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内外経済ウォッチ『欧州~ECBの早期利上げ観測とインフレの行方~』(2021年12月号)

田中 理

目次

加速するインフレ率と金融緩和の縮小

新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大に見舞われた世界各国は、大規模な財政出動と金融緩和で都市封鎖の間の経済活動の落ち込みを食い止めようとしてきた。今も一部の国で変異株の感染拡大が続いているものの、各国でワクチン接種が進み、かつてと比べて死者や重症患者の数が抑制されているため、多くの国で行動制限の緩和が進められている。経済活動が正常化に向かうなか、危機時の大規模な金融緩和を手仕舞う動きも広がっている。しかも、足元では経済活動再開に伴う需要回復と供給制約、世界規模での気候変動対策の強化と天候不順によるエネルギー価格の高騰もあり、多くの国でインフレ率が急加速している。インフレ耐性の弱い新興国では既に多くの国が利上げに転じ、先進国でもアイスランド、ノルウェー、ニュージーランドが利上げを開始した。

ユーロ圏でも10月の消費者物価の上昇率が前年比+4.1%と約13年振りの水準に加速し、先物金利から計算した中期的な期待インフレ率も、欧州中央銀行(ECB)が中期的な物価安定と定義する2%を上回っている。ECBは従来、慎重な緩和縮小姿勢を堅持してきたが、9月にはコロナ危機対応で開始したパンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)の買い入れ規模縮小を決定した。一部の金融市場参加者の間には、来年中にも利上げを開始するとの見方も浮上している。

慎重な緩和縮小を目指すECB

ECBは既に来年3月末でPEPPを打ち切ることを示唆している。ECBの内部では現在、PEPP終了時に資産買い入れ規模が一気に縮小し、金融環境が過度に引き締まることを軽減する施策の検討が進められている。検討結果を踏まえ、12月の理事会で今後の資産買い入れの方針が決定される見込みだ。コロナ危機対応で大幅に強化した資産買い入れの減額に踏み切ろう。だが、早期の利上げ開始には慎重姿勢を崩していない。ECBの主流派メンバーは、足元のインフレ加速が一時的なもので、来年中には物価上昇率が大幅に鈍化し、中期的には2%の物価安定を下回ると考えている。

実際、足元のインフレ率を押し上げているドイツの付加価値税率の時限引き下げ終了の影響は、来年1月に剥落する。原油や天然ガス価格が一段と高騰しない限り、来年の春頃には前年比でみたエネルギー価格の押し上げ幅も縮小に向かう。今のところ賃金上昇が加速する動きや、エネルギー価格の上昇が他の商品・サービス物価に波及する兆しも限定的だ。今後、供給不足の解消に時間が掛かる場合や、エネルギー価格の更なる高騰に見舞われ、インフレ率が予想以上に高止まりする可能性はある。それでもECBが想定するように、来年中のインフレ率のピークアウトを覆す証拠は見当たらない。物価の沈静化とともに、ECBの早期利上げ観測も修正を迫られよう。

資料1 ユーロ圏の期待インフレ率の推移
資料1 ユーロ圏の期待インフレ率の推移

資料2 ユーロ圏の消費者物価の推移
資料2 ユーロ圏の消費者物価の推移

田中 理


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