サステナビリティ情報の開示基準及び保証業務基準(4)

~金融審WGでサステナ開示基準を審議:金商法改正が焦点に~

水口 啓子

要旨
  • 2024年3月、金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ(以下、WG)」が設置され、サステナビリティ開示基準や適用対象のあり方、そして適用対象の段階的な拡大を視野に入れた審議が始まっている。第2回WG(5月14日開催)では、第1回WG(3月26日開催)での議論を踏まえつつ、WG事務局が取りまとめた4つの論点が審議の対象となった。
  • WG事務局から提示された論点①「サステナビリティ開示基準のあり方」については、国際的なベースラインとなるISSB(国際サステナビリティ基準審議会)基準と同等なサステナビリティ情報の開示基準を金融商品取引法に取り込み、我が国のサステナビリティ情報の開示基準が機能的に同等なものと認められ、「相互運用性(インターオペラビリティ)」を確保できるような施策案について審議された。
  • 論点②「適用対象」については、時価総額3兆円以上のプライム市場上場企業から導入し、次は1兆円、5,000億円と段階的なサステナビリティ開示基準適用対象の拡大を図る案などが審議された。
  • 本稿では、論点①及び②を中心に、WGでの審議内容を紹介しつつ、我が国の現状・課題なども考察する。なお、論点③「適用時期」及び論点④「サステナビリティ開示基準の導入による開示タイミング」や今後開催予定の第3回WG(次回)における議論は、本連載の次号に譲ることにする。
目次

1.はじめに

主要な他法域におけるサステナビリティなどに関わる諸法制度を巡る動向が目まぐるしい。グローバルに事業を展開する企業にとっては旧来の競争力が毀損する可能性も否めない一方で、新たな競争力の源泉の獲得に向けた事業戦略の機動的な見直しも視界に入り得る。

多くの投資家は、中長期的な視点から企業価値を評価する際に、財務情報とサステナビリティ情報の関係性が見える情報が非常に有用であると指摘している。また、財務諸表の会計監査に加えて、サステナビリティ情報の信頼性の裏付けとなる「保証」にも大いに期待している。さらには、情報の国際的な比較可能性を重視する中で、ISSB基準を国際的な基礎とした、各法域のサステナビリティ開示制度との「相互運用性(インターオペラビリティ)」についての関心も高い。

第2回WGにおいて紹介された主要法域でのサステナビリティ開示制度の動向を踏まえれば、我が国のサステナビリティ開示基準に関わる法改正が、主要な資本市場と比して、大きく遅れをとらないことが求められている(資料1)。情報品質を伴ったサステナビリティ情報に関わる開示基準の策定及び保証制度の適用範囲の着実な拡大についての投資家の期待は高まっている。

国際的なベースラインとなるISSB基準の動向や、主要法域におけるサステナビリティ情報に関する法制度化の動向を踏まえつつ、我が国はサステナビリティ開示にいかに取り組むのか。本稿では、グローバル投資家との建設的な対話を中心に据えた企業を皮切りとして段階的な開示の強制適用も視野に入れたWGでの議論を紹介し、我が国のサステナビリティ情報の開示及び保証に関わる法制度の観点などから、現状・課題などを考察する。

資料1 各国でのサステナビリティ開示制度に関わる動向
資料1 各国でのサステナビリティ開示制度に関わる動向

2.金融商品取引法令の改正を視野に

WGメンバーは、様々な立場の資本市場のステークホルダー(学者、企業、財務諸表利用者、公認会計士、ISO認定機関、弁護士、個人投資家の金融経済教育に関わる市民グループなど)から構成されており、海外の法制度の動向、投資家の要請、我が国の資本市場の実態、企業開示の実務なども踏まえて、サステナビリティ情報に関わる法制度の整備を視野に入れるべく、多様な意見が聴収されている。第1回WGでの議論を踏まえて、第2回WG(5月14日開催)ではWG事務局から4つの論点が提示された(資料2)。その他、サステナビリティ情報の開示・提出時期、セーフハーバー、保証導入のタイミング等などについても議論の対象となった。

