インドネシア、新型コロナ禍一服で首都機能移転に向けて前進

~財政面での影響に加え、環境面での影響が国内外に波及する可能性に注意が必要~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは2019年の大統領選を経てジョコ・ウィドド政権は2期目入りしたが、目玉政策に首都機能移転を掲げる動きをみせた。しかし、一昨年来の新型コロナ禍を経て首都機能移転の議論は事実上棚上げされた。他方、足下では感染動向の改善も追い風に新型コロナ禍の克服が進むなか、政府は議会に関連法案を上程するなど再び俎上に挙げる動きをみせてきた。18日には議会で法案が可決され、2024年からの段階的移転の一歩目を踏み出した。ただし、新型コロナ禍対応を目的に財政ファイナンスに動いたなか、国際金融市場を巡る環境変化の行方に留意が必要である。また、環境的な悪影響も懸念され、環境政策を巡るドタバタがアジア太平洋地域を揺さぶっているなか、エネルギー政策の行方にも注意が必要になっている。

インドネシアのジョコ・ウィドド政権は、2019年の大統領選及び総選挙を経て盤石な政権基盤を構築しており、政権2期目の船出は安定的にスタートすることに成功した。なお、同国の首都ジャカルタについては、交通インフラの脆弱さなどを理由とする慢性的な交通渋滞に加え、地理的な問題を理由に豪雨による洪水被害に度々見舞われるとともに、近年は大気汚染が深刻化するなど経済的損失が発生する状況が続いてきた。よって、同国ではスカルノ元政権時代から度々首都機能の移転、ないし分散化によるリスク低下を目指す動きがみられたものの、一向にその実現は進まない状況が続いてきた。この背景には、同国の人口の約6割がジャワ島に集中するなど経済活動の中心となるなか、首都機能を敢えてジャワ島以外の土地に移転することのメリットが国民の間で十分に共有されてこなかったことも影響してきたとみられる。ただし、ジョコ・ウィドド大統領は政権1期目の末期に首都機能(議会、省庁、国家警察本部、憲法裁判所など)をジャワ島以外の島に移転する旨の閣議決定を行ったほか、その後には移転先をボルネオ島(カリマンタン島)の東カリマンタン州のパンジャム・パサール・ウタラ地方の北部とクタイ・カルタヌガラ県の一部で構成される地域(バリクパパン)とする方針を発表するなど、首都機能の移転を政権2期目の『目玉政策』とする姿勢を示した。なお、政府は当初首都機能の移転に掛かる費用について最大466兆ルピア(GDP比で約3%)に達する見通しを示す一方、同国経済は慢性的に財政赤字及び経常赤字という『双子の赤字』を抱えるなかで財政負担が増大すれば、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が一段と脆弱になることが懸念される。また、現行憲法では大統領任期は連続2期までとされており、ジョコ・ウィドド大統領の任期は2024年までと期間が限られるなか、首都機能移転という大事業を巡るロードマップは不透明な状況が続くなど如何に道筋を立てるのかにも不透明感が残った。こうしたなか、一昨年には同国でも新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が広がり、首都ジャカルタを中心とする都市部が感染拡大の中心地となるなど深刻な事態に見舞われたことを受けて、政権2期目入り後初の予算となった2021年度予算では首都機能移転は重点政策から外されるなど、事実上棚上げされる事態となった(注1)。新型コロナ禍を巡っては、昨年半ばにかけても感染力の強い 変異株(デルタ株)による感染再拡大が直撃して景気に急ブレーキが掛かった結果、昨年7-9月の実質GDPの水準は新型コロナ禍の影響が及ぶ直前を下回るなど、深刻な影響が長期化している様子がうかがわれた(注2)。ただし、その後は感染動向が大きく改善して経済活動の正常化が図られるとともに、政府及び中銀による政策の総動員も追い風に景気の底入れに向けた動きが進むなど、同国経済は新型コロナ禍の影響を着実に克服していると捉えられる。このように新型コロナ禍の影響克服が進むなか、今年はジョコ・ウィドド政権が2期目の折り返しを迎えることもあり、議会に対して首都機能移転に関する法案を上程して審議が行われた。さらに、今月17日には首都機能移転を所管するスハルソ国家開発庁長官は新首都の名前について、言語学者や歴史学者などが提案した80以上の候補から「ヌサンタラ(インドネシア語で『群島』の意)」に決定する方針が示された。また、18日には議会において首都機能移転に関する法案が賛成多数で可決されており(大連立に加わっていないイスラム政党の福祉正義党は新型コロナ禍対策を重視すべきとして反対した模様)、今後はジョコ・ウィドド大統領が目標に掲げる2024年からの段階的移転の実現に向けて大きな一歩を踏み出した格好である。ただし、同国は新型コロナ禍対応を目的に中銀が「財政ファイナンス」に動いてきたことを勘案すれば、首都機能移転に関連する支出が財政面で経済の足かせとなるほか、国際金融市場を巡る環境変化による影響を受けるリスクに留意する必要が高まっている。他方、現状において移転先には広大な草地や森林が広がるなか、環境団体などは首都機能施設の建設などに伴う環境リスクを懸念するなど批判がくすぶるなか、今後は如何に作業を進めるかに注目が集まると予想される。なお、環境政策を巡っては、同国は世界最大の石炭輸出国である上、石炭火力発電に対する依存度が極めて高いにも拘らず、昨年に英グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に際して石炭火力発電の段階的廃止及び新規支援の終了を図る共同声明に加わる動きをみせている。他方、新型コロナ禍からの景気回復が進んで電力需要が回復するなかで石炭火力発電所における石炭備蓄が減少したことを受けて、政府は今月初めから石炭輸出を一時的に禁止する『強硬策』に動くなどちぐはぐな対応もみられる(注3)。その後の協議を経て石 炭の輸出禁止措置は条件付で緩和されているものの、ジョコ・ウィドド政権下では鉱物資源の原材料のままでの輸出を停止する方針を打ち出してきたことを勘案すれば、今後もこうした対応が再発動される可能性はくすぶる。さらに、新首都の建設に向けてエネルギー需要が拡大することも見込まれるなど、同国のエネルギー関連政策の行方は日本を含むアジア太平洋地域を揺さぶる可能性に注意が必要と言える。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