ブラジル景気は新型コロナと干ばつの影響に揺さぶられる展開が続く

~干ばつは農業生産のみならず物価を直撃、中銀の「タカ派」姿勢も景気の重石となる展開を予想~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルでは昨年来の新型コロナ禍対応を巡るちぐはぐな動きが感染拡大を招く一方、足下ではワクチン接種の動きは大きく進んでいる。また、ワクチン接種の動きも追い風に新規陽性者数は大きく鈍化するなど、感染動向は改善に向かう動きもみられる。他方、変異株によるワクチンの効果の低下が懸念されるなか、政府は今月から「ブースター接種」を開始するなど、引き続き経済活動を優先する姿勢を強めている模様である。
  • 連邦政府レベルでは経済活動が優先され、財政出動による景気下支えが図られる一方、干ばつに伴う物価上昇や中銀による利上げ実施が景気の足かせとなることが懸念されたが、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.22%と4四半期ぶりのマイナス成長に転じた。幅広く内需が弱含んでいるほか、干ばつによる農業生産の低迷などが景気の重石になる動きが顕在化している。先行きの景気を巡っても好悪双方の材料が混在していることを勘案すれば、当面の景気は力強さを欠く展開となる可能性に留意する必要があろう。
  • 政府は今年の経済成長率が5%を上回る水準になるとの見方を示すが、+4.9ptものプラスのゲタが生じていることを勘案すれば高成長のハードルは高くない。ただし、人の移動の回復力の乏しさや干ばつによる影響や中銀のタカ派姿勢などを勘案し、当研究所は今年の経済成長率は+4.9%になると予想している。

ブラジルでは、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、経済活動を重視する連邦政府(ボルソナロ政権)と感染対策を重視する地方政府の間でちぐはぐな対応が採られた結果、同国は度々感染拡大の中心地の一角となる展開が続いてきた。一方、感染拡大の一角となってきたことを受けて、同国では様々なワクチンの治験が実施されてきたほか、年明け以降は接種が開始されるなど事態打開に向けた動きは着実に前進してきた。なお、ボルソナロ大統領は自身が新型コロナウイルスに感染したにも拘らず、ワクチン接種に懐疑的な見方を示す一方、保健当局や地方政府は接種の積極化を呼び掛けるなどちぐはぐな対応が続いた。さらに、ボルソナロ大統領が新型コロナウイルスの起源を巡って中国を揶揄する発言を繰り返す動きをみせた結果、中国からのワクチンの原材料の輸入が急減するとともに、中国のワクチンメーカーによるブラジル国内の提携先との関係解消といった『嫌がらせ』が顕在化するなど、ワクチン供給に対する不透明感が高まる動きもみられた。こうした事態を受けて、政府は米製薬メーカーにワクチンの前倒し納入を要求する動きをみせる一方、その後にワクチン調達を巡るボルソナロ大統領の瑕疵のほか、保健当局におけるインド製ワクチン調達に関連した贈収賄疑惑が明らかになり、結果としてボルソナロ大統領の弾劾を求める動きも出ている(注1)。こうした背景には、来年10月に次期大統領選及び総選挙が行われるなど『政治の季節』が迫るなか、最大野党の左派PT(労働者党)に隠然たる影響力を有するルラ元大統領に下された有罪判決が無効となり、次期大統領選に出馬可能となるなかでPTがボルソナロ大統領の再選阻止及び政権奪還に向けて攻勢を掛けていることも影響している(注2)。こうしたドタバタの影響が懸念されたものの、先月31日時点におけるワクチンの完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は28.89%と世界平均(27.23%)を上っているほか、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は63.29%と世界平均(39.76%)を大きく上回るなど、多くの新興国がワクチン確保に手間取るなかでワクチン接種は進んでいる。同国では年明け以降も感染力の強い変異株の流入を受けて新規陽性者数が拡大の動きを強めたため、累計の陽性者数は2,078万人弱、死亡者数は58万人強とともに極めて高水準となっている。ただし、ワクチン接種の進展を受けて新規陽性者数は6月末を境に頭打ちしており、足下における人口100万人当たりの新規陽性者数は直近におけるピークの3分の1を下回る水準となっているほか、死亡者数も頭打ちしている。他方、変異株に対してはワクチンの効果が低下するとの見方も示されるなか、政府は今月半ば以降に高齢者や基礎疾患を有する人を対象にワクチンの「ブースター接種(3回目の接種)」を開始する方針を明らかにしており、ワクチン接種による感染収束を通じて経済活動を優先する姿勢を強めていると捉えられる。

