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政府の原油対策はどこまで有効か?

~ウクライナ侵攻による家計負担増は年間5.7~6.8 万円~

熊野 英生

要旨

政府が3月4日に発表する追加的な原油対策では、ガソリン・灯油に25円の価格補助を行う構えだ。2人以上世帯で計算すると、この価格補助は年間で最大1.4万円ほど負担を減らすが、電気代・ガス代を含めて高騰を考えると負担増はカバーできない。2022年のWTIの平均価格が110ドルの時は、エネルギー関連品目の負担増は+5.7万円、120ドルの時の負担増は+6.8万円となってしまうと試算される。

目次

最大25円の幅での価格補助

政府は、3月4日に原油高騰への対策を発表する。この対策では、11月の経済対策でガソリン・灯油の価格抑制のために設けた5円の幅での補助金を、25円に拡充することになっている。この補助金は、家計調査(2人以上世帯)に当てはめて考えると、最大で年間約1.4万円の支援になると試算される。2人以上世帯のガソリン・灯油の消費量は、2021年559.6リットルである(図表1)。そこに最大25円をかけると約1.4万円(13,989円)になる。

家計調査によるエネルギー支出の状況
家計調査によるエネルギー支出の状況

しかし、すでに原油高騰は進んでいて、石油情報センターの発表では、2月28日時点のレギュラー・ガソリン価格は172.8円/リットルまで上がっている。2021年平均のガソリン価格が146.08円だったから、すでに前年比18.3%にもなっている(灯油は前年比28.1%)。政府の対策が、仮にガソリン170円の負担に維持されると考えて、家計の2022年平均のガソリン・灯油の負担増は、+13,479円になっていると計算できる。これは、価格補助の対策があったとしても、家計負担は2022年は+13,479円はどうしても増えてしまうことを示している。

電気代・ガス代の負担増

筆者は、政府の対策が激変緩和措置だとしていることは望ましい表現だと考えている。為替変動に対する介入措置であっても、急激すぎる円高を均すことはできても、円高自体を止めることはできない。今回の価格補助も、原油高の痛みを緩和することはできても、それを完全に消し去ることはできない。政府の意図としては、コロナ禍で企業収益・家計消費が脆弱なタイミングであるから、あまりに激しい変化を緩和しなくてはいけないという問題意識に基づいて動いている。

しかし、問題はガソリン・灯油・軽油・重油の4油種だけを対象とした範囲では、うまくカバーができていないことである。すなわち、家計のエネルギー関連品目には、ガソリン・灯油以外に、電気代・ガス代がある。2021年の家計調査(2人以上世帯)では、年間消費額は、ガソリン・灯油が72,793円で、電気代・ガス代が179,582円である。電気代・ガス代は、ガソリン・灯油の約2.5倍の支出規模がある。こちらには、政府の価格補助の恩恵は行き渡らない。おそらく、電気代は、家計以外にも製造業・非製造業の両方でも幅広く利用されている。資源高などで仕入コストを価格転嫁しにくい中小企業にとっては、電気代・ガス代の負担増は、企業収益を圧迫する要因として無視できない。

電気代とガス代の価格は、すでに著しく上昇している(図表2)。4月までの料金改定で8か月連続の上昇で、その上昇幅は20.1%である(ガス代は同期間22.5%)。東京の標準的な電気料金は、2021年平均と4月の料金を比べると、やはり約2割上昇している。つまり、ウクライナ侵攻による追加的な原油高騰がなかったとしても、2022年の年間での負担増加はかなり大きいということになる。

東京の電気代・ガス代の推移
東京の電気代・ガス代の推移

原油高騰によって、2022年平均の原油価格(WTI)がどのくらいになるかは、正直に言って全く見通せない。そこで、仮に原油価格を1バレル=110ドル、120ドルと置くと、電気代・ガス代の加重平均は、2021年比でそれぞれ24.5%、30.3%も上昇する計算になる。この値を使って、年間のエネルギー関連品目(電気代、ガス代、ガソリン、灯油)の増加額を計算すると、それぞれ+5.7万円、+6.8万円になる(図表3)。2021年の家計消費額(2人以上世帯、334.8万円)に対して、1.7%と2.0%にもなる。この負担増は、春闘交渉で期待されるベースアップ率を上回るものになるだろう。なお、この負担増は、25円のガソリン・灯油の価格補助(約1.4万円)が講じられたときの前提である。つまり、価格補助があったとしても、その効果が及ばない電気代・ガス代の負担増が大きく響くということだ。

想定される家計の負担増
想定される家計の負担増

この試算は、内閣府がミニ経済白書(2022年2月発表)の中で、2021年の家計負担増が年間2.1~2.9万円(エネルギー関連品目、2021年11月時点の年間換算)としたものから、3倍近く増える結果だ。政府が想定していたよりも原油高騰が家計に与える悪影響は遙かに大きかったことを物語っている。

原油高騰の行方

ウクライナ侵攻によるロシアへの経済制裁は、原油高騰を煽るものだ。仮に、ロシアが停戦を決めても、対ロシアの経済制裁の内容は継続されるものが多いと考えられる。そうした思惑も、原油高騰の背後にはあるだろう。ロシアは、天然ガスの輸出額では世界第1位。原油では世界第2位、天然ガスでは世界第3位である。その大半がストップするとすれば、世界のエネルギー需給は大きくアンバランスになってしまう。

しかし、各国は政府保有の原油備蓄放出を発表しているので、それがいくらか原油市況の高騰を緩和している印象もある。また、産油国(OPECプラス)の原油増産計画がもっと大胆に追加増産を決めれば、原油市況は大幅に下がる可能性もある。3月16日に予定される米国の利上げ開始によって、ドル資産には利回りが付くようになるから、利回りの付かない原油・金などの商品の相場には本来は逆風になるはずである。様々な要因を考えると、2022年中に一転して原油が下がる要因もまだありそうだ。だから、本当に先が読めないというのが実情である。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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