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暗号資産「アルゴリズムステーブルコイン」の衝撃

~アルゴリズムが創り出す新たな暗号資産の可能性~

柏村 祐

目次

1.注目されるステーブルコイン

暗号資産の1つであるステーブルコインに注目が集まっている。

ステーブルとは「固定されている」「安定している」という意味で、ステーブルコインは価値が安定している暗号資産ということになる。ステーブルコインが登場する以前から流通していたビットコインやイーサリアムといった暗号資産は、ドルやユーロなどの法定通貨と価値が連動しない。一方、ステーブルコインは、法定通貨との交換比率を固定したり、供給量を調整することによって、法定通貨と価値が連動するような仕組みをもつ暗号資産である。したがってステーブルコインは、ビットコインやイーサリアムのように1日で数十万円も変動するようなことは本来ないといわれる(注1)。

ステーブルコインは、大きく担保型とアルゴリズム型に分類される。担保型ステーブルコインは、法定通貨などの資産を発行事業体が保有することによりその価値が担保されている。一方、アルゴリズム型のステーブルコインは、法定通貨などの資産によって担保されておらず、利用者の動機付けや関連する暗号資産との組み合わせに基づいて、法定通貨と価値が連動するように設計された無担保型の暗号資産だ。そもそもアルゴリズムとは、コンピューターのプログラムを作成する際に用いられる、問題を解決するための手順や計算方法を意味する。例えば、YouTubeにおいてそれまでの視聴履歴の情報から最適な動画を紹介してくれるという事象は、アルゴリズムによるものである。

本稿では、昨今のアルゴリズムステーブルコインの動向を確認するとともに、今後の可能性について考察する。

2.アルゴリズムステーブルコインの現状

2022年5月下旬に暗号資産取引所に上場されている暗号資産約10,000種類のうち、アルゴリズムステーブルコインは19種類であった。

時価総額100位以内でみると、4種類のアルゴリズムステーブルコインが存在する(図表1)。

図表 1 市場規模 100 位以内のアルゴリズムステーブルコイン
図表 1 市場規模 100 位以内のアルゴリズムステーブルコイン

時価総額91位に位置するUSDDは、2022年5月上旬に発行が開始されたアルゴリズムステーブルコインである。USDDの発行事業体は、暗号資産TRON(TRX)も発行している。TRXは、動画や音楽といったデジタル作品を、クリエイターが自由に発表できるプラットフォームにおいて流通する暗号資産である。1USDDは常に1TRXと交換できるよう設計されており、仮にUSDDの市場価格が1ドルを上回り、1.1ドルなった場合、TRXの保有者は、1TRXで1USDDを購入し、それを市場で売却することにより、0.1ドルの利益を確保できる。一方USDDの発行事業体は、1USDDの価格を1ドルに安定させるために、USDDの供給量を増加させることで1USDDの価格を下げるという仕組みだ。

逆に、USDDの市場価格が1ドルを下回り、0.9ドルになったとしよう。1USDDと1TRXは等価で交換が可能なため、利用者は、0.9ドルで1USDDを購入し、1ドル分のTRXと交換することができる。つまり、0.9ドルで1ドル分のTRXを購入することができることになる。2022年5月下旬現在、1USDDは米ドルにおおむね連動した状態が続いている(図表2)。

図表 2 USDD の価格チャート
図表 2 USDD の価格チャート

一方で、アルゴリズムステーブルコインのメカニズムが機能しなくなり、その価値を維持できなくなった事例も発生している。時価総額65位に位置するTerraUSD(以下UST)は、2022年5月10日に法定通貨との連動が困難となり、5月下旬時点でその価値は1ドルの10分の1以下に下落している(図表3)。

図表 3 UST の価格チャート
図表 3 UST の価格チャート

このアルゴリズムステーブルコインUSTの発行事業体は、USTとは別に暗号資産Terra(以下LUNA)を発行している。USTは暗号資産LUNAと連携することにより法定通貨と連動するアルゴリズムステーブルコインを目指して創られた。

1USTは常に1LUNAと交換できるよう設計されている。例えばUSTの市場価格が1.1ドルになった場合、LUNAの保有者は、保有している1LUNAで1USTを購入し、それを市場で売却すれば、0.1ドルの利益が得られる。逆に、USTの市場価格が1ドルを割り込み0.9ドルになった場合、0.9ドルで1USTを購入し、これを基にし、1LUNAを購入できる。

今回、USTの価値が1ドルの10分1以下になったのは、LUNAの急激な価値下落が引き金となっている。LUNAは2022年5月6日以前には1LUNA100ドル以上の価格を維持していたが、5月7日を境にその価値が急落し、5月13日にはほぼ無価値となっている。LUNAの下落をきっかけとしてドルと連動していたUSTは、5月10日から急落している。

LUNAの価値が保たれていれば、1USTを1LUNAに交換できる仕組みを利用し、利用者が法定通貨でUSTを購入することで、USTの価格が1ドルに近づくことになるが、5月7日以降、LUNAの価格が急落したため、裁定取引で利ザヤを得ようとするトレーダーのUSTを購入する需要がなくなった。これがUSTの価格下落の要因の1つと考えられる。アルゴリズムステーブルコインUSTは、LUNAの価値が維持されている状態を前提として成り立っているのである。

3.アルゴリズムステーブルコインの可能性

以上のように、アルゴリズムステーブルコインは、等価で交換できる暗号資産を準備することにより、利用者がステーブルコインの価値が1ドルから上下に乖離した際に利ザヤを得られるという動機に着目して創られており、裏付けとなる準備金が用意されていない無担保型の暗号資産である。

2009年に誕生した暗号資産の特徴は、金融機関による仲介がなくてもネットワークを介して価値のやり取りをできることにあったが、その価値騰落の高さから法定通貨の代替としては機能していない。一方、テザーに代表される担保型ステーブルコインは法定通貨を価値の裏付けとしているが、裏付けとなる準備金を用意する必要があり、その仕組みは、ビットコインの設計者と言われるサトシナカモトが目指した「システムが信用を担保する」世界を実現していない。

アルゴリズムステーブルコインは、ビットコインが実現できなかった、価値を一定にする機能をもつことを目指し、それ自体の需給に着目して創られた産物と言える。ただUSTのように、等価交換できる暗号資産自体が法定通貨との連動を失った場合には、アルゴリズムが機能せず、価値が棄損してしまうというリスクを伴う。

また、現時点でステーブルコインは発行事業体の信用によって成り立っているため、その経営が悪化すれば、「価値が安定している暗号資産」として機能することが難しくなることも想定される。

日本では、ステーブルコインを規制する改正資金決済法が6月3日の参院本会議で可決、成立した。その内容は、利用者保護やマネロン等対策の観点からステーブルコイン発行者と利用者との間で流通を担う仲介者に対して登録制を導入し、また、仲介者に対する報告、資料の提出命令、立入検査、業務改善命令等の対応を行うとしている(注2)。

ステーブルコインの市場規模が急速に拡大する中、国内外での規制論は高まっている。このようなステーブルコインの信用力を確保する取組みは、「価値が安定している暗号資産」が国境を越えた様々な商取引や日常生活における経済活動への活用につながる第一歩となるのではないだろうか。


【注釈】

1)暗号資産「ステーブルコイン」の衝撃~なぜ法定通貨に価値が連動する暗号資産が登場したのか~「https://www.dlri.co.jp/report/ld/175213.html

2)金融庁HP「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」「https://www.fsa.go.jp/singi/digital/siryou/20220606/jimukyoku.pdf

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員
専⾨分野: テクノロジー、DX、イノベーション

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