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ドイツ政局発の市場動揺のリスクは遠退いた

~信号・ジャマイカ連立の政策相違は僅か、連立協議も意外とすんなり決まる可能性も~

田中 理

要旨
  • 開票速報によれば、ポスト・メルケルを占う26日のドイツ連邦議会選挙は、2002年以来の政権奪取を狙う中道左派の社会民主党(SPD)が第一党の座を手にした模様。ただ、史上最低の支持に沈んだ中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)との差はそれほど大きくない。両党ともに自らが率いる連立政権の発足に意欲をみせている。考えられる連立の組み合わせは、①SPDが主導し、環境政党・緑の党、リベラル政党・自由民主党(FDP)が加わる信号連立か、②CDUが主導し、緑の党とFDPが加わるジャマイカ連立。旧東ドイツの支配政党の流れを汲む左翼党(Linke)の支持が伸び悩み、金融市場に動揺が広がるSPD、緑の党、左翼党による左派連立の可能性はなくなった。連立協議の過程で政策相違は薄まり、何れの連立の場合も現政権よりも気候変動対策が強化され、やや拡張的な財政運営が採用されるとみられるが、極端な政策は排除されよう。連立協議の難航が不安視されているが、鍵を握るFDPは前回2017年の選挙後の連立協議打ち切りで有権者の反感を買い、今回は政権入りを優先する構え。それでも政策の細部まで連立合意で詰めるドイツの連立協議は時間が掛かるが、年内中の政権発足も視野に入りそうだ。

26日のドイツ連邦議会選挙は、現在も開票作業が続いているものの、政権奪取を狙う中道左派の連立パートナー・社会民主党(SPD)が、現政権を主導する中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)と姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)の統一会派(以下、両党を合わせてCDUとする)を破り、第一党の座を手にした模様。選挙直前の世論調査でCDUがやや持ち直し、SPDのリードが縮まっていたが、投票結果は直前の世論調査よりもさらに僅差。投票直前でも態度保留者が多く、保守的な有権者が最後に現状維持票を積み増した模様。一時は世論調査でリードした環境政党・緑の党は、気候変動対策への関心の高まりや7月の洪水被害などの追い風もあったが、首相候補のベアボック氏の経歴誤記載や盗用疑惑などが響き、支持が伸び悩んだ。前回第三党・野党第一党に躍進した右派ポピュリスト・ドイツのための選択肢(AfD)は、現状に不満を抱える人が多い東ドイツ地域で引き続き強さをみせたが、前回から支持を落とした。旧東ドイツの支配政党の流れを汲む左翼党(Linke)も5%の議席獲得のボーダーラインに届かない可能性が出てきた。

世代別には、SPDとCDUの二大政党の支持者が高齢者に多いのに対し、緑の党とリベラル政党の自由民主党(FDP)は若者の支持が躍進を支えた。前者は主に気候変動対策、後者は主にデジタル化対応への期待を反映したものとみられ、戦後のドイツ政界を牽引してきた二大政党支配の構図が徐々に崩れつつある。2017年の前回選挙で史上最低の支持に沈んだSPDは、2002年以来の第一党に返り咲いたとは言え、40%台の支持を得ていたかつての面影はない。CDUに至っては、どうにか事前の世論調査から巻き返したものの、結党以来で史上最低の支持に終わることが確実な情勢だ。本来であれば、首相候補であるラシェット党首の引責辞任につながる結果だが、SPDとの得票差は僅かで、自らが主導する連立政権の発足に意欲をみせており、党内抗争は連立協議が終わってからとなりそうだ。

ドイツでは第一党が連立を主導し、首相を輩出するとの決まりはなく、過去には1969年の選挙後に発足したブラント政権(SPD)、1976年・80年のシュミット政権(SPD)のように、第二党が連立を率いて首相を輩出したことがある。第一党のSPD、第二党のCDUともに連立政権発足に意欲を見せている。このまま最終結果が僅差に終われば、両党が同時並行に連立協議を主導する可能性が出てくる。最終結果がSPDの5%近くのリードに広がれば(開票速報では徐々に差が広がっている)、まずはSPD主導で連立協議が進められる可能性が高まる。左翼党が伸び悩み、議席獲得も危ぶまれる支持にとどまったことで、金融市場に動揺が走るであろうSPD、緑の党、左翼党による左派連立(赤緑赤連立)の可能性はほぼ消えた。SPDとCDUの二党で議会の過半数に達するが、両党ともにその可能性を否定している。メルケル政権の連立内で埋没したSPDは、今回も前回同様に連立協議入りや合意内容の受け入れ是非を党員投票に賭ける方針とみられる。自らが主導する場合も、大連立の継続には拒否反応が多い。CDUはこれまで連立パートナーとして大連立に加わったことはなく、大連立に参加する位なら下野すると言った関係者の声が強い。

そこで考えられる連立の組み合わせは、①SPDが主導し、緑の党とFDPが加わる信号連立(赤緑黄連立)か、②CDUが主導し、緑の党とFDPが加わるジャマイカ連立(黒緑黄連立)に絞られる。緑の党とFDPの政策距離が遠く、前回2017年にFDPが連立交渉を打ち切った原因だったものの、今回はFDPも政権入りを優先する意向を伝えている。既に二党間での連立時の政策すり合わせを開始する意向を表明している。何れの連立も長年ドイツ政界を引っ張ってきた二大政党の一角が率いることになり、連立協議の過程で極端な政策が薄まることが予想される。緑の党の連立入りで気候変動対策は強化されるが、FDPに配慮して規制の大幅強化は回避され、財政運営はやや拡張的となるが、財政黒字化を義務付ける「債務ブレーキ」は維持されよう。信号連立の方が所得配分をより重視することになろうが、何れも親EU政権で、2つの連立間に政策面でのそれほど大きな違いはない。

今後、ドイツ政局絡みで金融市場が動揺するとすれば、前回2017年の選挙後のように、連立協議が暗礁に乗り上げ、政治空白の長期化や政治安定が脅かされるとの受け止めが広がる場合に限られよう。1950年代以降、前例のない3党による連立協議をまとめるのは確かに困難だが、前回の連立協議を打ち切ったFDPはその後長く支持低迷に苦しんだ。今回も同じことを繰り返せば、有権者の反発を買うことは必至で、意外とすんなりと連立協議がまとまる可能性もある。すんなりと言った場合も、ドイツでは政策の細部まで連立合意で詰めるうえ、SPDは今回も党員投票で連立合意の受け入れ是非を判断する可能性があり、数ヵ月程度の政治空白は見ておく必要がある。その間は、メルケル首相が暫定的に政権を率いる。結果的に、コール首相が持つ歴代最長の首相在位記録の更新が視野に入ってくる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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