メキシコに感染「第3波」襲来、金融市場の「楽観」は変わるか

~感染動向は急激に悪化する一方でワクチン接種計画は道半ば、環境一変リスクに要注意~

西濵 徹

要旨
  • メキシコ経済を巡っては、米国の景気回復が外需や移民送金を通じて景気を押し上げると期待される。同国においてもワクチン接種の積極化も追い風に新規感染者数は頭打ちしてきたが、政府が掲げる接種計画のハードルは依然高い。こうしたなか、足下では新規感染者数が再拡大しており、死亡者数も拡大ペースを強めるなど感染動向は再び悪化している。政府は景気悪化を懸念して経済活動を優先する姿勢を維持しており、今後は感染動向が一段と悪化の度合いを強める可能性もあり、同国を巡る状況は一変しつつある。
  • このところの同国経済は外需が企業マインドを押し上げ、移民送金が家計マインドを押し上げるなど、内・外需双方で改善の動きがみられた。他方、インフレを受けて中銀は金融引き締めに動いている上、中間選挙では金融市場が想定する最悪の事態が回避されたため、資金流入の堅調さは通貨ペソ相場を支えている。ただし、感染動向の悪化は楽観視を続ける金融市場の状況を一変させる可能性に注意が必要と言えよう。

足下のメキシコ経済を巡っては、輸出の8割を占める米国における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染一服やワクチン接種を追い風とする経済活動の正常化を受けて景気回復が進むなか、米国向け輸出や米国を中心とする移民送金の流入の底入れの動きが景気を押し上げることが期待される。さらに、同国では昨年末以降に新型コロナウイルスの新規感染者数が再拡大する『第2波』に見舞われたものの、政府は行動制限による実体経済への悪影響を懸念して経済活動を優先する姿勢を維持する一方、昨年末から医療従事者を対象に米国製ワクチンの接種を開始するなど、ワクチン接種を優先させる姿勢をみせた。その後もロシア製ワクチンや中国製ワクチンも積極的に確保するとともに、米国で未承認状態にあった英国製ワクチンを米バイデン政権から借り入れるなど、なりふり構わぬ形でワクチン調達を積極化させる動きをみせてきた。ただし、こうしたワクチン接種の積極化にも拘らず、今月28日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は19.28%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も34.27%と、ともに世界平均(それぞれ14.16%、27.70%)を上回る水準にあるものの、新規感染者数が急減する『閾値』と捉える向きがある接種率(40%)を下回っている。なお、政府は乾季入り前の10月末を目途に全国民(1.27億人)を対象に少なくとも1回のワクチン接種を終える計画を掲げており、ワクチン接種のすそ野を広げる戦略も影響して部分接種率の上昇ペースは緩やかに加速しているものの、新興国を中心にワクチン接種が遅れるなかで世界的にワクチン獲得競争の様相をみせるなどワクチン調達は厳しさを増している。こうしたなか、1月末を境に頭打ちしてきた新規感染者数は先月頭を底に再び増加傾向を強める動きをみせており、足下では『第2波』のピークをうかがう水準となるなど急速に状況は悪化しつつある。また、新規感染者数の頭打ちを受けて医療インフラに対する圧力が後退したことを受けて、死亡者数の拡大ペースも鈍化してきたものの、足下では新規感染者数の急増に伴い医療インフラに対する圧力が強まっていることを反映して死亡者数の拡大ペースは再び加速している。なお、足下の感染再拡大の動きは、世界的に広がりをみせている感染力の強い変異株の流入によるものとみられ、ワクチンの効果が低いとみられることを勘案すれば、メキシコは中南米諸国のなかでは比較的ワクチン接種が進んでいると捉えられるものの、感染動向が一段と悪化する可能性は高まっていると判断出来る。さらに、上述のように同国政府は実体経済への悪影響を懸念して経済活動を優先する姿勢を維持してきたこともあり、足下では新規感染者数が拡大傾向を強めてきたにも拘らず人の移動は底入れしており、こうしたことも感染動向のさらなる悪化に繋がると予想される。他方、米国との間では依然として陸路による不要不急の行き来は原則禁止されているものの、足下では外国人観光客数は底入れするなど人の移動を促す動きもみられ、こうした状況も感染動向の悪化を招くと見込まれる。その意味では、メキシコを取り巻く状況は急激に変化しつつあると捉えることが出来よう。

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このところのメキシコ経済は、米国の景気回復の動きを追い風とする外需の底入れが製造業を中心とする企業マインドの底入れを促すとともに、移民送金の流入拡大の動きや新型コロナウイルスの感染動向の改善を受けて家計マインドも改善するなど、内・外需双方で景気回復を促す動きに繋がってきた。ただし、昨年後半以降における世界経済の回復による需要拡大期待が強まる一方、主要産油国であるOPEC(石油輸出国機構)加盟国や一部の非OPEC加盟国(OPECプラス)による協調減産の縮小が小幅に留まるなど、需給がタイト化したことで国際原油価格が上昇しており、エネルギー関連を中心とするインフレ圧力の強まる動きがみられる。結果、過去数ヶ月に亘ってインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を上回る水準で推移しており、中銀は先月の定例会合において2年半ぶりの利上げ実施に舵を切ったものの(注1)、足下のインフレ率は引き続き目標を上回る水準で推移するなどインフレ懸念がくすぶる状況が続いている。他方、先月初めに実施された連邦議会下院(代議院)の中間選挙、州知事選挙、市町村長及び地方議会選挙はロペス=オブラドール政権に対する『信任投票』の色合いを帯びるなか、政権を支える最大与党のMORENA(国民再生運動)は議席を減らして単独過半数を下回る一方で与党連合では半数を上回る議席を維持したほか、地方部を中心にMORENAに対する支持の厚さが確認される一方、都市部を中心に野党は躍進するなど政権に対する反発が強まっていることも確認された(注2)。現政権は『反ビジネス』の色合いが強い政策を前進させる動きをみせており、経済界のほか、進出企業などの間には政権に対する不信感が強まる動きがみられる。他方、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)による量的緩和政策の見直し検討などマネーを巡る動きに不透明感が高まる動きがみられるものの、米国の景気回復が景気を押し上げることが期待されるほか、インフレを理由に中銀が金融引き締めに舵を切っている上、政府も財政規律を維持する姿勢をみせていることもあり、通貨ペソ相場は堅調に推移するなど資金流入は底堅く推移している模様である。ただし、上述のようにメキシコ国内における感染動向が急速に悪化するなど実体経済への悪影響が懸念される上、こうした状況を警戒して資金流入の動きが後退すれば通貨ペソ相場の調整圧力が強まるとともに、そうした動きが輸入物価を通じてインフレの昂進を招く可能性があり、景気動向に関係なく中銀はさらなる金融引き締めを迫られることも予想される。メキシコに対して楽観的な見方を維持している金融市場を取り巻く環境が一変する可能性に留意する必要性は高まりつつある。

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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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