トルコ、2018年と同じく金融政策と外交問題の「コンボ成立」

~金融政策に加えて外交関係にも不透明感が高まるなか、「独り相撲」の様相を強める可能性~

西濵 徹

要旨
  • トルコでは、インフレ昂進にも拘らず「高インフレは高金利が原因」との考えを信じるエルドアン大統領による圧力も影響して中銀は利下げに動き、リラ相場は下落の動きを強めている。トルコは2018年の「トルコ・ショック」の起点となったが、金融政策を巡る不透明感に外交関係を巡る不透明感が重なったことがリラ相場の暴落を引き起こす契機となった。ただし、その後はそうした懸念の解消により一旦は事態収束が図られた。
  • 他方、足下では金融政策に対する不透明感が高まるなか、実業家で慈善事業家のカバラ氏に対する裁判を巡り10ヶ国の駐トルコ大使が即時釈放を求める共同声明を発表したことに対し、エルドアン大統領が追放を示唆する発言を行ったことで外交関係の雲行きも急速に怪しくなっている。10ヶ国のうち7ヶ国はNATO加盟国であるなかで外交関係の不透明感が高まることが懸念される。さらに、足下で底打ちが期待された観光関連セクターに悪影響が出ることも懸念されるなど、景気回復の道筋に冷や水を浴びせる可能性もある。
  • トルコでは、次期大統領及び総選挙まで残り2年を切るなど「政治の季節」が近付くなか、昨年来の新型コロナ禍も重なり経済的苦境に喘ぐなかで政権支持率は低下している。エルドアン政権は立て直しに向けて「ナショナリズム」に訴えた格好だが、政治的隔絶の広がりも含めて「独り相撲」の様相を強めると予想される。

トルコにおいては、インフレ率が中銀の定めるインフレ目標を大きく上回る推移が続いているにも拘らず、「高インフレは高金利が原因」とする『トンデモ理論』を信奉するエルドアン大統領の下で中銀に対して利下げを要求する圧力に晒され、過去2年強の間に3度も中銀総裁が交代させられるなど、中銀の独立性に疑念が生じる動きがみられた。足下においては、世界経済が新型コロナ禍から回復の動きを強めて国際原油価格が上昇傾向を強めるなか、トルコではインフレ率が一段と加速するとともに、貿易赤字の拡大が対外収支の悪化を招くなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さが高まっているにも拘らず、中銀は9月(注1)に次いで、今月も2会合連続の利下げ実施に動くとともに、利下げ幅も拡大させるなど金融緩和の度合いを強めている(注2)。上述のように中銀の独立性が危ぶまれるなかで外国人投資家を中心に資金流出の動きが強まったことに加え、折しも国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)による量的緩和政策の縮小をはじめ、新型コロナ禍を経た全世界的な金融緩和による『カネ余り』の手仕舞いが意識されてきたことも重なり、通貨リラ相場は下落する動きが続いてきた。こうした状況に加え、中銀の拙速な利下げ実施により経済のファンダメンタルズが一段と脆弱になることが懸念され、通貨リラ相場は調整の度合いを強めており、慢性的な経常赤字を抱える同国にとっては輸入物価を通じてインフレ圧力が一段と強まることが懸念される。トルコは、2018年に通貨リラ相場が急落したことをきっかけに資金流出の動きが加速するとともに、国際金融市場に動揺が広がる『トルコ・ショック』の発端となったが、その背景にはトルコ中銀による政策運営を巡る不透明さに加え、当時の米トランプ政権との関係悪化という外交関係の不透明さが重なったことがきっかけとなった(注3)。なお、その後は中銀がインフレ鎮静化とリラ相場の安定を目的に利上げ実施に動いたことに加え(注4)、対米関係を巡る『火種』が解消されたこともあり(注5)、外国人投資家のみならず、国内投資家の間に広がった疑心暗鬼の動きが弱まるとともにリラ相場は落ち着きを取り戻した。

