お金と経済・お金のしくみ お金と経済・お金のしくみ

内外経済ウォッチ『日本~石破政権に求められる政策~』(2024年11月号)

永濱 利廣

9月27日の自民党総裁選で石破元幹事長が新たな総裁に選ばれた。これをきっかけに、市場では金融・財政政策がタカ派にシフトする懸念などから日本の株価は先物市場で大きく下落した。

しかし、石破氏は今回の総裁選に向けて政策集を公表していることから、岸田前首相もそうであったように、政策修正の可能性もあると考えられる。

33年ぶりの高水準となる春闘賃上げ率や32年ぶりの国内設備投資額という潮目の変化が起きている中で、賃上げと経済活性化を伴う良いインフレを定着させるためには、国内の供給力を強化し、日本経済を成長軌道に乗せていくことが不可欠だろう。

そのために、最も手っ取り早い取り組みとしては、行き過ぎた労働時間規制の緩和が効果的だろう。過重労働を抑制することも重要だが、それによってもっと働きたい人の労働供給を抑制してしまっては本末転倒である。

また、世界で誘致合戦となっている戦略分野への投資の拡大に加え、国内の立地競争力の向上につながる税制優遇や原発も含めた電力供給力の向上などに向けた取り組みも重要だろう。さらには、そうした国内供給力の向上を担う人材育成も重要になってくるだろう。これからは生成AI全盛の時代になり、ホワイトカラー人材の需要が減る一方で、手に職系人材の需要が増えることが予想される。こうした変化に対応すべく、ドイツのマイスター制度等も参考にしながら、若いうちから手に職系人材の育成を進め、そうした人材が稼げる経済構造を構築することが不可欠だろう。

一方、2024年の春闘賃上げ率が33年ぶりの水準となったことで、一時的に実質賃金がプラスに転じており、6月から開始された定額減税とも相まって、個人消費の拡大を期待する向きもある。

しかし、実質家計支出の実質雇用者報酬に対する弾力性は2015年ピークの5割強にまで低下しており、マクロで見た実質賃金となる実質雇用者報酬が増加に転じたとしても、物価→賃金→消費の好循環が起こりにくくなっている。

理由としては、先進国でも断トツの国民負担率の上昇で、雇用者報酬ほど可処分所得が増えていないことがある。また、無職世帯比率の増加も一因であり、むしろ世帯の3分の1以上を占める無職世帯にとってみれば、賃金と物価の好循環が進めば進むほど、公的年金のマクロ経済スライド制により受給額が減ることになる。

さらに、一昨年の防衛増税報道から足元にかけて、様々な負担増の報道が相次いでいることも消費マインドを委縮させている。なお、若い頃の不況経験がその後の価値観に影響を与えることが米国での研究から明らかにされており、仮にこれが日本にも当てはまるとすれば、少なくとも失われた30年の間に社会に出た50代前半までの世代の財布のひもはそう簡単には緩まないことになる。

日本では、世界でも異例の失われた30年により家計にデフレマインドが定着してしまっていることからすれば、実質賃金が安定的にプラスになった程度では、個人消費の回復はおぼつかない可能性が高いだろう。このため、家計のデフレマインドが完全に払しょくされていない個人消費を盛り上げるためには、支出をした家計が得をするような思い切った支援策を打ち出すことも必要になるだろう。

「景気は気から」と言うが、あなどれない真実である。日本が長期デフレに陥った諸悪の根源は、日本人の努力不足などではなく、バブル崩壊後の政府の経済政策の失敗もある。それによって歪められてしまった価値観を、様々な側面から解凍していくことができれば、日本が復活できるチャンスは大いにあると期待したい。

永濱 利廣


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

永濱 利廣

ながはま としひろ

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 内外経済市場長期予測、経済統計、マクロ経済分析

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