ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

不妊治療の現状と求められる心理的ケア

~ライフデザインとしてのプレコンセプションケア~

鄭 美沙

要旨
  • 日本産婦人科学会(2025)によると、2023年に体外受精で生まれた子どもは過去最多の8万5,048人に達し、約8~9人に1人が体外受精で生まれた。不妊治療の普及に伴い、仕事との両立に向けた制度整備のほか、治療者の心理的ストレスへの対応も重要な課題である。
  • 特に女性のキャリア支援に積極的な企業においては、不妊治療支援は関心事である。そうしたなか、企業側は休みの期間や頻度を把握したい一方で、治療者はそれらを限定的にしか明確化できず、認識のギャップが生じている。
  • とりわけ「いつまで」という時期を考えることは、不妊治療者にとって大きなストレスになる。不妊治療が「終わりの見えない治療」であり、心理的ストレスが大きいという点を、周囲が十分理解することがまず重要である。
  • 国立成育医療研究センター(2021)によると、高度不妊治療を受ける女性の54%が軽度以上の抑うつ症状ありと判定されている。また、誰もが妊娠・出産に至るわけではなく、「子のない人生」を選択せざるを得なくなった際のストレスは計り知れない。その後の人生を前向きに捉えるには、治療中の周囲の心理的サポートが重要と指摘されている。
  • 不妊治療不成功後の人生に悲観的になる要因の一つとして、より早く治療を開始すべきであったとの後悔がある。そうした後悔を軽減させるためにも、「プレコンセプションケア」の普及が望まれる。プレコンセプションケアとは「性別を問わず、適切な時期に、性や健康に関する正しい知識を持ち、妊娠・出産を含めたライフデザイン(将来設計)や将来の健康を考えて健康管理を行う」概念である。
  • 不妊治療の一般化に伴い、妊娠・出産やプレコンセプションケアへの一定の知識は、子どもを希望する夫婦のみならず、広く社会全体にも求められる。一人ひとりが望むライフデザインを設計・実現するための基盤として、プレコンセプションケアの正しい理解と必要性が浸透することが望まれる。
目次

1. 約8~9人に1人が体外受精

日本産婦人科学会によると、2023年に体外受精で生まれた子どもは、過去最多の8万5,048人であった(資料1)。2023年の出生数は72万7,288人であるため、約8~9人に1人が体外受精で生まれた計算となる。治療件数は56万1,664件で、不妊治療の保険適用が始まった2022年からさらに増加した。不妊治療は、子どもを持ちたい人の希望を叶える手段であるのはもちろん、出生数自体が減少傾向にあるなか、人口減少対策としても有効と考えられる。

図表
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資料2左の年齢別の治療件数をみると、40代前後が多い。不妊治療の保険適用は、女性が40歳未満の場合は子ども1人に対して通算6回まで、40歳~43歳未満の場合は通算3回までとなっている。その影響もあり、最も治療件数が多いのは39歳であり、43歳から件数は大幅に減少していく。

年齢構成では、30代後半がボリュームゾーンとなっている(資料2右)。一方、2021年から20代後半、30代前半の割合も増えつつある。保険適用となり費用負担が軽くなったことや、不妊治療に関するメディア発信の増加、芸能人などによる治療経験の公表など、不妊治療の一般化が進み、治療を受ける心理的ハードルが下がりつつあると考えられる。

図表
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今後、不妊治療を受ける人や治療を公表する人はさらに増えると考えられる。既に不妊の検査または治療経験がある夫婦は4.4組に1組となっている(国立社会保障・人口問題研究所,2022)。また、自身は妊娠や不妊治療に関係がなくても、部下や同僚、友人など身近に当事者となる可能性のある人も増えるだろう。

そうしたなか、不妊治療の支援に向けては、費用や仕事との両立に向けた制度整備が特に注目されているが、治療過程での心理的ストレスが大きいことも重要な課題である。以下では、不妊治療を受けている人が抱える心理的ストレスと求められる制度・支援について考察する。

2. 企業による支援

不妊治療の普及とともに、企業の支援も広がりつつある。2023年に厚生労働省が実施した「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」によると(注1)、不妊治療を行っている従業員が受けられる支援制度等がある企業は26.5%と多くなかった。一方、主に大企業が調査対象となる経団連の「『女性と健康』に関する調査結果」(調査時期2024年12月)では、「不妊治療・通院のための休暇・休職制度」を導入している企業は65.6%、「不妊治療のための費用補助」も20.8%が導入していた。「休暇・休職制度」は、導入予定あるいは検討中を含めると7割を超え、特に女性のキャリア支援に積極的な企業において、不妊治療支援は関心事になっていることがうかがえる。

