認知症の人の保有住宅数は200万戸超に

~資産整理の難しさに加え、空き家問題につながるリスクも~

星野 卓也

要旨
  • 今後、団塊世代の後期高齢者入りが進むなど高齢者のさらなる高齢化が進んでいく。認知症の人の増加が見込まれ、それに伴って認知症の人の保有する不動産も増えていく見込みだ。

  • 総務省の「住宅・土地統計調査」と年齢別の認知症有病率をもとに、認知症の人の保有する住宅の数を推計したところ、2018年時点では210万戸、2021年時点で221万戸との結果が得られた。また社人研の将来世帯数推計をベースにすると、2040年時点では280万戸と今後も高齢化の進展とともに増加が見込まれるとの試算が得られた。

  • 意思能力が失われれば住宅の売却は困難になるため、家族信託の利用をはじめ事前に対策を取っておくことが肝要になる。また介護施設に移ることで自宅が「空き家」になるケースが考えられる。日本全体の空き家率は13.6%に上り、上昇傾向が続いている。空き家は老朽化による倒壊等のリスク、犯罪の温床になるなど、さまざまな観点で課題が指摘されている。金融資産同様、不動産についても認知症の人の増加を踏まえた対応が望まれる。
目次

認知症の人の保有する住宅は2021年時点で221万戸と試算

本稿は、認知症の人の保有する住宅数について推計を行ったものである。星野(2018)では、日本銀行の資金循環統計や認知症有病率のデータなどをもとに、認知症の人の保有する金融資産額の推計、将来試算を示した。そこでは、認知症の人は預金の引き出しや資産売却が難しくなることで、自らの保有する資産が自由に使えなくなる点、成年後見制度を用いるとリスク性資産の保有が難しくなる点からリスクマネーの供給が細る要因になる等の課題を指摘している。

今回は同様の方法で、認知症の人の住宅について試算を行った。基準となる統計として、総務省の「住宅・土地統計調査」を用いる。ここにおける性・年齢別の持ち家住宅数を、厚生労働科学研究成果データベース「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」における性・年齢別の認知症有病率と掛け合わせて総和をとることで、認知症の人が保有する住宅数を推計した。また、国立社会保障人口問題研究所の「将来世帯数推計」をもとに将来値についても試算した。結果は資料1の通りである。認知症の人の保有する住宅数は2018年に210万戸、21年には221万戸、2040年には280万戸と増加傾向が続くとの試算結果を得た。

資産整理の難しさや空き家問題への発展が課題に

認知症の人の保有不動産には、資産整理の難しさがある。認知症の人が介護施設に入るための費用をねん出するために自宅を売却したい、というケースが考えられる。しかし、認知症になって意思能力を失ってしまった場合には、保有する不動産を自力で売却することは基本的にできない。その場合でも成年後見制度を活用すれば、住宅を売却できるケースがあるが、手続きの煩雑さや費用面の問題で制度の利用は進んでいないのが実情だ(2020年時点の利用者数は23.2万人、最高裁判所「成年後見関係事件の概況」)。基本的には家族信託(自らの保有する資産管理・処分を家族・親族に任せる仕組み)などの活用も視野に入れつつ、早めに資産整理の方法について対策を取っておくことが肝要になる。不動産は金融資産に比べて分割が難しい、明示的な市場価格が必ずしも存在するわけではない、流動性が低い等の特性もあり、事前の対策はより重要である。

また、認知症の人の住宅増加は空き家問題にもつながりうる。住宅保有者が介護施設等に移った場合、売却できなかった自宅が空き家化するケースが考えられる。国内の空家はその数、率ともに足元でも上昇傾向にあり(資料2)、放置されることによる老朽化の進行、それに伴う倒壊のリスクや景観に与える影響、犯罪の温床になる等の問題点が、国土交通省などから指摘されている。

金融資産についてはここ数年で問題への取り組みが進められている。全国銀行協会は2021年2月に、認知能力が低下した人への対応を念頭にした金融取引の代理に関する考え方を公表、これまで各行にゆだねられていた対応方針の統一を図っている。生命保険協会は、認知症の人が加入している保険について、家族が各社に問い合わせずとも協会がワンストップで確認する仕組みを設けることとした。不動産についても成年後見制度や家族信託制度の普及・利便性向上や事前対策の啓発、認知症の人の不動産取引の際の指針策定、地域のネットワーク強化等、認知症の人が増えることに対応した社会インフラの整備を、政府や業界が一層進めていくべきだと考えられる。

(参考文献)
星野(2018)「認知症患者の金融資産 200 兆円の未来 ~2030 年度には個人金融資産の1割に達すると試算~」第一生命経済研究所 Economic Trends
二宮・清原・小原・米本(2015) 「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」 厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 厚生労働科学研究成果データベース

以上

星野 卓也


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

星野 卓也

ほしの たくや

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 日本経済、財政、社会保障、労働諸制度の分析、予測

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