- Flash Insights
-
2026.06.24
SDGs・ESG
運用戦略・運用商品
社会保障・保険・年金
ESG投資
FIFAワールドカップ2026出場国の資産形成(3)ノルウェー
~W杯のダークホースはESG投資のフロントランナー~
鄭 美沙
1. 概念上の拠出建年金(NDC)
本シリーズでは、FIFAワールドカップ2026出場国における資産形成の制度や現状などを概観する。第3弾となる本稿では、1998年フランス大会以来28年ぶりの出場となったノルウェーを取り上げる。ノルウェー代表は、英プレミアリーグのシーズン最多得点記録を持ち、圧倒的な身体能力を誇るハーランドや、今季22年ぶりのリーグ優勝を果たしたアーセナルで主将を務めるウーデゴールらを擁し、今大会のダークホースとも評されている。
ノルウェーは、「高福祉・高負担」という北欧型福祉国家であり、老後資金の中心は公的年金である。公的年金は、2011年より賦課方式の「概念上の拠出建年金(Notional Defined Contribution system、以下NDC)」という制度になっている(年金シニアプラン総合研究機構、2025)。NDCとは、「毎年の保険料収入の全部または一部がその年の年金給付財源として使われてしまうにもかかわらず、将来の年金額は現役時代に納めた保険料の総額等に基づき計算されるという仕組み」であり(井上、2002)、スウェーデンなどでも採用されている。メリットとしては、年金制度の持続可能性維持や、受益と負担の関係性の明瞭化などが挙げられる(白石、2008)。
給付の不足分は一般財源によって補填される。ノルウェーにおいても、他国と同様に高齢化による支出の増加は課題であるが、世界最大級の政府系ファンドであるノルウェー政府年金基金が財源の安定化に寄与している点において、他国とは大きく異なる特徴を有している。
2. ノルウェー政府年金基金
ノルウェーは、ノルウェー政府年金基金という大型ファンドを有している。年金基金という名称だが、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のような年金積立金を運用するものではなく、国家の資金を長期的に運用する政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド、以下SWF)にあたる。
ノルウェー政府年金基金は、政府年金基金ノルウェーと政府年金基金グローバルから構成される。前者は、1967年に設立された旧国民保険基金の資産を継承し運用しており、投資対象はノルウェー国内および北欧諸国となる。もっとも、資産規模は基金全体の2%に留まり、ノルウェー政府年金基金の中心は後者である。以降は政府年金基金グローバルについて述べる。
運用原資は北海油田の石油など資源収入の一部である。国内には投資せず、国外の株式や債券、不動産などに振り向けられている。これは、化石燃料という有限な資産を金融資産に換え、長期・分散投資を通じて将来世代に残していく仕組みであり、国家レベルでの資産形成といえる。
2026年6月時点で、ノルウェー政府年金基金の運用資産残高は約2.1兆ドルであり、公的年金基金なども含めた政府系投資機関の中では中国人民銀行に次ぐ世界第2位の規模となり、GPIFよりも大きい(資料1)。また、SWFは日本には存在しない形態の機関であるが、世界的には政府系投資機関全体の中で残高比率を増やしつつある(資料2)。

“Government Pension Fund Global Annual Report 2025”によると、1998年から2025年までのノルウェー政府年金基金の年平均リターンは6.6%であり、インフレ率および運用コストを差し引いた実質リターンは4.3%であった。こうした運用収益の一部は国家財政の財源として活用されている。ノルウェー政府年金基金から国家予算に移転できる金額は、期待収益率に基づいてルール化されており、現在は残高の3%が目安となっている。
高齢化に伴う社会保障支出の増加が各国共通の課題となる中、ノルウェー政府年金基金は財政の安定化や将来世代への資産継承を両立させる上で重要な役割を担っている。
3. ESG投資のフロントランナー