両立にあたっての主な課題は、的場康子(2024)「キャリア支援としての不妊治療と仕事との両立」のとおりだが、根本的な課題の一つは企業側と不妊治療者が置かれた状況との間にギャップがあることだ。前述の厚労省の調査によると、「不妊治療をしている人と一緒に働く上で、どのような情報があると配慮をしやすいか」について、企業による回答が最も多かったのは「どの程度の休みが必要か(時期、頻度)」であった。一方、不妊治療と仕事を両立している人が両立は難しいと感じる理由は、「通院回数が多い」「待ち時間など通院にかかる時間が読めない、医師から告げられた通院日に外せない仕事が入るなど、仕事の日程調整が難しい」が多く挙げられていた。

不妊治療は、通院回数が多く、待ち時間の長い病院も多いうえに、生理周期・排卵周期に合わせて通院日が決まるため、事前に予定を確定させることが難しい。つまり、上司や同僚としては、業務分担や調整の都合から、休みの期間や頻度を把握したい一方で、治療者が事前に具体的に伝えられる範囲は限られているのである。

さらに、「どの程度休みが必要か」、とりわけ「いつまで」という時期を考えることは、不妊治療者にとって大きなストレスとなっている。国立成育医療研究センター(2023)によると、不妊治療のストレス要因として最も多く挙げられていたのは「終わりの見えない治療」であった。具体的には、「喪失体験を繰り返す終わりのない辛さ」「仕事と治療の両立ができず葛藤」「治療のやめどきを考えて葛藤する」「治療のためにライフプランが立てづらい」といった声が示されている。

こうした状況やストレスに対し、企業にどのような制度整備や支援を求めるべきか、どこまで企業が支援すべきかについては、一概に方向性を示すのは難しい。ただ、不妊治療が計画を立てにくい「終わりの見えない治療」であり、治療者の心理的ストレスが大きいという点を、周囲が十分理解することがまず重要である。

3. 不妊治療を受けている人の心理的ストレス

心理的ストレスについて、国立成育医療研究センター(2021)が体外受精などの高度不妊治療を受ける女性約500名を対象に実施した調査では、54%が軽度以上の抑うつ症状ありと判定された。対象は治療開始初期(主にこれから治療を開始する人、採卵2回までの人)であり、治療が進むにつれて症状の悪化や、抑うつ症状ありの人が増える可能性がある。

2節で述べたとおり、同センターの調査では、不妊治療のストレス要因として最も多く挙げられていたのは「終わりの見えない治療」であり、次に「ひとりで抱え込む苦しみ(女性にばかり負担が大きいことへの不満など)」「アイデンティティの揺らぎ(自然に妊娠できず女性としてのアイデンティティが傷つくなど)」が挙げられている。「終わりの見えない治療」にストレスを感じている人では、70%が抑うつ症状ありと判定されている。

また、不妊治療によって、誰もが妊娠・出産に至るわけではない。先述の日本産婦人科学会のデータによると、治療件数が最も多かった39歳では、妊娠率は36.9%に留まる(注2)。妊娠・出産に至らず、「子のない人生」を選択せざるを得なくなった際、その決断とそこからの再起には計り知れないほどのストレスが伴うと考えられる。

香川(2022)によると、不妊治療不成功後の女性の「子どものない自分自身の人生の捉え方」として、「(1)子のない人生の拒絶と悲嘆」「(2)他者や社会への貢献意欲」「(3)自己の人生への自信」「(4)ありのままの人生の受容」の4因子が見いだされている。否定的な認知と肯定的な認知の両者があるが、同研究では、肯定的に捉える要因として、親や友人、特に配偶者の治療中の心理的サポートの有無が深く関わっていると示している。後悔なく治療ができ、納得して治療を終結できた場合、その後の仕事や人生に向き合いやすくなる。そうした点でも、企業による不妊治療支援は重要と考えられる。

4. プレコンセプションケアとは

香川(2023)によると、不妊治療不成功後の「子のない人生の拒絶と悲嘆」は、治療開始や終結が高年齢になるほど強まる。その理由の一つとしては、より早く治療を開始すべきであったとの後悔が生じやすいことが挙げられている。

そうした後悔を軽減させるとともに、子どもを持つための適切な知識を得るために「プレコンセプションケア」の普及が望まれる。プレコンセプションケアとは「性別を問わず、適切な時期に、性や健康に関する正しい知識を持ち、妊娠・出産を含めたライフデザイン(将来設計)や将来の健康を考えて健康管理を行う」概念である(こども家庭庁,2025)。2025年5月に、こども家庭庁は「プレコンセプションケア推進5か年計画~性と健康に関する正しい知識の普及と相談支援の充実に向けて~」を策定し、その普及に取り組んでいる(資料3)。

