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高市政権の経済政策で、日本経済、日本人の生活は豊かになるのか?

永濱 利廣

要旨
  • サナエノミクスは、従来の景気刺激策とは一線を画し、日本の供給能力の底上げを狙う「危機管理投資」と「成長投資」を柱としている。そして、危機管理投資は食料・エネルギー自給率向上や国土強靱化など、有事への備えと同時に国内需要を創出する。一方の成長投資は、AI、半導体、量子技術など17の戦略分野へ政府が長期コミットすることで、企業の現金を動かす「呼び水」とし、技術革新を伴う潜在成長率の引き上げを目指している。
  • 物価高による実質賃金低下を補うため、時限的な消費税減税、給付付き税額控除など、現役世代の可処分所得を直接増やす税制改革が議論されている。一方で、有識者からは財政に対する懸念等が指摘されているが、政策側のスタンスとしては、経済成長こそが財政健全化への最短距離であるという考えに基づく。
  • サナエノミクスでは、プライマリー・バランスの黒字化目標に固執することを明確に否定し、新指標を導入する。具体的には、借金の額そのものを減らすのではなく、経済成長によって借金の重みを相対的に減らす「債務残高対GDP比の安定的な低下」を新たな財政運営の柱に据えている。好循環のシナリオとしては、戦略的投資が潜在成長率を引き上げ、それによる税収増が財政を健全化させるという世界標準の成長重視論理が、市場に受け入れられるかが鍵となる。
  • サナエノミクスは、日本が「縮小均衡」から脱却するための大胆な試みであり、財政持続性と経済成長という二大課題を「成長による解決」で一本化しようとしている。その具体的な試金石として「骨太の方針2026」の制度設計が注視される。
目次

(*)本稿はリベラルタイム2026年7月号の寄稿を基に作成。

1.はじめに

高市早苗政権が掲げる経済政策となる通称「サナエノミクス」は、これまでの日本が抱えてきた「デフレマインド」と「投資不足」という構造的な課題に対し、極めて野心的な処方箋を提示している。その核心は「責任ある積極財政」にあり、従来の財政規律の枠組みを大胆に再定義しようとするものである。

果たしてこの政策によって日本経済は再興し、国民生活は豊かさを取り戻せるのか。現在議論されている「骨太の方針2026」の論点や、消費税減税の是非、さらにはマクロ経済的な整合性という観点から、今後の見通しを展望する。

2.「責任ある積極財政」と投資の二本柱

サナエノミクスの土台となるのは、「危機管理投資」と「成長投資」という二つの戦略的な資本投入である。これらは、単なる景気刺激策としての公共事業とは一線を画し、日本の供給能力を底上げすることを目指している。

まず危機管理投資は、国家のレジリエンス強化を目指すものであり、食料・エネルギーの自給率向上、サイバーセキュリティの強化、そして国土強靱化なども含まれる。そして、これらは「有事」への備えであると同時に、国内に巨大な需要を創出する呼び水となる。特に、エネルギー価格の高騰が家計を圧迫する現状において、次世代革新炉や再生可能エネルギーへの集中投資は、長期的な物価安定とエネルギー安全保障の確保という、生活の根源的な不安解消に直結する。

また、成長投資は17の戦略分野への集中を志向し、AI、半導体、核融合、量子技術をはじめとした21世紀の覇権を握る先端分野に対し、政府が長期的なコミットメントを示すことで、民間の「呼び水」効果を狙っている。そもそも、かつての「失われた30年」において、日本企業が投資を抑制し、現金を退蔵してきた背景には、将来への不透明感があった。このため、政府が「逃げない投資」を明示することで、技術革新を伴う需要牽引型の成長を目指すこの方針は、潜在成長率を引き上げるための王道と言える。

3.消費税減税を巡る議論と「手取り」の最大化

一方、サナエノミクスが国民から最も期待される反面、同時に有識者から最も懸念されているのが、消費税の見直しを含む税制改革である。

というのも、高市首相は物価高騰による実質賃金の低下を補うため、飲食料品を対象とした時限的な消費税減税の議論を進めている。これに加え、給付付き税額控除の案は、中低所得の現役世代の「可処分所得」を直接的に増やす効果がある。