資料2 WG事務局より委員に示された論点
資料2 WG事務局より委員に示された論点

WG事務局からは、我が国のサステナビリティ情報の開示及び保証に関わる法制度のあり方を議論する際に視野に入る海外の動向も紹介された。なお、以下の通り本連載では海外の動向を紹介している。

3.WGでの論点①「サステナビリティ開示基準のあり方」

WG事務局からは、金融商品取引法(以下、金商法)への取り込みを視野に入れたサステナビリティ開示基準のあり方についてWGメンバーに意見が求められた。グローバルに事業を展開し、グローバル投資家を株主とする日本企業が少なくない中、開示基準は企業とグローバル投資家との間の建設的な対話を促進して、中長期的な企業価値の向上につなげていくことが期待される。前述した通り、多くの国内外の投資家は、日本企業によるサステナビリティ情報の開示が、ISSB基準をハブとして国際的に比較可能で、各主要法域の基準と同等であると認められることを大いに期待している。また、仮に我が国独自の基準が採用された場合には、複数の基準で情報を開示していかざるをえないことが想定されるため、企業からも、我が国独自の基準でなく、国際的に同等性が確保された基準に基づいて情報開示を行う方が実務負担の観点から望ましいとの声もある。

資料3 WG論点①:サステナビリティ開示基準のあり方(事務局案概要)
資料3 WG論点①:サステナビリティ開示基準のあり方(事務局案概要)

WGでは、我が国のSSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準がISSB基準と同等となるとの前提が満たされることが必要であることがWGメンバーによっても強調された。開示基準強制適用当初から東証プライム市場上場全企業が対応可能な開示レベルを目指すとすると開示基準を低くする必要があり、ISSB基準から大きく乖離することとなるため、SSBJ基準がISSB基準の示すベースラインに満たないと見做されるリスクがある。こうしたリスクを回避すべく、他の法域と同様に我が国においても開示基準の段階的な適用などの諸施策が取られることが肝要であると考えられる。WGでは、仮にScope3やバリューチェーンの開示をしない選択をすると、ISSB基準と著しく乖離してしまうことを懸念する声も聞かれた。

また、ISSB基準をハブとした上で、欧州・米国をはじめとする諸法域との間で基準を相互に運用できることが肝要であり、ISSBやEFRAG(欧州財務報告諮問グループ)などと金融庁を含む関係機関による国際機関や諸外国との緊密な連携などがWGの議論でも注目された。我が国の基準適用よりも先行的にEUの開示規制(CSRD:企業サステナビリティ報告指令)の域外適用を受ける日本企業もある中で、各国の開示基準のインターオペラビリティの確保に向けて、様々なグローバルな連携を駆使したタイムリーで実効的な諸施策が大いに期待される。

また、大企業へのISSB基準による開示要請は中小企業によるサステナビリティ情報開示と無関係ではない。例えば、ISSB基準で求められる「Scope3」開示に対応するためには、グローバル企業と取引関係がある中小企業のGHG(温室効果ガス)排出量の算出体制の整備が必要となる可能性がある。サステナビリティ情報の強制適用の対象となる企業の開示情報の信頼性の観点からも、中小企業に関する施策を考察する余地もあると言えよう。

さらに、サステナビリティ情報の範疇において、バリューチェーンからの情報(Scope3)や将来情報の記載など、現時点では精度の低い情報の有価証券報告書への記載を求める場合、金商法の虚偽記載と見做されるのではないかという企業の懸念の払しょくに向けて、セーフハーバー・ルール(特定の状況下、または一定の条件などの基準を満たした場合には、違反や罰金の対象にならないとされる範囲のこと)の導入を複数のWGメンバーが求めた。

