点検会合を前に雨宮発言に注目

~金利はもっと上下に動いてもよい~

熊野 英生

要旨

日銀は、3月18・19日の決定会合で予定される点検を控えて、新しい情報発信をした。雨宮副総裁が、3月8日のオンライン講演で、長期金利の上下動を容認する発言をした。これは、その前の5日に黒田総裁が発言した内容とは食い違う点で注目されている。本稿は、そうした発言の真意を考えるものである。

目次

割れる見解

3月8日に雨宮正佳副総裁がオンライン講演を行った。その中では「私自身は、緩和効果が損なわれない範囲内で、金利はもっと上下に動いてもよい」と発言した。この発言は、3月5日に黒田総裁が「私自身は、変動幅を大きく拡大することが必要とも適当とも思っていない」とは正反対のものだ。一瞬、日銀執行部は混乱しているのではないか、と思わせる。

背景には、次回3月18・19日の点検会合で日銀が長期金利の変動幅拡大を容認するという観測が強いことがある。黒田発言は、最近の長期金利上昇に対して、冷や水を浴びせるものだった(図表)。それに対して、それから3日後の雨宮発言は、やはり点検会合で金利変動幅の拡大は予定通りに行うという見方をサポートするものだ。

両者の齟齬は、日銀の情報発信としてはあり得る話だ。結論は次の会合を踏まえて調整されるものであり、点検を行っていない現時点では、両者が一致している必要性はない。むしろ、それぞれの発言は意図的なものと理解した方が自然かもしれない。意図的に黒田総裁の方が、速すぎる長期金利上昇に釘を指した。そして、その発言が、金利変動幅の拡大を打ち消すものではないことを、雨宮副総裁が肯定的に語ってみせた。観測気球を上げて、反応を窺ったのである。筆者は、その読み方として、3月18・19日の会合では、長期金利の変動幅を従来の上下0.2%程度から拡大する可能性は高いとみるべきであろうと考える。

何を点検するか

雨宮副総裁の講演は、いくつか重要な論点を語っている。少し意訳して説明すると、点検とは「再検討」を言い換えた婉曲的な言葉なのだろう。2016年9月に、「総括的検証」という名前で政策の枠組みを変更したことが思い出される。意図としては、従来からのイールドカーブ・コントロールの修正をやりたいのだろう。

雨宮副総裁の説明では、今、政策の「持続性を高める」ことが適当であり、「必要が生じた場合には、機動的かつ効果的に対応できるようにしておく」と言っている。その背景には、従来のイールドカーブ・コントロールに副作用があり、枠組みの中には機動性を少し欠いている部分があるという反省がある。従って、再検討の上でリフォームが必要という認識がある。そうした動機があって、3月の点検に至ったと考えられる。

雨宮副総裁の講演によると、その副作用は短期金利よりも長期金利の方に主眼が置かれているようだ。短期金利をマイナスにしていることの副作用は、すでに日銀当座預金への付利で対応済みであり、金融機関の自己資本が十分にあって、金融仲介機能の低下には至っていないという考え方なのだろう。

むしろ、長期金利の方は、国債市場の機能度が低下したことが副作用のメインだ。ここから先は筆者の意訳であるが、国債市場における副作用とは、従来のイールドカーブ・コントロールで金利変動幅を小さくしてきたことが、間接的に国債取引が縮減させ、市場参加者をも減少させたことを指すのだろう。取引が薄くなると、取引で収益を上げることもできなくなる。市場参加者の中で、金利変動で稼ごうという人が少なくなり、さらに日銀の政策意図を理解しようという人が消えてしまうと、一番困るのは日銀自身だ。市場との対話が、国債市場でできなくなる。

