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ワクチン接種の中間評価と課題

~7 月末の高齢者の接種完了~

熊野 英生

要旨

7月末は、65歳以上の希望者が2回の接種を完了する目標の期限である。7月30日時点では73.1%の高齢者が2回の接種を終えている。ここにきての課題は、ワクチン接種が進んでも新規感染者数が増え続けていることだ。この課題に対して、政府はどのように臨めばよいのだろうか。

目次

高齢者接種率は73.1%

7月末は、ひとつの公約の期限であった。65歳以上の高齢者の接種が完了する目途である。菅首相は、4月23日の記者会見で「7月末までに、希望する高齢者に2回の接種が終えられるようにする」と述べた。これまで菅首相は、(1)1日100万回の接種、(2)7月末までの高齢者接種、(3)10~11月までに希望するすべての国民に接種を終わらせるように取り組む、という3つの目標を設定していた。7月30日の菅首相の記者会見では、これに加えて、8月下旬には国民の4割が2回接種を終えることを追加した。7月30日時点で27.6%だから、これを8月中に+12.4%ほど高める目標となる。8月中の1か月間に+1,579万人に2回接種をする計算だ(1日平均51万人)。

3つの目標については、そのうち、(1)の100万回接種が達成されている。次の中間目標になっていたのが、(2)の高齢者接種であった。

首相官邸のホームページでは、7月30日時点の高齢者接種は、2回接種が2,594万人となっている。母数の3,549万人に対して、73.1%の進捗率である。菅首相は、記者会見で「7月一杯で目標を達成することができたと思っている」と述べている。菅首相がその発言の通りに達成できたかどうかは必ずしも明確でない部分も残るが、目標達成に近いとは言えそうだ。1回接種は3,042万人で85.7%(7月30日)だから、あと3週間くらいすれば、2回接種率も73.1%から85.7%へ上がると楽観的にみることもできる。

また、実数で計算すると、未接種者は507万人と逆算できる(=母数3,549万人-1回接種3,042万人)。この人数であれば、過去10日間の一般接種の1日当たり平均が33万回だから、あと半月(15.4日)で1回接種ができそうだとも言える。従って、全体として、菅首相の目標は完遂ではないとしても、手が届く距離にはあると言えると思う。

ワクチン接種でも新規感染者急増

7月末の接種状況を全体的に眺めたとき、大きな課題があるとみる。ワクチン接種が進んで、感染収束が進むという図式になっていないことだ(図表)。これはグラフをみれば一目瞭然で、2021年4月以降のワクチン接種は、感染の波を抑え込めていないことがわかる。同じことは、接種が先行する欧米など先進国でも起こっている。

理由は、ワクチン接種をしていない人が依然として数千万人もいて、その人達の間で感染が広がっているからである。未接種者が相当減らないと、新規感染者数も少なくならないということになる。

もうひとつ、ワクチン効果が、発症・重症化を防げても、感染そのものを完全に抑止できないことにある。この点は様々な見解があって、ワクチンを打って抗体ができれば、いくらか感染リスクを低下できるという見方もある。しかし、感染率は低下しても、完全に感染防止ができないので、感染リスクは残ることになる。東京五輪では、ワクチンを済ませた選手にPCR検査を行って、陽性反応が表れることがある。

図表
図表

問題は、多くの人がワクチンを打っても、無症状の感染者が残ることだ。集団免疫の考え方では、かなり高い比率までワクチン接種率が上がれば、無症状者の感染者も減っていく道理になっている。反面、この考え方を裏返せば、接種率が十分に上がらないと、無症状者が感染を広げるリスクは十分に残るということだろう。未接種者が多いほど、接種者の中に無症状者がいることを通じて、新規感染者数が増えるという結果を生み出すのだろう。「ワクチン接種が進捗すれば、万事解決」とはならない点は頭に入れておく必要がありそうだ。

改めて社会的検査の必要性

無症状者が無自覚で感染を広げてしまう市中感染リスクは、以前から問題だと考えてきた。無症状の人を発見するためには、PCR検査が必要である。政府に近い医療関係者にはPCR検査への懐疑心が強い人もいるが、東京五輪では、すべての選手など関係者を対象にして積極的なPCR検査を行っている。こうした対応をもっと広げればよいと思う。

また、新聞報道では、政府は国内の外国人コミュニティーでは感染リスクが高いので、抗原検査を広く進めようとしていると報じられている。対象を外国人だけ区別することへの賛否はあると思うが、政府は検査の必要性を改めて認識している証拠だ。介護施設、学校などを対象に検査を進める活動を社会的検査と呼ぶ。自治体では、集団感染を防ぐことを意図して、社会的検査に熱心なところもある。無症状者による市中感染の拡大に歯止めをかけるためには、基本に戻って検査拡充をすることが有効だ。自分は感染しているかどうかわからないという人達を対象に、社会的検査をすることこそが、隠れた市中感染を防止する対応だ。

