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2021.07.01
アジア経済
新型コロナ(経済)
マレーシア経済
マレーシア、「政治の季節」に前進の兆し、政権の「追い込まれ」は必至
~都市封鎖の長期化と景気対策の乱発で財政状況は悪化、金融市場の動揺への耐性も低下~
西濵 徹
- 要旨
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- 足下の世界経済は、主要国で経済活動の正常化が進む一方、新興国などで感染再拡大による行動制限が広がるなど好悪両方の材料が混在する。ASEANはアジアの感染拡大の中心となるなか、マレーシアは経済に占める財輸出の比率が高い一方、サービス輸出の比率も比較的大きい。感染拡大の「第3波」の真っ只中にあるなか、ワクチン接種も大きく遅れるなど事態収束には依然時間を要する状況は変わっていない。
- 政府は6月から全土の都市封鎖に動いたが、事態悪化を受けて延長に追い込まれており、追加景気対策を乱発するなど財政状況は急速に悪化している。ムヒディン首相は非常事態宣言により「政治の季節」への時間稼ぎに動いたが、国王は早期の国会再開を命じるなど時計が動く可能性が高まっている。財政状況が悪化するなか、外貨準備高は国際金融市場の動揺に対する耐性に乏しく、政局の動きが急速に進む事態となれば、国際金融市場の混乱に伴う悪影響を一段と増幅させる可能性に注意が必要になっている。
足下の世界経済は、欧米や中国など主要国で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染一服に加え、ワクチン接種の進展も追い風に経済活動の正常化が進む動きがみられる一方、様々な新興国や一部の先進国においては感染力の強い変異株により感染が再拡大する事態に直面し、行動制限の再強化に追い込まれるなど景気への不透明感が高まっており、好悪双方の材料が混在している。アジア新興国においては、ワクチン接種の遅れも影響してASEAN(東南アジア諸国連合)が感染再拡大の中心地となっており 1、主要国を中心とする世界経済の回復は経済における財輸出の比率が高い国にとって景気の押し上げに繋がる一方、世界的に国境を越えた人の移動が制限される状況は外国人観光客を対象とするサービス輸出比率の高い国々にとっては景気の足かせとなることが懸念される。こうしたなか、マレーシアはASEAN内でGDPに対する財輸出の比率が高い特徴がある一方、サービス輸出の比率も相対的に高いことから、足下の状況は好悪双方の材料が混在している。昨年末以降のマレーシアは感染が急拡大する事態に直面したことを受けて、政府は今年1月に全土を対象とする非常事態宣言を発令するとともに、活動制限令を施行して幅広い経済活動の抑制を図る動きをみせた。活動制限令の効果を受けて一旦は新規感染者数が鈍化する動きがみられたものの、活動制限令の長期化による『規制疲れ』のほか、断食月(ラマダン)明けの大祭(レバラン)の時期を迎えて人の移動が活発化してクラスター(感染者集団)が多数発生した結果、4月を底に新規感染者数は再び拡大傾向を強めるなど『第3波』に見舞われている 2 。なお、足下では新規感染者数が頭打ちの兆しをみせているものの、人口100万人当たりの新規感染者数は他のASEAN諸国と比較して突出した水準で推移するなど感染収束の見通しが立っていない上、死亡者数は拡大ペースを強めるなど医療現場を取り巻く状況も厳しさを増している。政府は感染急拡大を理由に6月初めから全土を対象とする都市封鎖(ロックダウン)に動くなど経済活動のさらなる制限に舵を切ったものの、その後も感染動向は改善の見通しが立たず、先月末には2度目となる都市封鎖措置の延長を迫られており、長期に亘る経済活動の抑制は景気に深刻な悪影響が出ることは必至とみられる。他方、政府は事態収束を図るべくワクチン接種の加速を目指して調達を活発化させており、日本や米国がワクチンを寄付するなど支援に動いているものの、先月29日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は6.84%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は17.34%と世界平均(それぞれ10.80%、23.29%)を大きく下回る推移が続いている。今後はワクチン接種が一段と進むと期待される一方、ASEAN周辺国では感染再拡大の動きが広がりをみせており、事態収束には依然として時間を要する可能性は変わっていないと判断出来る。
なお、政府は6月初めからの全土を対象とする都市封鎖の実施を前に、5月末に総額400億リンギ(GDP比2.8%)規模の追加景気対策を発表し、公的医療の拡充のほか、低所得者層を対象とする補助金給付やローンの返済猶予、活動制限令の影響を受ける企業を対象とする賃金補助といった所得支援、企業に対する家賃補助や税の減免、補助金給付や低利融資といった策が実施された。しかし、上述のように感染状況の悪化を受けて都市封鎖の延長に追い込まれたことを受けて、政府は先月末に総額1,500億リンギ(GDP10.6%)規模の追加景気対策の実施を発表しており、うち100億リンギ(GDP比0.7%)についてはいわゆる『真水』の財政支出を伴う政策となるなど、足下で急速に悪化する財政状況のさらなる悪化は必至である。具体策については、過去の景気対策において実施された低所得者層を対象とする補助金給付やローンの返済猶予、企業を対象とする賃金補助のほか、家賃補助や税の減免、補助金給付や低利融資といった対策が中心となるなど、真新しい策はほぼ見当たらない。こうした背景には、今年1月に発令された非常事態宣言は8月1日までを対象とするなか、宣言終了後には次期総選挙の実施が予想されるなど『政治の季節』が近付いており、ムヒディン首相は宣言発令による『時間稼ぎ』に一旦は成功した 3。しかし、その後は事態収束の見通しが立たない状況が続くなか、足下ではムヒディン首相と元々非常事態宣言の発令に消極的であったアブドラ国王との『すきま風』が強まっており、国会の上下院議長は先月末にアブドラ国王から8月1日までに国会の再開を命じられた旨を明らかにするなど、さらなる『時間稼ぎ』のハードルは急速に高まっている。なお、ムヒディン首相自身は先月末に体調悪化を理由に入院しており、アブドラ国王の呼びかけに対する明確な態度を示していないものの、議会内ではムヒディン政権を支える与党連合はギリギリで多数派を形成するなか、非常事態宣言を理由にした長期に亘る国会の閉会に対しては与党連合内でも反発が強まっており、議会対策が困難になる可能性も高まっている。足下の国際金融市場は全世界的な金融緩和を背景とする『カネ余り』を背景に活況を呈する展開が続いているものの、先行きは手仕舞いを余儀なくされる可能性が懸念されるなか、マレーシアの外貨準備高はIMF(国際通貨基金)が示す国際金融市場の動揺に対する耐性を示す『適正水準』を下回る推移続くなど影響を受けやすいことを勘案すれば、政治情勢の混沌化はそうした影響を一段と増幅させることも懸念される。
1 6月15日付レポート「感染拡大の中心地となりつつあるASEAN情勢を考察する」
2 5月28日付レポート「実はインドより感染状況が悪くなりつつあるマレーシア」
3 1月13日付レポート「マレーシア、非常事態宣言発令の一方でコロナ禍の政治利用懸念も」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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