図 1 リラ相場(対ドル)の推移
図 1 リラ相場(対ドル)の推移

他方、足下については上述のように金融政策に対する不透明感が強まるなか、外交を巡る不透明感が高まる動きがみられるなど、2018年と状況が似通った感じになる兆候が出ている。トルコでは2013年に最大都市イスタンブール市中心部の再開発問題をきっかけに反政府デモの動きが活発化したほか、その後は反政府デモが首都アンカラ市をはじめとする全土に広がるなど(注6)、2010年以降にアラブ諸国において反政府デモの動きが広がりをみせた「アラブの春」がトルコにも伝播したかにみられた。さらに、2016年には国軍の一部がクーデター未遂事件を起こすも、政府の鎮圧により数日で事態収拾が図られるといった動きもみられた(注7)。これらの事件を巡っては、実業家で慈善事業家として知られたオスマン・カバラ氏が反政府デモへの関与が疑われて逮捕、起訴されるも無罪判決を受けたものの、2017年にはクーデター未遂事件への資金提供などの支援容疑を理由に再び逮捕、起訴されている。なお、カバラ氏に対する裁判はすでに4年以上が経過しているにも拘らず、当局は拘束を続けるなど不透明な状況にある。他方、カバラ氏を巡っては、2019年に欧州人権裁判所が逮捕容疑そのものに対する合理的な根拠がないことに加え、司法の独立性を巡る懸念を理由に釈放を命じており、欧米諸国もエルドアン政権に対して即時釈放を求めるとともに、同氏を政権による『弾圧』の象徴と見做してきた。ここ数年のトルコはエルドアン政権の下で政治及び経済はともに混乱に見舞われるとともに、2019年に実施された最大都市イスタンブール市長選では野党候補が勝利するなど政権の足下を揺さぶる動きが広がるなか(注8)、エルドアン政権は求心力を高めるべく言論弾圧などを通じた締め付けを強める動きをみせてきた。こうしたなか、今月18日にトルコに駐在する10ヶ国(カナダ、デンマーク、フランス、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ニュージーランド、米国)の大使館が共同で声明を発表し、カバラ氏に対する裁判が民主主義及び法の支配に悪影響を与えているとして即時釈放を求める姿勢を改めて示した。こうした動きに対して、トルコ政府は10ヶ国の大使を呼び出して抗議する動きをみせたほか、23日にはエルドアン大統領が演説のなかで「10ヶ国の駐トルコ大使を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として早急に国外追放すべきと外務省に指示した」と述べるなど、強硬姿勢を示した。現時点においてトルコ外務省による大使追放に向けた動きはみられないものの、仮に具現化すれば10ヶ国のうち7ヶ国はNATO(北大西洋条約機構)加盟国である上、トルコもNATO加盟国であるなかでここ数年はトルコ軍によるロシア製地対空防衛ミサイルシステム(S400)導入を契機に米議会が当時のトランプ政権に対してトルコを対象とする敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)に基づく制裁を求めるなどの動きがみられたなか(注9)、関係悪化の度合いが一段と進むことも懸念される。また、トルコ経済にとっては外国人観光客を中心とする観光関連セクターが産業の柱のひとつである上、外国人観光客の4割強をEU(欧州連合)からの来訪者が占めるにも拘らず、関係悪化が進めば底打ちの動きが期待された観光関連セクターに冷や水を浴びせることは避けられないと予想される。

図 2 外国人来訪者数の推移
図 2 外国人来訪者数の推移

なお、トルコでは2023年6月までに次期大統領選及び総選挙(大国民議会選挙)の実施が予定されており、『政治の季節』まで長くても残り2年を切るなど着実に近づいている。2018年の前回選挙においては、エルドアン大統領及び政権を支える与党AKP(公正発展党)が勝利を収めることに成功したものの(注10)、その後の経済の混乱なども影響して翌2019年に実施された統一地方選挙においては、上述のように最大都市イスタンブール市長選や首都アンカラ市長選、第3の都市イズミール市長選においては最大野党CHP(共和人民党)の候補が勝利を収めるなど(注11)、大都市部と地方部の間で政治的な『隔絶』が広がる動きがみられた。その後も新型コロナ禍を経て経済を取り巻く状況は急速に厳しさを増すなかで政権支持率は大きく低下しており、エルドアン大統領及び与党AKPにとっては立て直しが急務となるなかで『ナショナリズム』に訴えた格好と捉えられる。エルドアン政権の下でトルコは『イスラム化』の色合いを強める動きがみられるが、こうした動きは独立後に一貫して『世俗化』を国是としてきた流れに逆行しており、そうしたことが都市部と地方部との間の政治的隔絶を広げる一因になってきた。他方、エルドアン大統領の下で政権中枢には『イエスマン』が揃うなど首に鈴を付けられる人材が皆無になっている状況を勘案すれば、今後のトルコはこれまで以上に『独り相撲』の様相を強めることが考えられよう。

以 上

注1 9月24日付レポート「トルコ中銀の行動は「複雑怪奇なり」?

注2 10月22日付レポート「トルコ中銀に「もはや自律性はない」

注3 2018年8月7日付レポート「政治的な「チキンレース」に翻弄されるトルコリラ

注4 2018年9月14日付レポート「トルコ中銀、今度の「本気」は本物か!?

注5 2018年10月15日付レポート「トルコ、対米関係を巡る「壁」がひとつ除去

注6 2013年6月5日付レポート「反政府デモの長期化はトルコ経済に悪影響

注7 2016年7月19日付レポート「トルコ、クーデター未遂で露わになるリスク

注8 2019年6月24日付レポート「トルコ、商都の出直し選は与党AKPが再敗北、政権の求心力低下は必至

注9 2020年10月23日付レポート「トルコは「独り相撲」で一段と瀬戸際に近づいている模様

注10 2018年6月25日付レポート「トルコ大統領選、エルドアン氏が一発で仕留めた

注11 2019年4月1日付レポート「トルコ・エルドアン大統領の「勝利なき」勝利宣言

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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