しばしば菅首相のワクチン政策は、「ワクチン一本足打法」と揶揄される。筆者は、1日100万回の達成は高く評価したいが、確かにワクチン接種だけ進めれば、コロナ感染が収束している訳ではないことは心得ておくべきだろう。

経済活動とワクチン接種

欧米では、少しずつ感染制御のための政策対応を修正してきている。従来のゴールは、ワクチン接種率を引き上げて、集団免疫を獲得することだった。最近になって、この集団免疫の達成がどの時点で実現できるのかが曖昧になっている。また、接種率を引き上げるために、特定分野でワクチン接種を義務化しようという動きがある。バイデン大統領は、7月27日に連邦政府職員への接種義務化を検討していることを明らかにした。米企業にも、接種を社員に求める動きがある。これらの動きには根強い反対があることが知られているが、欧米政府は接種率の引き上げを以前よりも重視している。これは、未接種者が多く居れば、新規感染者数は減りにくく、集団免疫の獲得の実現も遠くなるという考え方からだ。

翻って、日本では政府がワクチン接種の義務化に対して慎重である。筆者も完全な義務化は日本社会に馴染まないと思うが、一方でもっと積極的に政府が啓蒙活動・知識普及をすべきと考える。今後、接種率が高まらなければ、その分、経済活動の自粛要請は続くことになる。すると、ワクチン接種がゆっくりしか進まないために、経済活動の停滞感を払拭できなくなる。高齢者接種率が7月末に7割以上に高まることは歓迎できるとしても、未接種者が多く残ることによって、経済正常化が遠のくことは心配だ。

感染拡大と経済活動のジレンマ

目下、新規感染者数の増加は、第五波の膨らみを迎えている。そのため、緊急事態宣言は8月22日までの期限が、8月31日まで延長される見通しだ。対象地域も、東京都・沖縄県から、南関東3県、大阪府を加える。まん延等重点防止措置も、5道府県に広げる。残念ながら、7月12日に開始された緊急事態宣言は効果が乏しかった。

政府は、なぜ、緊急事態宣言が効かなくなったのかについて、深く吟味する必要がある。個人の中には、一時的に活動自粛をしても、感染収束を実現することはできないことを見越して、活動自粛に従わない反応を示している者もいる。彼らの考え方は、今、我慢しても、感染収束の効果が一時的でしかないのならば、従っても仕方がないという態度なのだろう。思えば、感染拡大と経済活動のジレンマは、1年半前から変わらずに続いている。政府や自治体の首長が、このジレンマを抜け出す方法を明快に説明できないから、要請に従わない人が増えてしまっている面はあるだろう。

筆者には、もうひとつ、政府が非常に苦しい点があると思う。ワクチン接種が進むまでの我慢だと言いたいが、打たない自由もあると認めているから、集団免疫が早期に来るとも明言しにくい点である。

さらに言えば、筆者は政府に調査した上で発表してほしいデータがある。無症状者がどのくらいいるかという分析である。感染の波が第4波から第5波に移るときに、感染者数がほとんど減らなかったことは、多くも人を驚かせている。これは、無症状者の市中感染が相当に広がっていて、緊急事態宣言では、彼らを媒介した隠れた感染拡大を止められなかったのだろう。デルタ株の怖さもあろうが、やはり市中感染が進んでいることを放置してはいけない。政府には、それを調べて明らかにする必要があると考える。

政府の感染対策についての考え方

少し論理が複雑になってきたので、最後にまとめて整理しておこう。
(1)新規感染者数を減らすには、ワクチン接種率をもっと引き上げて、未接種者がかかりにくい状況をつくる必要がある。
(2)ワクチン効果は、発症者・重症者を減らすが、感染自体を抑止する効果は落ちるので、新規感染者数が増えることを防ぐ効果が不完全だ。政府はワクチン接種の必要性を啓蒙することで、接種率をできるだけ引き上げて、その不完全さを補うことをしてほしい。
(3)ワクチン接種だけに強く依存すると、無症状者の市中感染を看過する問題が残る。集団感染を防ぐために、様々な場面で検査件数をもっと増やす必要がある。
(4)新規感染者数が多いことを理由に、経済活動を抑制すると、経済停滞が長引く。ワクチン接種だけに依存せず、複合的な対応を早期に進めることが望まれる。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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