FIFAワールドカップ2026出場国の資産形成(2)アルゼンチン

~「個の力」としての暗号資産とサッカー界への影響~

鄭 美沙

目次

1. 高いインフレ率

本シリーズでは、FIFAワールドカップ2026出場国における資産形成の制度や現状などを概観する。第2弾となる本稿では、前回王者アルゼンチンを取り上げる。

アルゼンチンは、財政赤字などを背景に通貨価値が下落し、一時は前年同月比でインフレ率が300%近くまで上っていた(資料1)。しかし、2023年に経済学者のミレイ氏が大統領に就任し、大胆な経済改革を進めた結果、財政収支は黒字化し、インフレ率も大幅に低下しているほか、為替市場も安定しつつあるなど、成果を上げてきた(西濵、2025)。さらに、2025年の経済成長率は+4.4%と3年ぶりのプラス成長となり、同国経済は回復基調を強めている(西濵、2026)。

図表
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2. 資産防衛としての暗号資産

このように近年改善されつつあるものの、自国通貨ペソの下落と急激なインフレが続いていたアルゼンチンでは、資産形成というよりも資産価値を守るための資産防衛の行動が重要となってきた。その主たる手段は、歴史的にはドルの保有である。購買力が落ちないよう、ペソをドルに換えるというものだ。通貨安などを防ぐため、外貨取引規制が講じられていたが、それでも所謂タンス預金として2,000億ドルもの資産があるとされる(山本、2025)。

なお、アルゼンチンには公的年金制度が整備されており、財源には社会保険料を基盤とする賦課方式が採用されている(年金シニアプラン総合研究機構、2022)。年金額はインフレに応じて調整される仕組みとなっているが、急激な物価上昇に十分対応できず、実質的な給付水準の低下が課題となっている。

こうした中、ドル保有と同様に資産保全手段として近年活用されているのが暗号資産である。暗号資産の中でも、ドル連動型のステーブルコインが普及しており、送金や日常の決済で使われているとのことだ(日経ビジネス、2026)。国際決済銀行(2023)によると、新興国における暗号資産の普及は着実に進んでおり、投資や貯蓄の代替手段であったり、変動の大きい自国通貨の安全な逃避先として活用されている。その代表例が、アルゼンチンといえる。人口あたりの暗号資産利用率は約20%、約860万人のアルゼンチン人が暗号資産を保有または利用しているとの推計もある(Bitcoin.com、2026)。

アルゼンチンでは、暗号資産事業者に対する登録制度が導入されており、国内外の暗号資産関連企業が登録・参入している。加えて、銀行による暗号資産サービスの提供を認める制度改正も検討されている。同じく南米のブラジルでは、すでに銀行による暗号資産サービスの提供が進んでおり、暗号資産が既存の金融システムに組み入れられつつある。ETHNews(2025)は、アルゼンチンにおいても、銀行の参入は、デジタル資産の金融システムへの統合が大きく前進することを意味すると指摘している。また、これまでアルゼンチンにおける暗号資産の主な利用目的は資産防衛であったが、現在では、運用収益の確保など資産運用の手段に利用する動きもみられ始めているようだ(Bitcoin.com、2026)。

このように、アルゼンチンの暗号資産市場は転換点にある。2022年のワールドカップ優勝は、メッシという圧倒的な「個の力」だけでなく、チーム全体の組織力と完成度があってこそ成し遂げられたものだった。同様に、暗号資産もこれまでのようにインフレや通貨下落から資産を守るための「個の力」として機能し続けるのか、それともミレイ政権下で経済の安定化や制度整備が進み、既存の金融システムの一部として位置付けられていくのか。アルゼンチン経済の先行きが注目される。

3. サッカーと暗号資産

暗号資産の影響はサッカー界にも及んでいる。アルゼンチンサッカー協会(AFA)は、複数の暗号資産関連企業とスポンサーシップ契約を結んでおり、一時はトレーニングウェアに企業のロゴが載っていた。今回のワールドカップにおいては、FIFAの最上位スポンサーに暗号資産関連企業は含まれていないものの、公式暗号資産取引所サポーターとして提携している企業はある。暗号資産の普及や教育を目的として、開催都市において関連イベント等が開催される予定だ(Investing.com、2026)。

サッカーと暗号資産の結びつきは年々強くなっている。代表的なものはファントークンの発行だ。ファントークンは、コミュニティ参加を主目的とするものと、取引所に上場し価格変動を伴うものに大別される。前者は、例えばユニフォームのデザインを投票したり、イベントへの参加権が得られたりと、資産というよりもファンクラブの会員証のような位置づけだ。一方で、後者はそうした特典に加え、実際に取引所で売買され値動きがある。こうした売買可能なファントークンは、アルゼンチン代表のほか、FCバルセロナやパリ・サンジェルマンFC(PSG)、マンチェスター・シティFCなどが発行している。実際、2021年にメッシがPSGに移籍した際には、契約金の一部がファントークンで支払われた。日本では、湘南ベルマーレが、法律上は暗号資産ではないが売買可能なトークンを導入し、クラブの資金調達手段として活用している。

このように、サッカー界にも暗号資産が普及する一方で、英国金融行動監視機構(FCA)は、ワールドカップ開幕前の6月3日、営業を許可されていない金融事業者とのスポンサー契約を結ばないようサッカークラブに警告を発した(FCA,2026)。ファンに対しても、金融サービスを利用する前には必ず事業者を確認するよう注意喚起を行っている。

暗号資産は、サッカークラブとファンの関係強化に寄与する一方で、投機的な金融商品の広告や勧誘がファンに悪影響を及ぼす可能性もある。また、近年急拡大している予測市場において(注1)、暗号資産が使われるケースもある。サッカーをはじめスポーツにおける暗号資産活用は普及と規制の両面から検討されるべき課題となっている。

以 上

【注釈】

  1. 予測市場(Prediction market)とは、様々なイベントの結果を予測し、金銭的リターンを得るオンライン・プラットフォームである。その対象はプロスポーツの試合結果、各国の大統領・首長・議会選挙などの政治イベント、或いは音楽ランキングやアカデミー賞の受賞作品など多岐にわたる。(前田和馬「予測市場とは何か?(1)~急拡大の背景~」2026年)
    なお、アライアンス・バーンスタインは、ワールドカップ期間中に30億ドル超の取引高増加が生じうると推計し、これまでで最大の取引量をもたらすイベントになると予測している(Yahoo Finance“Bernstein: 2026 FIFA World Cup Is A 'Watershed Moment' For Prediction Markets—But Who Will Win It?”2026年6月12日)。

※本資料は情報提供を目的に作成されたものです。日本国内から予測市場で金銭を伴う取引を行うことは、賭博罪に抵触するおそれがありますのでご注意ください。

【参考文献】

鄭 美沙


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。