ニュージーランド、「1人」の市中感染確認で全土を都市封鎖の強硬策

~中銀は都市封鎖に伴う不確実性を理由に金利据え置きも、「出口」を強く意識している模様~

西濵 徹

要旨
  • 年明け以降のオセアニアでは、ニュージーランド、豪州ともに感染封じ込めを通じて経済活動の正常化が図られてきた。なお、足下では豪州の感染動向が急激に悪化する一方、ニュージーランドはワクチン接種の進展も追い風に落ち着いた推移が続いた。しかし、最大都市オークランドで半年ぶりに「1人」の市中感染が確認されたことを受け、政府は今月17日にオークランドなどを対象に7日間、その他の地域で3日間の都市封鎖の実施を決定した。アーダーン政権は国内外に対して「短期戦」を通じて感染収束を図る姿勢を示した。
  • 中銀は7月の定例会合で量的緩和策の終了を決定するなど新型コロナ禍対応による金融緩和からの「出口」を模索しており、金融市場では一段の金融引き締めに動くとの見方も出た。ただし、政府による都市封鎖の実施決定を受けて、中銀は18日の定例会合で政策金利を据え置いた。他方、先行きの政策運営について「金融緩和水準のさらなる引き下げ」を模索する考えを示すなど、出口を強く意識している。短期的にNZドル相場は感染動向に左右されるが、先行きは米ドルに対し底堅く、日本円に対し堅調な推移が続くであろう。

年明け以降のオセアニアでは、ニュージーランド、豪州ともに新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染封じ込めが進んだことで経済活動の正常化が図られるとともに、域内で人の移動を自由にする取り組みが前進したことで景気回復が促されることが期待された。しかし、豪州においては感染力の強い変異株の流入を受けて市中感染の動きが広がりをみせており、足下の新規陽性者数は拡大傾向を強めているほか、感染拡大に伴う医療インフラへの圧迫の高まりを受けて死亡者数も拡大するなど急速に感染動向が悪化している。他方、ニュージーランドでは今年2月に最大都市オークランドで市中感染が確認されたものの、直後に行動制限が再強化されるなど迅速かつ強力な感染対策に舵を切ったことで、その後の新規陽性者は海外からの帰国者のみに留まるとともに、死亡者数もゼロで推移してきた。なお、欧米や中国などの主要国においてはワクチン接種の広がりが感染抑制や経済活動の正常化を後押しする動きがみられる一方、同国政府は当初の段階でワクチン確保に手間取ったものの、2月末以降は順次ワクチン接種が進められている。今月16日時点における部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は32.96%と世界平均(31.45%)をわずかに上回るなどワクチン接種のすそ野は広がっているとみられる一方、完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は19.04%と世界平均(23.68%)を下回っており、ワクチン接種を通じた集団免疫の獲得は道半ばの状況にある。こうしたなか、オークランドにおいて半年ぶりに1名の変異株による市中感染を通じた新規感染が確認されたことを理由に(その後の保健当局の追跡調査では計5名の感染が確認された)、政府は今月17日にオークランドと感染者が滞在したコロマンデルを対象に7日間、その他の地域でも3日間の都市封鎖(ロックダウン)を実施することを決定した。人口500万人強の同国において1名の感染確認を理由に全土を対象に都市封鎖を実施することは『やり過ぎ』との見方がある一方、上述のように同国のワクチン接種が遅れている上、わが国をはじめとする多くの国での後手を踏む感染対策が感染状況の悪化を招いていることを受けて、迅速かつ厳格な対応による『短期戦』を狙ったものと考えられる。そうした姿勢はアーダーン首相が自身のSNSに「我々はこれまで我々のやり方で対応してきた」と述べていることにも表われており、昨年10月の総選挙においてアーダーン政権を支える最大与党・労働党が新型コロナ禍対策を巡る政府のリーダーシップを追い風に大勝利を収めたこともこうした動きを後押ししているとみられる(注1)。

