コロナ禍で 活用される 「 在籍型出向 」

~ 雇用維持 だけでなく 、 人材育成や 職場の活性化 にも効果あり~

奥脇 健史

要旨
  • コロナ禍で事業が縮小した企業の雇用維持の手段として、企業グループ・関係会社を超えた形での「在籍型出向」が活用されている。公的機関などが企業間のマッチングなどを支援しているほか、国も助成制度を創設している。その制度を利用した在籍型出向は2021年2月からの1年間で10,440人と、活用状況は予算が組まれた際に想定された人数の4分の1程度となるが、コロナ禍での雇用維持に一定の効果を発揮している。在籍型出向は企業の規模に関係なく活用されており、出向労働者が出向元とは異なる業務に従事する事例もある。出向元・出向先企業双方にとって、在籍型出向は柔軟に活用ができる仕組みであると考えられる。
  • コロナ禍で在籍型出向を活用したほぼすべての企業がこの制度を評価している。その理由として、雇用維持、人員確保のほか、出向労働者のスキルやモチベーションの向上、職場の活性化などが挙げられた。また、出向元に在籍しながら他社の業務に従事するという点は企業、労働者双方にとっての安心感につながっている。このように、在籍型出向は両者にとって様々な面でメリットがある制度と考えられる。コロナ禍が続く中、さらなる活用の余地があるほか、コロナ後も人材育成手段として有効に活用できると考えられる。
  • 在籍型出向がさらに普及、浸透するための課題として、出向契約までの調整・交渉や労働者の教育、精神的なケアの負担の大きさなどがある。在籍型出向支援取組みのさらなる周知・強化や在籍型出向を活用する企業の出向労働者に対するサポート事例の収集・発信等、官民が一体となって取り組んでいくことが望まれる。
  • 人口減少やコロナ禍で加速したデジタル化への対応など、企業を取り巻く環境は変化しており、企業自身も外部環境の変化への対応が求められている。企業が変化に対応していくためには、人材の育成及び生産性の向上は欠かせない。コロナ後も企業の人材育成や生産性向上の手段として、在籍型出向の活用が進んでいくことを期待したい。
目次

1.コロナ禍で活用の進む「在籍型出向」

足元でコロナ禍が続く中、企業が従業員の雇用を維持する手段として、「在籍型出向」が活用されている。在籍型出向とは、従業員の籍を自社(出向元)に置いたまま、別の会社(出向先)の業務に従事させる仕組みのことである(資料1)。従来、在籍型出向は企業グループ・関係会社間の雇用調整や人的交流で活用される事例が多くみられたが、コロナ禍においては、事業が縮小した企業の雇用維持及び慢性的に人手不足の状態にある企業の労働力確保の手段として活用されている(注1)。在籍型出向を支援する取組みとして、公益財団法人産業雇用安定センターが全国に事務所を構えて無料で企業間のマッチング支援を行っているほか、労働局が中心となって全国に「在籍型出向等支援協議会」を設置し、地域連携により在籍型出向を支援している(資料2)。

資料1
資料1

資料2
資料2

コロナ禍において在籍型出向が活用される背景の一つには、国による助成制度(産業雇用安定助成金)がある。この制度は、新型コロナウイルスの影響で事業活動の一時的な縮小を余儀なくされた事業主が在籍型出向により雇用を維持した場合、出向元企業及び出向先企業に対し、出向にかかる諸経費について一定の金額を助成するものである(注2)。制度が創設された2021年2月5日から2022年2月4日までの1年間で同制度の利用を目的に受理された出向計画届は出向労働者数10,440人分、出向元事業所数は1,063所分、出向先事業所数は1,746所分となっている。予算が組まれた際に想定されていた約44,000人分の助成枠と比較すると4分の1程度の活用にとどまるも、コロナ禍での雇用維持に一定の効果を発揮していることがわかる。内訳をみると、企業規模に関係なく活用されており、同規模の企業間の出向だけでなく、規模の異なる企業間でも出向が行われている(資料3)。

資料3
資料3

業種別に内訳をみると、出向元企業ではコロナ禍の影響を受けやすい運輸業・郵便業、宿泊業、飲食サービス業などが多く、業績に下押し圧力のかかった企業を中心に活用されていることがわかる(資料4)。また、厚生労働省によると、出向元企業と出向先企業の組み合わせで最も多いのは「製造業⇒製造業」(全体の12.2%)と同業種間での出向となるが、異業種への出向の割合は全体の62.9%と、業種を超えた出向が半数以上を占めている。実際に行われた事例をみると、異業種の出向先において出向元の業務と近しい業務(バスの運転手⇒送迎業務など)に従事しているものがある一方で、異業種への出向により出向元と異なる業務に従事するものや同業種間の出向であっても異なる商材を扱う業務に従事するものがあるなど、様々な事例がみられる(資料5)。在籍型出向は、業績の厳しい企業と人手不足の企業双方にとって、柔軟に活用ができる仕組みであると考えられる。