反対に、市場に厚みがあるときは、多数の参加者がいて、異なる相場観が交錯し、取引が進むから、長期金利の変動は自律的に抑えられる。

雨宮副総裁によれば、「(2018年7月の会合において)金利が経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるという点を明確にした」ことで一旦は対応したのだが、「その後、実際の金利変動はレンジが再び狭くなることもあった」という。雨宮副総裁の考え方では、日銀が過度に狭いレンジでのコントロールをしない方が、国債市場の機能回復にプラスということなのである。もしも、国債市場が厚みをもって取引できるようになれば、需給要因などによる過度な変動は自律的に調整されやすくなり、長い目でみた長期金利の安定になるのだろう。そうした市場機能を回復させるための第一歩として、長期金利の変動幅を拡大していくということなのだろうと筆者は理解する。

ETFの購入の柔軟化

雨宮副総裁の点検の考え方には、(1)持続性を高めることと、(2)必要が生じた場合には、機動的かつ効果的に対応できるようにしておく、の2つの文脈があった。(1)は長期金利の変動幅拡大を指し、(2)はETF購入の柔軟化を指すのだろう。ETFの方は、2020年3月にコロナ対応で、年間6兆円の購入を年間12兆円へと引き上げたことの修正であろう。この年間12兆円はいかにも大き過ぎた。株価は一時3万円台をつけて、もはやリスクプレミアムに働きかけることの意味は薄れてきたと考えられる。逆に、株価上昇を日銀のETF購入が煽るとかえって別の意味での将来の変動を生み出す可能性もある。株価が3万円を超えてぐんぐんと上がっていくと、それはそれで「日銀がリスクプレミアムを広げている」という批判も成り立つ。そこで、株価が下落したときに限って、EFT購入を再開して、ダウンサイドリスクに備える方針に変更したいのだろう。潜在的なリスクプレミアムの発生に備えた運用に変えるのである。

ただ、筆者からみれば、3月の点検はタイミングが悪かったと感じる。2月末に日経平均株価が急落した。今は、日銀によるETF買いの変更が株価の売り材料にされやすい環境である。もしかすると、4月下旬の会合まで点検を先送りしてもよいと感じられる。急がずに待つことのメリットは相対的に大きいように思える。

日銀のチャレンジ

3月の点検に関して、「これは金利上昇の容認であり、姿を変えた引き締めではないか?」という批判を日銀は警戒するだろう。雨宮副総裁の発言は、それに答える反批判のロジックがちりばめられている。金利の変動幅拡大=持続性をもたせるための副作用対策、ETFの減額容認=機動性を高める手当の一環、という説明だ。これらの措置を講じても、引き続き緩和的であることには何ら変わりがないという申し開きをするのだろう。

では、長期金利の変動幅を上方向に広げることの意味について、雨宮副総裁はどう考えているのだろう。筆者は、確かに市場機能を少し回復させたいという説明は、正論だと思う。ただ、日銀の真意はそれだけではあるまい。日銀の見方は、正直なところイールドカーブ・コントロールの枠組みの下でも、短期金利▲0.1%、長期金利0%を動かすことは難しく、長く現状維持が続きそうだというものだろう。ならば、金融政策効果をどう高めればよいかというと、ひとつは海外長期金利の上昇に連動しながら変動するように促すことである。景気が改善すると上昇し、景気が悪くなると低下する。それが自律的な景気刺激の効果を生む。ある程度のボラティリティは金融から実体経済に影響力を及ぼして、金利変動そのものの効果を生む。経済が持っている能力がそこにはある。仮に、それがなくなると、日銀が将来に利上げをしたときに、金融から実体経済への波及が目詰まりしてしまって、必要以上の摩擦を生じさせる。金利上昇に対して、金融機関や企業が不慣れになってしまう状態が怖い。注意したいのは、これが将来の利上げの地ならしではなく、市場機能を低金利政策が破壊しないための配慮という意味合いである。金融市場について知識のある雨宮副総裁は、金利上昇そのものを批判されるよりも、市場機能について何が健全なのかを世の中に問いたいのだろう。日銀は、そうした少々複雑な議論がどこまで金融関係者に共感・納得されて、世の中に波及するものかをチャレンジしようとしている。

熊野 英生

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