このように、ノルウェー政府年金基金は国民にとっては財政安定化や資産継承を支える基金である。一方で、2025年末時点で世界の上場企業株式の約1.5%を保有しており、企業からみれば世界最大級の機関投資家の一つでもある。資産残高の約7割が各国の株式に投資されており、そのうち約55%が米国企業であり、次にシェアが大きいのは日本で6%を占める。
ノルウェー政府年金基金は機関投資家として、ESG(環境・社会・ガバナンス)を投資判断に組み込み、対話を通じて企業行動の改善を促す「責任投資」をけん引してきた。例えば、2015年6月に、石炭関連企業からのダイベストメント(投資撤退)を決定している。同年12月にパリ協定が採択される前の判断であり、日本の金融機関でESG投資が本格化したのが2018年頃であるように、ノルウェーはESG投資の先駆者であり、主導的な役割を果たしてきた。
また、ノルウェー政府年金基金にとってダイベストメントは最終手段という位置づけであり、投資先企業へのエンゲージメントを通じた企業行動の改善が主体である。“Responsible investment Government Pension Fund Global 2025”によると、2025年末時点で7,201社の株式を保有しており、そのうち、2025年には1,341社との間で合計3,198回の面談を実施している。ネットゼロに向けた取組みにも注力しており、2025年には2030年に向けた新たな気候行動計画を策定している。そこでは、気候変動関連のエンゲージメントの強化に加え、情報開示やシナリオ分析などに関する基準や手法の高度化がアクションとして掲げられており、世界最大級の機関投資家として市場のルール形成に関与していく姿勢がみられる。
このように、ノルウェーはワールドカップにおいてはダークホースと位置付けられる一方、ESG投資ではフロントランナーとして存在感を示してきた。ただし、昨今の安全保障環境の変化を受けて、責任投資の基準には揺らぎもみられている。詳細は、奥田「責任投資に生じた『Too Big to Sell』問題」で述べられている通り、ノルウェー政府年金基金の判断は日本を含めた多くの機関投資家に影響を及ぼすものであり、今後のESG投資の方向性への重要な示唆を与える。ノルウェーは人口約560万人の小国だが、世界の資本市場へのインパクトは小さくなく、その動向には注視が必要だ。
【参考文献】
-
井上誠一(2002)「スウェーデンの年金改革の動向」『少子化と社会保障』生活経済政策研究所 2002.9 生活研ブックス 14
-
奥田宏二(2026)「責任投資に生じた『Too Big to Sell』問題~ノルウェー政府年金基金とビッグテック株~」
-
白石浩介(2008)「日本の年金改革-基礎年金の再編と NDC 方式の導入」一橋大学世代間問題研究機構ディスカッションペーパー No.358
-
年金シニアプラン総合研究機構(2025)「北欧・アイルランドの年金に関する調査研究」
-
ノルウェー銀行投資管理部門(Norges Bank Investment Management:NBIM)(2026)“Government Pension Fund Global Annual Report 2025”
-
ノルウェー銀行投資管理部門(Norges Bank Investment Management:NBIM)(2026)“Responsible investment Government Pension Fund Global 2025”
鄭 美沙
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 鄭 美沙
てい みさ
-
政策調査部 主任研究員
専⾨分野: 金融リテラシー・ライフデザイン
執筆者の最近のレポート
-
FIFAワールドカップ2026出場国の資産形成(2)アルゼンチン ~「個の力」としての暗号資産とサッカー界への影響~
資産形成
鄭 美沙
-
【1分解説】金融ニヒリズムとは?
資産形成
鄭 美沙
-
FIFAワールドカップ2026出場国の資産形成(1)オランダ ~トータルフットボールの国を支える国・企業・個人の“トータル年金制度”~
資産形成
鄭 美沙
-
行動経済学から考える資産形成 ~投資判断を左右する「心のクセ」~
資産形成
鄭 美沙
-
金融リテラシー調査(2025年)における男女の違い(金融行動編) ~金融トラブルが増加傾向の若年男性と、リスクテイクを避ける女性~
金融リテラシー・金融経済教育
鄭 美沙