資料4
資料4

資料5
資料5

2.在籍型出向活用による、企業・労働者へのメリット

実際に在籍型出向に対する評価はどうなっているのか。2021年8月に厚生労働省が実施した、産業雇用安定助成金の計画届を申請した企業を対象にしたアンケートによると、在籍型出向の取組みを「評価する」、または「やや評価する」と回答した企業は、出向元企業では全体の95%、出向先企業では全体の98%と、ほぼすべての企業が在籍型出向に対して前向きな回答をしている(注3)。企業が在籍型出向を評価する理由をみると(資料6)、出向元企業では、雇用の維持が最も多く、そのほかでは、半数以上の企業が出向労働者の意欲の維持・向上、能力開発、自社の業務改善などへの期待を挙げている。また、出向期間終了後、出向労働者が自社に戻ってくることも在籍型出向を評価する要因となっており、出向元企業において「在籍型出向」という形態は安心材料になっているようだ。出向先企業においては、人手不足の解消が最も多く、そのほかでは、半数近くの企業がスキルを持った人材の確保、職場の活性化を挙げた。ここから、在籍型出向の活用によって、雇用維持や人手不足の解消のほかにも、職場の業務改善や労働者のモチベーション、スキルの向上など、企業は様々なメリットを得られていることがわかる。

資料6
資料6

在籍型出向を行っている企業へのヒアリング結果(「全国在籍型出向等支援協議会」)をみると、「当社の受注の急減で労働力が大幅に余剰になる対策を主となる目的として交渉を始めたが、実際に進めてみると、一流企業の文化、未経験の業務を経験できるというメリットの方が大きかった。」(製造業・出向元)や「出向先との関係は長年にわたるものがあるが、在籍型出向を実施することで以前にも増して関係性がより深まった感があり、これは予想外の利点であると考えている。」(生活関連サービス業,娯楽業・出向元)、「在籍型出向ということで、出向期間終了後は元の職場に復帰して働いてもらえるということが非常に大きなメリットであると感じている。」(教育、学習支援業・出向元)、「異文化をもった人材に触発されるかたちで、自社になかった発想やアイディアが出るようになり、今までよりも自社社員から業務改善などの意見を聞くことが多くなったと感じており、職場が活性化している。」(情報通信業・出向先)など、在籍型出向による様々なメリットについてのコメントがみられた。

また、労働者自身も在籍型出向によるメリットを実感している。出向を経験した労働者(及び出向元企業)を対象にしたアンケート結果では、回答した労働者の半数以上が出向を経験したことにより知識、スキルが高まったと回答している(資料7)。実際に高まったものとして、自社では得がたい専門知識やスキル、出向先の企業・業界に関する知識や情報のほか、コミュニケーション能力やリーダーシップなどの汎用的なスキルが挙げられている(注4)。加えて、人的ネットワークやキャリアの選択肢の広がり、出向元でのモチベーション向上なども挙げられており、出向を経験したことによって様々なメリットを実感できているようだ。

資料7
資料7

前述のヒアリング結果では、企業と同様に在籍型出向を経験した労働者からのコメントも寄せられている。コメントをみると、「デザイン制作用ソフトの使用にも慣れてきたし、HP作成のスキルは、出向元でも役に立つと考えている。従来、出向元企業では、HP作成は外部委託していたが、内作で可能となる。」(生活関連サービス業,娯楽業⇒情報通信業への出向者)や「同じ店頭販売であっても『忙しさに対する仕事のやり方』は違うため実地で経験できるのは今後のキャリアに役立つと感じている。」(製造業⇒宿泊業,飲食サービス業への出向者)、「同じ組織の中にいるだけでは、固定観念にしばられることが多くなってしまうが、一歩外に出ることで、新たな技術や考え方を知ることができ、刺激を得られた。」(卸売業,小売業⇒卸売業,小売業への出向者)などのメリットを示すコメントがみられた。また、「出向元の会社に在籍しているという安心感がある中で、新しい仕事を経験できることは良いことだと思う。」(卸売業,小売業⇒卸売業,小売業への出向者)や「出向期間終了後は元の会社に復職できることが約束されているので安心して働いている。」(生活関連サービス業,娯楽業⇒医療・福祉業への出向者)など、企業だけでなく労働者にとっても、出向元企業に在籍しているという点は安心材料となっているようだ。

