑判決を下したこと(注2)、北欧のフィンランド及びスウェーデンによるNATO(北大西洋条約機構)加盟への反対表明など揺さ振りを掛ける動きをみせていること(注3)、そして、エルドアン政権がテロ対策を目的に南部のシリア国境沿いで軍事作戦を展開するなど(シリア北部に展開するクルド人組織(YGP:人民防衛隊)を標的にしている模様)、対外関係の悪化リスクが高まっていることも影響していると考えられる。このように物価及び通貨は不安定化する動きをみせているものの、中銀は昨年末にかけて『金利の敵』を自認するエルドアン大統領の圧力を受けて利下げに動いた後、年明け以降は政策金利を据え置く対応が続いており、26日の定例会合でも5会合連続で政策金利(1週間物レポ金利)を14.00%に据え置く決定を行った。会合後に公表された声明文では、足下の物価上昇について「地政学リスクによるエネルギー価格の上昇や経済のファンダメンタルズに基づかない価格形成による一時的なもの」とする見方を示し、先行きは「持続可能な物価と金融安定化に向けた措置強化を受けてディスインフレプロセスが始まると予想する」との従来見通しを維持した。その上で「金融安定に向けて安定した長期資金の供給を促すべくマクロプルーデンス政策の強化を決定した」とする従来の姿勢を改めて強調した格好である。ただし、足下のリラ安進展の背後では外貨準備高が着実に減少する動きが確認されるなど対外収支構造を巡る状況は厳しさを増しており、トルコが経済及び外交の両面で展開する『瀬戸際戦略』の行方は極めて見通しにくくなっていると判断出来る。


注1 2021年12月21日付レポート「トルコ、リラ建預金の「実質的な米ドルペッグ」という奇策を発表」
注2 4月26日付レポート「トルコ、実業家への終身刑判決で対外関係の悪化リスクが再燃」
注3 5月19日付レポート「トルコはなぜ北欧2ヶ国のNATO加盟に反対するのか」
西濵 徹


- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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