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なお、上述のようにブラジルにおいてはボルソナロ大統領が旗振り役となる形で経済活動を優先する対応が採られており、家計消費をはじめとする内需が経済成長のけん引役となってきたことを受けて、政府は昨年末に一旦終了した貧困層や低所得者層、非正規労働者を対象とする現金給付などの緊急経済対策の再開のほか、ディーゼル燃料に対する課税の一時凍結に動くなど、財政措置を通じた景気下支えを図ってきた。他方、昨年後半以降における世界経済の回復などを追い風に国際原油価格は底入れしていることに加え、昨年以降の同国は『100年に一度』の大干ばつに見舞われるなかで電力供給に向けて火力発電の再稼働を余儀なくされたことで年明け以降のインフレ率は大きく上振れしており、中銀は3月以降に断続的な利上げに踏み切る事態となっている。こうした状況に加え、変異株の流入による感染再拡大を受けて、地方政府レベルで感染対策を目的とする行動制限が再導入されるなど幅広い経済活動に悪影響が出ることが懸念された。事実、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.22%と前期(同+4.93%)から4四半期ぶりのマイナス成長に転じるなど、底入れの動きを強めてきた景気に急ブレーキが掛かっている。前年比ベースの成長率は+12.4%と前期(同+1.0%)から伸びが大きく加速しているものの、これは昨年の4-6月の成長率が前期比年率▲31.31%と大幅マイナス成長となった反動が影響していることを考慮する必要がある。需要項目別では、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復を追い風に輸出は堅調な動きをみせる一方、大都市部を中心とする行動制限の再導入に加え、インフレに伴う家計部門の実質購買力の下押しなどが影響して家計消費は力強さを欠く展開が続いている。さらに、中銀による金融政策の正常化の動きは企業部門による設備投資意欲を冷え込ませるとともに、家計部門の住宅需要に冷や水を浴びせる形で固定資本投資の下押し圧力となるなど、幅広く内需が鈍化したことが景気の重石になっている。なお、前期においては在庫投資の積み上がりが成長率を押し上げるなど実態は数字よりも悪いことが示唆されたものの(注3)、当期は内需の弱さを反映して輸入が減少したことで純輸出の成長率寄与度は大幅プラスとなる一方、在庫投資の成長率寄与度がマイナスに転じるなど在庫調整の進展が景気の足を引っ張ったと判断出来る。分野別では家計消費など内需が弱含んでいるにも拘らず、政府消費の拡大が下支えする形で第3次産業の生産は拡大している一方、行動制限や投資需要の低迷などを反映して第2次産業の生産に下押し圧力が掛かったほか、主力の農産品であるコーヒー豆の生産低迷などを受けて第1次産業の生産は大きく下振れしており、気候は景気動向にも影響を与えている。なお、足下では感染動向の改善が進むとともに、行動制限が緩和されるなど経済活動への悪影響が後退しており、サービス業の企業マインドは大きく底入れするなど家計消費など内需の追い風になることが期待される。その一方、足下では世界的に変異株による感染再拡大の影響がくすぶるなど世界経済の不透明感が高まっていることを受けて、製造業の企業マインドは頭打ちの動きを強めており、景気を巡る状況は一進一退の展開が予想される。さらに、中銀は先月の定例会合で4会合連続の利上げ実施に動くとともに、先行きの追加利上げを示唆するなど「タカ派」姿勢を強めており(注4)、景気の重石となる可能性がある。また、すでに昨年来の干ばつは農業生産に悪影響を与える動きがみられ、今後も事態の改善が進まなければエネルギー供給が一段とひっ迫して経済活動の足かせとなるリスクにも注意する必要があろう。

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政府(経済省)は先行きの景気動向について、今年通年の経済成長率は+5%を上回るとの見方を示しており、昨年(▲4.1%)の反動も影響して久々の高成長になるとしている。事実、今年の経済成長率を巡っては+4.9ptものプラスの『ゲタ』が生じていることを勘案すれば、比較的高い成長率を実現するハードルは高くないと判断出来る。一方、先行きは干ばつによる物価及び農業生産への悪影響が長期化することが懸念されるほか、中銀によるタカ派姿勢が今後も強まるなど家計消費など内需の重石となる状況が続くと見込まれることを勘案すれば、力強さの乏しい展開となることは避けられない。また、感染動向は改善しているにも拘らず人の移動の動向は引き続き勢いを欠く展開が続いており、こうした状況を反映して当研究所は今年通年の経済成長率見通しを+4.9%とする。足下の通貨レアル相場を巡っては、中銀によるタカ派姿勢を好感して上昇してきたものの、国際原油価格の頭打ちの動きが重石となる動きがみられるなか、景気動向の不透明感も足かせとなる可能性が予想され、物価への悪影響が懸念される。

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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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