豪中銀、景気回復の材料は多いが、改めて現行の緩和維持を強調

~景気見通しを上方改定も、長期金利の高止まりなどが景気に冷や水を浴びせることを懸念~

西濵 徹

要旨
  • 豪州は主要国のなかで新型コロナウイルス対策に成功した国のひとつとなっている。ただし、国境封鎖の長期化は観光関連産業の足かせとなっているが、政府は早期の国境封鎖の解除に後ろ向きである。他方、ワクチン接種は計画の後ろ倒しを余儀なくされるなか、市中感染リスクもくすぶり対策の手綱は緩められない。
  • 経済活動の正常化が進むなか、世界経済の回復による国際商品市況の底入れに伴い交易条件指数は一段と改善しており、不動産市況も急上昇するなど金融市場では早晩金融引き締めに追い込まれるとの見方が出ている。ただし、中銀は4日の定例会合において金融市場の観測に伴う長期金利の上昇などが景気に冷や水を浴びせる懸念を示した上で、改めて現行の緩和政策を長期に亘って維持する方針を強調した。
  • 金融市場では長期金利が高止まりする展開が続くなか、先行きも豪ドル相場は底堅い展開が見込まれる。

足下の豪州においては、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規感染者数は海外から帰国する自国民を中心に二桁台で推移しているほか、国境封鎖に加えて、迅速な都市封鎖(ロックダウン)の実施や濃厚接触者の追跡、ウイルス対策に対する地域社会の順守率の高さも相俟って市中感染は抑えられている。結果、足下における累計の感染者数は3万人弱に留まっている上、死亡者数も910人に留まるなど主要国のなかで感染抑制に成功した国のひとつとなっている。こうした状況を反映して、ここ数ヶ月に亘っては一部で短期的なロックダウンが実施される動きを除けば、ほぼ自由に外食を行うことに加え、集会を開催することが可能となるなど、経済活動や日常生活は完全に正常化していると捉えられる。他方、ここ数年の豪州経済を巡っては、中国をはじめとする海外からの観光客の来訪に伴うサービス輸出が景気を下支えしてきたものの、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を受けた国境封鎖は1年以上に及んでおり、景気回復の足かせとなることが懸念される。ただし、政府は世界的に新型コロナウイルスの感染が再拡大している状況に鑑みて、「他国と状況がかなり異なる我々の生活を危険に晒すようなことはしない」(モリソン首相)と表明するなど、早期の国境封鎖の解除は行わない方針を示している。なお、足下では主要国を中心にワクチン接種の動きが広がりをみせるなか、同国においても今年末までにほぼすべての国民(約2600万人)を対象にワクチン接種を完了させる計画を立てており、1月末には米製薬企業と独バイオ医薬品企業が共同開発したワクチンが承認され、2月半ばには英製薬企業が開発したワクチンが暫定承認されたほか、3月末には同国において英国製ワクチンの製造も承認されるなど供給体制は整えられてきた。ただし、足下における部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の比率)は0.62%と世界平均(7.73%)を大きく下回る推移が続いており、ワクチン接種に手間取る展開となっている。この背景には、政府が接種を承認した英国製ワクチンを巡って接種後の血栓症の発症が懸念されていることを受けて目標断念に追い込まれたほか、その他のワクチンを巡っても血栓リスクを勘案して調達に二の足を踏む展開が続いていることも影響している。なお、先月末には帰国者の隔離に使用しているホテル内で感染が確認される動きもみられるなど市中感染が広がるリスクも出ており、上述のように感染対策に成功しているものの、依然として手綱を緩める状況にはほど遠いと判断することが出来る。

図1
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なお、感染収束による行動制限の緩和を受けて経済活動の正常化が進むなか、政府及び中銀(豪州準備銀行)は財政及び金融政策を総動員して景気下支えに取り組んでいることもあり同国経済は新型コロナウイルスのパンデミックによる悪影響を克服している一方、金融市場においては『カネ余り』を背景に不動産価格は上昇傾向を強めるなどバブル化が懸念されている。この背景には、金融市場においては景気回復を受けて長期金利が上昇している一方、中銀は景気回復に冷や水を浴びせることを警戒して緩和政策を長期的に堅持する姿勢を示しており 1、低金利環境の長期化が期待されるなかで生活様式の変容を受けて住宅需要が押し上げられており、不動産の需給がひっ迫していることも市況の過熱感を招いている。また、世界経済の回復期待を背景とする国際商品市況の底入れを反映して、足下の交易条件指数は一段と上昇傾向を強めるなど景気の押し上げに繋がることが期待されており、金融市場では中銀が早晩金融引き締めの実施を迫られるとの見方が出ている。ただし、そうした見方を反映して通貨豪ドル相場は底堅い推移が続いており、豪ドル高は景気回復に冷や水を浴びせる懸念に繋がることから、当局は難しい対応を迫られる事態に直面している。こうしたなか、中銀は4日に開催した定例の金融政策委員会において政策金利、3年物国債金利の誘導目標、ターム物資金調達ファシリティー(TFF)の適用金利をいずれも0.10%に据え置くとともに、量的緩和政策も維持する決定を行った。会合後に公表された声明文では、世界経済について「来年にかけて力強い回復が見込まれるが、回復には依然としてバラつきがある」との認識を示す一方、国際金融市場について「国債金利は年初にかけて上昇したが、足下では堅調に推移している」など落ち着きを取り戻しているとの見方を示した。同国経済については「想定を上回る回復が続き、今後も雇用の回復が見込まれる」とした上で、経済見通しについて「今年は+4.75%、来年は+3.5%になると見込まれる」と2月会合時点に示した見通し 2を上方改定している。ただし、景気回復にも拘らず物価に下押し圧力が掛かっているとして、インフレ見通しは「今年は+1.5%、来年は+2%になると見込まれる」として、長期に亘ってインフレ目標を下回る展開が続くとの見通しを示している。他方、不動産市況については「すべての主要市場で上昇しており、住宅ローンの動向を注視しつつ貸出基準を維持することが重要」との認識を示している。なお、先行きの政策運営を巡っては「7月の定例会合では、金利目標は変更しないものの、3年物国債の対象を変更するか否かを検討する」ほか、「2回目の1000億豪ドル規模の国債購入プログラムの完了後の動向についても検討する」としつつ、「完全雇用と物価目標の実現に向けて追加的な国債購入を行う用意がある」として完全雇用の実現に向けて追加緩和の可能性に含みを持たせている。その上で、「インフレ率が持続的に2~3%の目標に入るまでは政策金利を引き上げない」との姿勢を改めて強調したで、「その実現には労働需給のタイト化による賃金上昇が必要」とし、その実現は「早くても2024年になる」と改めて向こう3年近くに亘って現行の緩和姿勢を維持する姿勢をみせた。

図2
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図3
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中銀は、過去数ヶ月に亘って現行の緩和姿勢を長期に亘って維持する姿勢を強調しているものの、上述のように景気回復に繋がる材料が色々と出ている上、不動産市況のバブル化が懸念されるなかで早晩金融引き締めに追い込まれるとの見方を反映して長期金利は依然として高止まりしている。国際金融市場においては、米長期金利が頭打ちしていることを受けて米ドル相場も頭打ちする展開が続いているなか、豪ドル相場については引き続き底堅い動きが見込まれるほか、日本円に対しては一段と強含むことも考えられよう。


以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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