内外経済ウォッチ『日本~給付付き税額控除がすれ違う理由~』(2026年5月号)

星野 卓也

目次

給付付き税額控除の議論が始まる

高市政権が重点施策に掲げる「給付付き税額控除」の議論が本格化している。2月26日に社会保障国民会議の初会合、3月24日には有識者会議も始まり、夏前の中間とりまとめに向け制度設計の論点整理が進む。低中所得世帯の手取りを底上げする看板政策として期待は大きい。

給付付き税額控除は、減税しきれない分を給付で補う仕組みで、「負の所得税」とも呼ばれる。通常の減税では納税額の少ない低所得者ほど恩恵を受けにくいが、この制度ならその弱点を補える。多くの先進国ではすでに導入され、税・社会保障の基盤の一部となっている。

導入論そのものへの反対は少ない。経済学者や経営者への調査でも賛成は多数で、与野党もおおむね前向きだ。しかし、「みんな賛成」だからといって導入議論が円滑に進むとは限らない。

みんな賛成なのにすれ違う理由

しばしば制度導入のハードルとして挙がるのは、所得や資産を正確に把握するインフラ整備である。実際、海外では誤支給や不正受給が問題となってきた。これは実際に重要な課題であるが、本質的なハードルは別にある。制度自体には「みんな賛成」でもその政策目的は必ずしも一致していないことだ。

そもそも、給付付き税額控除は何のために導入するのか。一つの考え方は、給付付き税額控除を税の累進性を高めるための手段として位置づける考え方で、再分配機能を強めようという発想だ。この立場では、既存の控除の縮小などを通じて高所得者の負担を増やし、その財源で低所得者への給付を厚くする議論になりやすい。

これに対し、高市政権が重視するのは家計支援、とりわけ中低所得層の手取り増である。狙いは税制の累進性強化そのものではなく、家計への還元だ。この立場からすると、家計向け支援の財源を、家計内部の負担増で賄うことには抵抗が強い。歳出削減や税収の自然増など、別の財源を求める方向に向かいやすい。

つまり、同じ制度に賛成していても、「家計内の再分配強化」なのか、「家計への還元拡大」なのかで、中身も財源論も大きく変わる。この違いは制度の器をつくる段階では見えにくいが、具体的な設計に入れば表面化するだろう。

筆者は、累進性強化を財源論の中心に据えることにはどちらかというと慎重である。労働分配率の低下傾向からも明らかなように、今深刻なのは家計内の格差より他部門(企業や政府)と家計の格差である。また、所得税の累進性を論じるなら、インフレ下でのブラケット・クリープ対策も避けて通るべきではない。累年の税制改正では「年収の壁」問題の解決策として、課税最低限の見直しを定期的に進めることが決まった。しかし、税率区分の基準を物価に応じて調整する仕組みは十分ではない(諸外国では導入)。このままならインフレとともに中高所得層の実効負担率は自動的に上がり、累進性が強まっていく。高所得者負担の強化を行うなら、この論点も併せて議論すべきだ。

それでも対立を乗り越える価値がある

対立を乗り越えて導入を目指す価値は大きい。給付付き税額控除は所得等による負担の急変を和らげ、住民税非課税世帯への一律給付に代わる、きめ細かな家計支援の基盤となりうる。行政コストの削減にもつながるはずだ。

重要なのは、インフラ整備への合意を分配の中身の対立で潰さないことだ。給付付き税額控除という器を整えたうえで、その使い方をどう設計するかを詰める必要がある。家計支援を重視する立場と、家計内再分配強化を重視する立場の溝を如何に埋めつつ、落としどころを見出していくか。国民会議に求められるのは、その合意形成である。

星野 卓也


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星野 卓也

ほしの たくや

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 日本経済、財政、社会保障、労働諸制度の分析、予測

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