サステナビリティ情報の作成と開示を効果的かつ効率的に行うためには、適切な内部統制の整備や、ガバナンス体制の整備が必要であることを強調するWGメンバーの声も聞かれた。

当該指摘に対応する体制整備が確立されていない企業も少なくないと想定される中、企業などが、人的資源の確保、内部統制の整備、ガバナンス体制の強化などに向けて継続的に前進することが肝要である。企業や保証人が方向感をもって着々と体制整備に取り組むためにもサステナビリティ情報の開示及び保証に関わる適用対象拡大の具体的なタイミングを含む明確なロードマップの策定が不可欠であると言えよう。

4.WGでの論点②「適用対象」

東京証券取引所の市場区分のうち、プライム市場は、グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場である。これを踏まえ、サステナビリティ開示基準の適用対象企業についてはプライム市場上場企業を念頭に置くというWG事務局案に対して、様々な立場のWGメンバーの意見が聴取された。

なお、EU及び米国は、大企業から適用を開始したのち、段階的に適用範囲を拡大していくことを、サステナビリティ開示規制で要求している。

資料4 WG論点②:適用対象(事務局案概要)
資料4 WG論点②:適用対象(事務局案概要)

時価総額は企業価値を構成する要素で、第一段階として時価総額3兆円以上を基準とすることは、投資家の意思決定に有用な情報を提供するというサステナビリティ開示基準の性質や目的に照らしても合理的であるとのWGメンバーの意見が聞かれた。他方で、開示の品質を確保しつつ、プライム上場企業の一部から早期に適用することには賛同するものの、「法域の経済や活動における重要な企業の範囲をカバーすることを意図している」のであれば、時価総額だけでなく、他の主要法域と同様に売上高や従業員数を基準として経済活動規模の大きい企業をサステナビリティ開示基準の先行適用対象とすることが妥当であるとの意見もあった。海外主要企業との対比で、我が国での「低PBR問題」(1株当たり純資産を株価が下回っている状態)が指摘される中で、仮に時価総額だけを基準としてサステナビリティ開示基準の先行適用対象企業を決めると、対象企業数が他の主要国より相応に下回ることを懸念する声もあった。

段階的に適用対象を拡大するプロセスを経るにしても、最終的には全てのプライム上場企業の適用をすることが妥当であるとの意見や、社会的インパクトや経済活動規模が大きい非上場企業についても、適用対象を決める際に留意すべきとの意見もあった。

段階的適用も含めたサステナビリティ開示基準のロードマップの策定と明示は、プライム上場企業の事業モデル改革の推進にもつながり得ると考える。このロードマップを参照しながら、企業と投資家との間で建設的な対話がなされ、サステナビリティに係る戦略が奏功して資本効率の向上が実現するなど、我が国の資本市場がより多くの国内外の投資家により評価されることを期待したい。

5.小括

第2回WGでは、WG事務局から提示された4つの論点のうち、事務局案概要(資料3及び4を参照)を踏まえて、論点①「サステナビリティ開示基準」と論点②「適用対象」について論じた。本連載の次号では、第2回WGでの論点③「適用時期」及び論点④「サステナビリティ開示基準の導入による開示タイミング」を取り上げるとともに、今後開催されるWG(6月28日開催)における様々な観点からの議論についても紹介・考察する予定である。WGでは、開示情報の信頼性確保の観点から、サステナビリティ開示基準のあり方に加えて、保証のあり方・適用時期(限定的保証のあり方や開示基準と同時適用も含む)についての踏み込んだ議論を求める意見も聞かれた。投資家は、財務諸表及びサステナビリティ情報を含む非財務情報の信頼性に高い関心を持っており、サステナビリティ情報の保証についてもWGでの深度ある今後の議論にも大いに期待される。

<続く>

水口 啓子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

水口 啓子

みずぐち けいこ

シニア・フェロー(非常勤)
専⾨分野: 資産運用・ESGに関わる分野ー企業情報の開示・保証・評価

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