このように、在籍型出向は企業、労働者双方にとって様々な点でメリットがある、win-winの制度であると考えられる。

3. 今後も在籍型出向活用の余地はあり~企業の人材育成、職場活性化への活用も

2021年末にかけて、休業者数が比較的高水準で推移したほか、「人員整理・勧奨退職のため」を理由に前職を離職した人がコロナ前の2018、19年頃と比較し高水準となった(資料8)。また、コロナ禍が続く中、今後も一定の経済活動制限がとられる可能性があるほか、インバウンドなどがコロナ前の水準へ回復するには時間がかかるとみられるなど、一部業種を中心とした業績への下押し圧力は続くとみられる。一方で、景気の持ち直しに伴い2021年末にかけて企業の人手不足感は強まっている(資料9)。このような中、在籍型出向の活用は引き続き有効な手段になると考えられる。出向元の企業にとっては業績回復を見据えて雇用を維持でき、出向先企業にとっては人手不足の解消につながり、そして労働者にとっては休業・退職などではなく、出向元企業に戻ることができるという安心感のもと他社で仕事を続けられるという点はメリットであろう。また、助成金があったことにより話がまとまりやすかったなどの企業の声もあり、現時点で明確に期限は決まっていないものの、コロナ禍が続く中では引き続き助成制度などによる国の支援も重要であろう。

資料8
資料8

資料9
資料9

また、企業が在籍型出向を活用していくことは、新型コロナウイルスの影響が小さい企業においても有効な手段であると考えられる。前述のアンケート結果の通り、自社の従業員が在籍型出向を経験することが、従業員のスキルアップやモチベーションの向上、人的ネットワークの構築などにつながると考えられる。出向していた従業員が自社に戻り、出向先で得た経験を自社に還元することで、職場の活性化や業務改善などにもつながり、ひいては自社の生産性向上にも資すると考えられる。従業員にとっても、出向元企業に在籍しているという安心感がある中で、新たな環境にチャレンジし、様々な業務を経験できるということは、自身のキャリア形成において有効であろう。人員に一定の余裕があることが前提となるが、コロナ後においても、多くの企業にとって従業員のスキルアップなどを目的とした在籍型出向の活用は、自社の人材育成や従業員のモチベーション向上の有効な手段になると考えられる。加えて、足元で転職希望者数が高水準で推移する中、制度の活用は転職を後押しする可能性がある一方で、従業員を自社につなぎとめる手段にもなり得るのではないかと考える。労働力調査によると、数年間にわたり、離職者の離職理由の上位は「より良い条件の仕事を探すため」である。労働者自身のスキルアップなどを主たる目的としつつ、出向を通じて出向先企業と自社を比較してもらうことにより、結果的に自社の良い点を見つけることにつながることで、従業員が転職を踏みとどまる可能性もあるのではないだろうか。仮に、転職につながる結果となったとしても、労働市場の硬直性が課題である日本において、雇用の流動化につながり、より適切な人員配置を通じて日本全体の生産性向上に資する面もあると考える。

4. 在籍型出向の普及、浸透への課題

在籍型出向にはメリットもある一方で、コロナ後も見据えてさらに普及、浸透していくには課題もある。前述のアンケート(資料6)では、在籍型出向を評価しない理由も挙げられており、出向元・出向先企業双方において最も多いのが出向契約までの調整・交渉の負担の大きさである。出向契約に至るまでのステップは大きく4つあり、出向先の確保から、労働者側との調整、就業規則の整備、契約書の作成など、企業に相応の負担がかかる(注5)。加えて、助成制度を活用する場合には、「出向実施計画届」の提出や助成金の支給申請を行うための書類作成が求められるなど、さらに負担が増える。そのほか、在籍型出向を評価しない理由をみると、出向労働者に対する教育訓練や精神的なケアの負担の大きさが挙げられている。出向先で労働者が新しい業務に従事するためには一定の訓練が必要になることに加え、慣れない環境に対する不安や「出向」に対するネガティブイメージの払拭など、企業による出向労働者に対するサポートや丁寧な説明が求められている。

出向契約に対する負担を減らす取組みとしては、提出書類、プロセスの簡素化なども考えられるほか、在籍型出向の支援取組みのさらなる周知・強化も挙げられるだろう。在籍型出向の支援取組みは、前述の産業雇用安定センターなど公的機関による支援のほかにも、金融機関などが支援する事例がみられている(注6)。また、民間企業による、大企業とベンチャー企業のマッチングをはかり、在籍型出向を支援する取組みも行われているなど、様々な主体が企業間のマッチングを支援している。このような取組みを官民が一体となってさらに周知・強化し、企業に支援取組みの積極的な活用を促すことで、出向の負担が軽減され、在籍型出向の活用が進んでいくと考えられる。

