内外経済ウォッチ『日本~コロナ禍での最低賃金引き上げの意味~』(2021年9月号)

星野 卓也

目次

2021年最低賃金は3%の引き上げへ

厚生労働省の中央最低賃金審議会は2021年度の最低賃金を全国平均で28円引き上げ930円とすることを決めた。新しい最低賃金は2021年10月にも適用されていく予定だ。

最低賃金の引き上げは低賃金労働者の待遇改善をもたらす一方で、企業にとっては人件費負担増に直結し、雇用減を招く可能性もある施策だ。特に、パート、アルバイトといった最低賃金近辺での労働者が多い飲食業をはじめとしたサービス業への影響が大きい。2020年度は新型コロナウイルス拡大の中で実質的に引き上げが見送られていたが、2021年度はコロナ前並みの引き上げ率となった。新型コロナウイルスによる経済活動の制約は今なお残り、企業側からは強い反対論もある中で引き上げが断行された。政府は審議会の前に示した経済財政政策の指針である「骨太の方針」で最低賃金の引き上げを掲げていた。菅政権の最低賃金引き上げに対する強いこだわりが表れた形となっている。

政策の色彩に変化

最低賃金の引き上げは、安倍前政権以来行われている施策である。特に2016年から2019年にかけては従来2%程度だった引き上げ率を3%近くに引き上げてきた。安倍政権時代において、最低賃金は主に企業に賃上げを促す政策ツールとして用いられてきた。企業利益が大幅に増加する中で、労働者への還元・賃金上昇が限定的という問題意識を受けたものだ。菅政権においても、最低賃金の引き上げは賃上げ促進の観点から行われているが、やや色彩には変化がみられる。それは菅政権の行う経済政策の大きな方向性の一つに、「低生産性企業の再編」があるからだ。これまでも、中小企業の統廃合を促すM&A税制の整備や生産性向上のための投資減税などが行われてきた。最低賃金の引き上げの背景にあるのも、日本経済の生産性の低さの理由の一つが、「低い賃金が許容されている点」にあるという問題意識だ。最低賃金引き上げの政策目的は従来の賃上げ促進のみでなく、生産性の低い企業に生産性向上や退出・再編を促すための「北風政策」的な色彩を伴うようになっている。

来年度以降も強気の引き上げは継続へ

最低賃金引き上げが決行される傍らで、中小企業に対する雇用調整助成金特例措置の年末までの延長や、生産性改善を行った企業に支給する業務改善助成金の拡充などを行う方針も示された。企業の人件費負担増にも配慮した形だ。最低賃金引き上げの副作用中和策が敷かれたことで、短期的な雇用への影響は限定的なものにとどまりそうだ。ただこうした中和策は一時的なものであり、いずれ最低賃金上昇の影響を強く受ける企業も増えてくるだろう。

今回の引き上げ断行で明らかになったのは、最低賃金の引き上げは他の政策によるバックアップを敷いてまで行う、菅政権にとって極めて重要度の高い施策であるということである。「骨太の方針」では、最低賃金1,000円を目指す旨が記されており、引き上げは今後も続くだろう。3%程度の引き上げが来年度以降も続けば、1,000円に達するのは2024年度になる計算だ。今後もパート・アルバイトの労働者を多く有するサービス業などの企業は、販売価格への転嫁やビジネスモデルの見直しを求められていくことになりそうだ。

図表
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星野 卓也

星野 卓也

ほしの たくや

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 日本経済、財政、社会保障、労働諸制度の分析、予測

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