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消えない緊急事態宣言の影

~東京五輪まで苦しい期間~

熊野 英生

要旨

全国各地で感染者数のリバウンドの兆候がある。東京都などよりも早めに緊急事態宣言を解除した関西地域では、感染者が増加している。7月に東京五輪が控えていることを考えると、感染状況によっては、それまでに3回目の緊急事態宣言があり得る。今後、そうしないためのダメージ・コントロールの選択肢として、よい方法を見い出せるのだろうか。

目次

東京での感染再来の不安

悪い予感ほど当たる。3月末になって、全国各地での新規感染者数に増加の兆候があることだ。筆者は、いつかリバウンドはあるとみていた。ただ、これほど早いとは思わなかった。

緊急事態宣言の解除が2月28日と約3週間ほど先行した関西地域では、3月後半から感染増加が進んでいる。このタイミングから推察すると、東京都など4都県でも3週間遅れで感染増加が顕在化する可能性がある。すると、東京都などでの感染拡大が顕著になるのは、4月半ばという目算になろう。すると、4~6月のどこかで3回目の緊急事態宣言もあり得るとの予想が成り立つ。おそらく、同じことを多くの事業者が心配しているだろう。そうした場合、飲食店・ホテルなどがさらなる苦境に立たされる。

2021年1月のデータ分析

新たな感染拡大に対して、きっと「緊急事態宣言を発令せよ」という声が出てくるだろう。しかし、緊急事態宣言が一時的な効果しか持たないことは、過去1年間の経験で明白である。根治治療ではなく、対処療法だ。

この緊急事態宣言の効果がどのくらいかは、政策当局者がきちんと整理しておくべきだ。筆者も、公開されている総務省「家計調査」の日次データから、1月8日~31日までの期間にどのくらいの消費の変化があったのかを分析してみた。消費の変化が、生活者の活動量をそのまま反映しているという考え方だ。

参照するのは、2020年12月1日から2021年3月31日までの日次データを7週間移動平均して、曜日ごとの変動を消したものだ(図表1)。これを前年の同期間と比べて、前年比伸び率を計算してみた(図表2)。すると、家計は2021年1月7日に緊急事態宣言が発令される手前から消費を抑制していた。特に、1月中旬まで大きく消費を減らしていたことがわかった。消費が大きく減り始めたのは、12月末頃からだ。これは、感染拡大が進んで、政府が12月28日以降のGoToキャンペーンを停止した時期と重なる。当時、正月休みの帰省・旅行を止めることが、政府・自治体から呼びかけられていた。1月4日には、菅義偉首相が記者会見を行って、緊急事態宣言の検討を語った。1月7日には、緊急事態宣言の再発令を宣言した。この時期が最も消費が落ち込んだ時期だ。

少し驚かされるのは、1月中旬くらいから消費の減り方が小さくなったことだ。1月末には消費支出は前年比プラスに転じている。これは、家計の緊張感も緩んできたことの反映だろう。緊急事態宣言が再発令されても、強い緊張感は3週間程度しか維持できなかったことを示していると、筆者は考えている。12月末から数えると、緊張感の維持できたのは約1か月間である。このくらいの期間が、国民の動きを一時停止させるにしても限界なのかもしれない。特に、若年層の外出などを長期間に亘って制御するのは至難の業だと思う。

緊急事態宣言ですべてコントロールできる訳ではない

緊急事態宣言をすれば、その効果で外出が抑制されて、感染リスクを低下させると信じられている。しかし、緊張感は一時的にしか保てない。社会全体でどのくらい緊張感を共有できるのかは、場面によって異なってくると考えられる。例えば、先にみた通り、政府が緊急事態宣言を延長したとしても、延長期間は当初の緊張感が薄らいでしまうだろう。

社会全体でいかに緊張感を共有できるのかは、政府のリーダーの言葉の力かもしれない。別に、医療現場の人たちがもっとメディアの前で感染リスクについて直接的に訴えた方がよいのかもしれない。

政府が人心を制御することは難しいと感じる。経済政策の議論では、しばしば「政策はアートか?、サイエンスか?」というテーマで論争が起こる。筆者は、アートだと思うが、感染制御についても、法律の強制力だけに頼ることはできず、アート志向が強いと感じている。

重要な現状分析

この1~3月にかけての緊急事態宣言は、予想外に早く新規感染者数を減らした。この点は、政府が評価されてしかるべきだ。しかし、何が新規感染者数を減らしたのかは、政府の説明からはあまり聞かれない。

政府は、2回目の緊急事態宣言では、飲食店に絞って集中的に営業時間を午後8時に制限した。緊急事態宣言中の夜間の街は、外出者が極端に少なかった。こうした措置が、感染抑制効果を発揮した理由については、2つの見方が成り立つ。(1)飲食店で感染する機会を減らしたことの効果。(2)夜間の外出を減らして、人と人が接触する機会を減らしたことの効果。この2つの側面のいずれか、または両方かである。

筆者は、クラスター感染源の内訳をみて、飲食店がごく少ないことを考えると、(2)の外出抑制が効いたという側面が強いとみている。もしもそうならば、緊急事態宣言の効果とは、政府が注意喚起して、外出を抑制させて人と人の接触を減らすことで効果が生じるのだろう。街中の人出が減れば感染リスクを減らせるということになる。

柔軟に考えると、緊急事態宣言を発令しなくても、街の人出を少なくする方法があれば、飲食店などに打撃を集中させるような措置をしなくても済む。なお、現在のいくつかの地域では、飲食店の営業時間は、午後9時までになっている。それでも感染者が増えているところをみると、やはり(2)の人出の抑制効果が大きかったと推察される。緊急事態宣言に頼らず、飲食店の営業時間を短縮しなくても、街の人出を減らせるのならば、そうした対策の方がよいことになる。

代替案を考えると、公共交通機関の終了時間を早めて、夜間の人出を減らすアイデアもあるが、これはそれで摩擦が大きいだろう。

また、緊急事態宣言の下では、出勤者を減らすためにテレワークが推奨された。この対応を強化する方法もある。しかし、夜間の街の人出を減らすという意味では効果には限界がある。

今後の展開について

緊急事態宣言は極力避けるべきだが、それに代わる有効な代替案はないのが実情だ。政府は、かなり厳しい対応を採用して、東京五輪の始まる7月23日までに感染者数を減らそうとする可能性がある。その場合、4月末から5月初にGWがあるので、その期間にかかる日程で、何らかの感染制御策を講じると予想を立てることができる。それが緊急事態宣言ではなくても、連休の行楽需要に与える悪影響は甚大であろう。昨年に続いてGWの行楽需要は押し下げられることになる。

また、政府はGoTo事業の再開までの期間、県内観光支援(地域観光事業支援)を推進する方針だ。4月以降、都道府県などが主体になり、域内での旅行需要を振興する。そこでは、東京発など遠隔地の旅行には割引を与えない意向だ。しかし、今後、4月以降に感染が拡大していくと、たとえ県内移動の支援であっても、感染対策との整合性を問われて、旅行支援が変更・停止されるリスクもある。現状、県内観光支援は、ステージ2相当以下という基準が設定されている。観光事業者にとっては、厳しい展開になる可能性もある。

また、4~6月の経済動向については、多くの経済予測機関が1~3月からの成長率のリバウンドを見込んでいる。感染リスクが高まれば、そうしたシナリオも実現が難しくなる。政府の対策が、緊急事態宣言の再々発令にまで至らず、飲食店などに著しい過重をかけないものに止まってほしいと願う。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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