図表
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プレコンセプションケアの具体的な内容は、食事・運動・睡眠・飲酒・喫煙等の生活習慣と健康管理に関する知識や、妊娠と出産に向けて特に重要となる知識等である。5か年計画において、不妊治療に関しては「妊娠を望む健康な男女が一定期間妊娠に至らない場合には、医療機関への受診が推奨されていることから、これらの男女が、不妊の定義やその原因について理解し、適切なタイミングで医療機関を受診できるよう情報提供を行う。さらに、不妊の原因の約半分は男性にあることなど、妊娠は女性だけの問題ではなく、男性も主体的に関わるべきものであることについても周知する」と記載されている。

日本では、他国よりも不妊治療の開始が遅いため、成功率が低いとの指摘もある。また、ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社の調査(2022)によると、日本は婦人科の受診経験者の割合が55%と他国より低く、具体的な必要性があれば受診するが、受動的な傾向がみられるということだ。プレコンセプションケアの普及により、出産を希望する人の妊娠に関する知識の取得やそのための健康づくり、適切なタイミングでの医療機関への通院が進むことが期待される。これらは、妊娠・出産に向けた準備にとどまらず、一人ひとりが望むライフデザインを設計・実現するための基盤となるだろう。

5. ライフデザインとしてのプレコンセプションケア

今後も不妊治療が拡大すると見込まれるなか、治療中の従業員が制度を活用したり、悩みを相談したりするには、安心して自己開示できる職場環境が必要である。そのため、妊娠・出産やプレコンセプションケアに関する知識と理解は、子どもを希望する夫婦だけでなく、生活者全体にも求められる。3節で述べたとおり、治療中の周囲のサポートはその後の人生観にも好影響をもたらす。

また、現状では不妊治療中や治療終了後の相談体制は十分とはいえない。想定していたとおりにならなかった場合、その不安や悩みを一人で抱えがちとなる。そうした際の支援機能や相談窓口の整備も重要な課題といえる。

プレコンセプションケアは、妊娠・出産の奨励策ではない。正しい知識を基に、ライフデザインを考えながら自身の生活・健康に向き合うことである。今後、自治体などが推進する際には、その主旨を誤解し安易に少子化対策に結びつけないよう徹底し、生活者に対して正しい理解と必要性が浸透することが望まれる。

以 上

【注釈】

  1. 調査対象は「女性の活躍推進企業データベース」においてデータ公表を行っている企業から、従業員規模10人以上の企業6,000社を無作為で抽出(回答数1,859社)。

  2. 妊娠率は妊娠周期数÷移植周期数。


【参考文献】

  • 一般社団法人日本経済団体連合会(2025)「『女性と健康』に関する調査結果」

  • 香川香(2023)「不妊治療不成功後の子のない人生への認知と精神的回復力および夫婦関係」女性心身医学 Vol.28,No.2,pp.205-210

  • 関西大学(2022)「関西大学ニューズレター『Reed』No.70」

  • 公益社団法人日本産婦人科学会(2025)「2023年ARTデータブック」

  • 公益社団法人日本産婦人科学会(2024)「2022年ARTデータブック」

  • 公益社団法人日本産婦人科学会(2023)「2021年ARTデータブック」

  • 厚生労働省(2024)「令和5年度不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」

  • 国立研究開発法人国立成育医療研究センター(2021)「NEWS RELEASE 体外受精などの高度不妊治療を受ける女性の約半数が治療開始初期の段階で、すでに軽度以上の抑うつ症状あり」2021.4.15

  • 国立研究開発法人国立成育医療研究センター(2023)「NEWS RELEASE 高度不妊治療を受ける女性が感じるストレス要因が明らかに『終わりの見えない治療』が最多、治療方針をともに考える支援が必要」2023.10.5

  • 国立社会保障・人口問題研究所(2022)「出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」

  • こども家庭庁(2025)「プレコンセプションケア推進5か年計画~性と健康に関する正しい知識の普及と相談支援の充実に向けて~」

  • 的場康子(2024)「キャリア支援としての不妊治療と仕事との両立

  • ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社(2022)「メディア・リリース ロシュ・ダイアグノスティックス、女性の婦人科受診に関するグローバル意識調査を5か国で実施」2022.4.19

鄭 美沙


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

鄭 美沙

てい みさ

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: ライフデザイン・ライフコース、金融リテラシー

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