内外経済ウォッチ『アジア・新興国~アルゼンチン、再び「視界不良」のリスク~』(2022年8月号)

西濵 徹

アルゼンチンでは、2019年に実施された大統領選で左派政党の正義党(ペロン党)のアルベルト・フェルナンデス氏が勝利して左派政権が誕生した。中南米諸国では『左派ドミノ』の動きが広がるなか、如何なる経済政策が採られるか注目された。経済政策を担う経済相に就いたマルティン・グスマン氏は、当初こそIMF(国際通貨基金)に批判的な姿勢を示したが、緊縮財政路線を維持するなど金融市場を意識した政策運営を行った。結果、今年3月にはIMFとの債務再編が合意に至り、失墜した市場からの信認回復の道筋をつけた。

他方、国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派傾斜を強めるなど、コロナ禍を経た全世界的な金融緩和に伴う『カネ余り』は手仕舞いが進み、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱な新興国から資金が流出する動きがみられる。こうしたなか、同国ではウクライナ情勢の悪化に伴う幅広い商品市況の上振れも重なりインフレが再び加速しており、中銀は2月以降、毎月大幅な利上げを実施するなど金融引き締めの動きを強めてきた。ただし、同国経済はIMFからの支援を必要とするなど経済のファンダメンタルズが極めて脆弱であることも理由に資金流出の動きが収まらず、結果的に通貨ペソ相場は調整が進んできた。さらに、ペソ安による輸入物価の押し上げはインフレ圧力を一段と高めるなど難しい状況に直面している。

ペソ相場(対ドル)の推移
ペソ相場(対ドル)の推移

足下のインフレ率は+60%を上回るなど、国民の間からはフェルナンデス政権が緊縮財政を維持してきたことも重なり、政権に対する不満が高まる動きがみられる。他方、昨年11月の中間選挙前には、政権を支える与党ペロン党内で中道左派のフェルナンデス大統領を中心とする派閥と、急進左派でIMFとの対立も厭わないフェルナンデス副大統領(元大統領)を中心とする派閥の対立が表面化した上、中間選での与党敗北により大統領派は厳しい状況に直面してきた。

こうしたなか、大統領派のグスマン氏は経済相としてIMFやパリクラブ(主要債権国会議)との協議を主導するなど手腕を発揮してきたが、副大統領派との確執により政策遂行が困難になったことを理由に7月初めに突如辞任を発表した。後任の経済相には、経済学者で直前まで内務次官であったシルビナ・バタキス氏が就いており、同氏はブエノスアイレス州で経済相を務めた経験がある一方、副大統領派と目されるなどその手腕については未知数と言える。同国では来年に次期大統領選が予定されるなか、政権・与党は厳しい状況に直面しており、政策の大転換に動く可能性も予想される。そうなれば改善が進んだIMFやパリクラブとの関係が一転して冷え込むことも考えられるなど、金融市場における立場が再び厳しくなる可能性もある。同国経済を取り巻く状況が再び『視界不良』となることも充分に考えられる。

インフレ率の推移
インフレ率の推移

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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