また、出向者の教育訓練、精神面のケアを行うにあたっては、出向元・出向先企業と労働者との間の密なコミュニケーションが重要であろう。前述のヒアリング結果では、出向前には労働者自身が不安を感じていたが、出向元と出向先企業によるサポートによって不安が解消したというようなコメントが多くみられた。実際に、出向前には出向者に対する丁寧な説明や出向先企業の見学など、出向中には研修、OJTなどの教育訓練や出向元・出向先企業による定期的な面談などによるフォロー、疎外感を生まないための出向先従業員による声掛けなどが実施されている。また、このような出向労働者への教育訓練、精神的なケアの事例を広く共有していくことも重要であろう。コロナ前からグループ会社間での人事交流などを行っている企業の事例なども含め、官民で幅広く事例を収集、発信していくことが望まれる。

人口減少など日本の構造的な課題がある中、コロナ禍で加速したデジタル化への対応、産業構造の変化など、企業を取り巻く環境は変化しており、企業自身も変化への対応が求められている。企業が変化に対応していくには、人材の育成及び生産性の向上は欠かせないだろう。在籍型出向の活用は、企業の人手不足の解消のほか、人材の様々なスキルの習得やモチベーションの向上など、人材育成、生産性向上につながるものである。加えて、スキルアップや他社での業務経験を通じて、労働者一人ひとりの市場価値が高まることで、成長分野への円滑な労働移動が促されると考えられる。この制度の活用が進むことは、結果的により適切な人員配置を通じて日本全体の生産性向上にも資するのではないだろうか。目先はコロナ禍での雇用維持手段として、そしてコロナ後は人材のスキルアップや企業のさらなる成長、日本全体の生産性を向上させるための手段として、幅広く活用が推進されていくことを期待したい。


【注釈】

1)出向は「在籍型出向」と「移籍型出向」に大別され、「在籍型出向」は出向元・出向先企業双方と雇用契約を結ぶのに対し、「移籍型出向」は出向元との雇用関係を解消する。一般的な在籍型出向の取り扱いは、主に①労働者を離職させるのではなく、関係会社で雇用機会を確保する、②経営指導、技術指導を実施する、③職業能力開発の一環として行う、④企業グループ内の人事交流の一環として行う、のいずれかの目的があるものなどを言う。コロナ禍における在籍型出向は①に当たる。

2)新型コロナウイルスの影響により売上高等の生産指標が一定以上減少していること、出向者が出向期間終了後は元の事業所に戻ってくること、出向期間が1か月以上2年以内(助成金の支給対象はうち1年)であることなどを条件に、出向運営経費(出向元及び出向先企業が負担する賃金、労務管理に関する調整経費等、出向中に要する経費)、出向初期経費(就業規則や出向契約書の整備費用、出向元事業主が出向に際してあらかじめ行う教育訓練等、出向の成立に要する措置にかかった経費)に対し、一定金額の助成を行うもの。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082805_00008.html

3)アンケート調査の分母が在籍型出向を利用した企業であるため、ポジティブ・バイアスがかかっている可能性がある点には留意する必要がある。

4)本文資料6において、①と回答した企業及び労働者が考える具体的な知識・スキル(カッコ内の%は出向元企業/出向経験労働者の回答割合)は、①自社では得がたい専門知識や専門スキル(56%/55%)、②出向先の企業の業界に関する知識や情報(55%/50%)、③出向先の企業に関する知識や情報(45%/53%)、④一般的に労働者が持つべき汎用的なスキル(コミュニケーション能力、リーダーシップ等)(13%/23%)、⑤自社においても得られる専門知識や専門スキル(7%/14%)、となった。

5)出向に至るまでのステップは、大きく①出向の相手を見つける、②労働者の個別同意や就業規則等の整備、労使の話し合い、③出向契約の締結、④出向期間中の労働条件等の明確化の4つ。加えて、助成制度を利用するには、⑤産業雇用安定助成金出向実施計画の届け出、⑥産業雇用安定助成金の支給申請、の2つのステップも加わる。

https://www.mhlw.go.jp/content/000862514.pdf

6)在籍型出向に至るまでの経緯として、もともと取引の合った企業であったことが最も多く(46%)、次いで産業雇用安定センターの紹介(20%)、都道府県や関係行政機関による紹介(3%)、取引のある金融機関による紹介(3%)となる。(n=677)

【参考文献等】

奥脇 健史


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。