ただ、これに関しては、有識者からは強い慎重論も出されていることも事実である。主な理由は以下の三点である。まずはインフレの加速である。というのも、需要を過度に刺激すれば、現在進行中のインフレをさらに助長する恐れがあるというものである。続いて財政の信認である。というのも、恒久的な減税は、将来的な社会保障財源の不足を招き、市場の信認を損なう可能性があるというものである。そして三点目として金利への影響である。こちらは財政赤字の拡大が金利上昇を招き、住宅ローンや企業の借入コストを押し上げるリスクが指摘されている。

しかし、サナエノミクスでは、次に解説する財政規律の新定義を打ち出している。財政の持続可能性を高めるには、債務残高対GDP比を安定的に下げることが不可欠であり、経済成長がその最短距離であることは間違いない。

4.「骨太の方針2026」と財政規律の新定義

特に、現在策定が進められている「骨太の方針2026」において、注目が集まっているのは「プライマリー・バランス(PB)の黒字化目標」の扱いだろう。しかし、サナエノミクスは、PBの黒字化を自己目的化することを明確に否定している。

そして、代わって掲げられているのが、「債務残高対GDP比の安定的な低下」である。これは、借金の額そのものを減らすのではなく、経済成長によって借金の「重み」を相対的に減らしていくという、より成長重視かつ世界標準の指標である。

そして、投資と成長の好循環の方針が成功すれば、債務比率の低下を一過性に終わらせず、確かな成長軌道に乗せることが可能になる。すなわち、戦略的な投資が潜在成長率を引き上げ、それによって税収が増え、結果として財政も健全化するという「好循環」となる。2026年度の骨太方針において、この「投資と成長」の論理が、市場や日銀との対話の中でどれほど説得力を持って提示されるかが、日本経済の命運を分けるといえよう。

5.日本経済の見通し:豊かさへのシナリオ

今後の日本経済は、以下の三つのフェーズを経て「豊かさ」の真偽が問われることになるだろう。

第一段階:マインドの転換(2026〜2027年)

責任ある積極財政と減税の議論により、「日本はもう成長しない」という諦念を打破する。この場合、企業の国内投資が本格化し、実質賃金プラスが常態化するかが鍵を握る。

第二段階:供給力の強化(2028年〜2030年)

危機管理投資や成長投資が実を結び、エネルギーコストの低下や、デジタル化による生産性向上が目に見える形で現れる。これにより、海外からの輸入に大きく頼らない「内生的な成長」が確立される。

第三段階:生活の質の向上

手取りの増加と、将来不安の軽減が、個人の消費行動を前向きに変える。単なる数字上のGDP成長ではなく、国民一人ひとりが「将来に対して希望を持てる」状態こそが、サナエノミクスの最終的なゴールとなる。

6.おわりに

サナエノミクスは、日本が「縮小均衡」の罠から抜け出すためのラストチャンスとも言える大胆な試みである。財政の持続可能性確保と、積極的な投資による経済成長。この一見矛盾するように見える二つの課題を、高市首相は「成長による解決」という道で一本化しようとしている。

市場の信認を維持しつつ、いかに迅速に「国民の手取り」を増やすか。そして、その資金をいかに次世代の飯の種へと流し込めるか。この舵取りが成功したとき、日本経済は長きにわたるトンネルを抜け、真の「豊かさ」を享受する新たなフェーズへと入ることになるだろう。

「骨太の方針2026」に盛り込まれる具体的な数値目標や制度設計は、そのための第一歩である。我々は、単なる政争の具としてではなく、日本の未来を左右する経済理論の壮大な実験として、この政策の推移を注視していく必要がある。

永濱 利廣


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

永濱 利廣

ながはま としひろ

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 内外経済市場長期予測、経済統計、マクロ経済分析

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