内外経済ウォッチ『アジア・新興国~トルコ中銀の行動は「複雑怪奇なり」?~』(2021年11月号)

西濵 徹

ここ数年のトルコでは、経済のファンダメンタルズの脆弱さに加え、2018年には対米関係の悪化、昨年には新型コロナウイルスのパンデミックによる国際金融市場の動揺などを受け、通貨リラ相場は下落してきた。このような断続的なリラ安は輸入物価を押し上げるとともに、足下では原油など国際商品市況の上昇も重なりインフレ率は加速してきた。中銀は3月にアーバル前総裁の下で物価抑制とリラ安阻止に向けた利上げに踏み切るも、エルドアン大統領の逆鱗に触れたことで直後に更迭されるなど、中銀の独立性に対する疑念が再燃した。後任総裁のカブジュオール氏は就任後こそ慎重な対応を維持してきたが、エルドアン大統領などの圧力を受けてスタンスを徐々にハト派にシフトさせてきた。

他方、政府はワクチン接種の進展を理由に経済活動を優先させており、足下の景気は堅調に底入れしており、インフレ率は加速している。こうした状況にも拘らず、中銀は9月の定例会合で100bpの利下げ実施を決定した。エルドアン大統領による度々の利下げ要求に抗うことが出来なくなったと判断出来る。中銀の独立性への疑念が再燃するほか、足下では米FRBの量的緩和政策の縮小により新興国へのマネーフローの変化も意識されるなかで一段の金融緩和に舵を切ったことは、国際金融市場の動揺に対する耐性が乏しいなかで危機的状況を招き得ると捉えられる。

図表
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トルコ国内におけるワクチン接種動向は、中国によるいわゆる『ワクチン外交』を通じた供給を追い風に比較的進展している。同国では3月以降に感染力の強い変異株の流入により感染が再拡大するも、4月半ばを境に新規感染者数は頭打ちして感染動向が改善したため、政府は行動制限の段階的解除に動き、7月にはすべての行動制限が解除された。他方、7月半ば以降はワクチン接種が遅れる南東部など地方において新規感染者数が再拡大し、新規感染者数の拡大による医療インフラのひっ迫を受け、死亡者数も再び拡大の動きを強めるなど感染動向は着実に悪化した。こうした状況にも拘らず、政府は経済活動の正常化を優先して行動制限の再強化に及び腰の動きをみせ、人の移動は活発化し経済活動の正常化が進むなど、政府による景気優先姿勢は一定の効果を挙げている。

ただし、上述のとおり同国で接種されているワクチンの大宗は中国製ワクチンであるが、変異株に対しては効果が乏しいとされるなど、人の移動が活発化するなかで感染動向が再び悪化するリスクも孕む。中銀による利下げ実施の動きも景気回復を後押しすることが期待される一方、物価動向をはじめとする経済のファンダメンタルズのみならず、感染動向にも影響を与えることも予想され、エルドアン大統領の『天の声』に押された中銀の判断は想定外の影響に繋がる可能性に注意する必要があろう。

図表
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西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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