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ニュージーランドにおいては、中銀が先月の定例会合において政策金利や借入コストの低下を促す資金供給プログラム(FLP)を維持する一方、市場環境の改善を理由に大規模資産買い入れプログラム(LSAP)に基づく追加資産購入を先月23日までに停止することを決定するなど、先進国のなかでいち早く量的緩和政策の終了による新型コロナ禍対応からの『出口』に動いている(注2)。その後の国際金融市場を巡っては、変異株による感染拡大の動きが世界経済の不透明要因となる動きがみられる一方、欧米など主要国を中心に世界経済の回復が続いていることも追い風に比較的落ち着いた推移が続いており、なかでもニュージーランドについては感染封じ込めが進んでいるほか、金融政策の正常化に動いたことも追い風に資金流入の動きが活発化してきた。さらに、中銀が新型コロナ禍対応を目的とする金融緩和からの出口を模索する一因となった不動産市況については、その後も上昇の動きが続いており、中銀は今月初めに住宅ローン規制(ローン資産価値比率(LVR)及び債務対所得比率(DIT)の引き下げ、金利の下限設定など)を一段と強化する方針を明らかにしたため、金融市場においては中銀が早晩利上げを余儀なくされるとの見方も出ていた。他方、アーダーン政権が突如全土を対象とする都市封鎖を実施することを決定したものの、全土では3日間、最大都市オークランドでは7日間と極めて短期間に留まることで実体経済への影響は限定的と見込まれる一方、感染動向如何では延長される可能性もあるため、18日の定例会合における中銀の判断に注目が集まった。こうしたなか、中銀は「全土で都市封鎖が実施されていること」を理由に政策金利を0.25%に据え置くとともに、「先月のLSAPに基づく国債の追加買い入れ停止を受け、物価及び雇用動向を巡る政策目標を実現させるべく金融緩和の水準を引き下げ続ける」との考えを示した。なお、世界的な財政及び金融政策動向については「引き続き緩和的で歳出や投資を支えている」としたほか、世界経済について「多くの国でのワクチン接種率の上昇を受けて活発化している」とし、同国経済にとって「輸出財に対する需要や価格の押し上げに繋がる」一方、「一部の地域で感染対策を強化させる必要があり、世界的なサプライチェーンの混乱や生産能力の制約要因になっている」との見方を示した。一方、同国経済については「これまでの落ち着いた感染動向も影響して力強く回復しており、雇用環境や物価見通しは安定している」ほか、「観光関連で弱さは残るも、家計消費や建設活動は堅調であり、企業部門の設備投資も底入れが進んでいる」との認識を示した。その上で、労働市場について「需給ひっ迫を受けて賃金に上昇圧力が掛かっている」ほか、物価動向についても「原油価格の上昇や供給不足などに伴い短期的に上振れしているが、来年半ばにかけては目標域の中間に戻る」との見通しを示した。こうしたことから、「現行の緩和策の必要性が低下しても物価及び雇用の政策目標は実現可能」との見方が共有される一方、「感染拡大に伴う混乱や金融市場への悪影響を注視する」としつつ、「住宅価格は持続可能な水準を上回っており、供給拡大に伴う価格調整リスクが高まっている」との認識を示すなど、金融政策の正常化の必要性を強調している。こうしたことから、政策運営を巡っては「インフレ期待の安定と持続可能な雇用最大化の実現には金融緩和水準のさらなる引き下げが『最も後悔しない政策スタンス』」とするなど一段の『出口』を意識する姿勢をみせる一方、「今回については都市封鎖による不確実性が高まっていることを受けて政策金利を据え置いた」として、早期に事態収束が進めば利上げを含む金融緩和からの正常化を前進させる可能性が高いと判断出来る。こうしたことから、当面は同国内の感染動向に左右されると予想されるものの、通貨NZドル相場は米ドルに対して底堅い動きが、日本円に対しては堅調に推移すると見込まれる。

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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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