「成長投資を促進するための金融戦略」が示す家計の安定的な資産形成の促進

~政策の重心はNISA拡充からDC制度改善へ~

鄭 美沙

要旨
  • 2026年7月、政府は「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-」(以下、成長投資金融戦略)を公表した。本稿では、この中で示されている「家計の安定的な資産形成の促進」に関する施策について考察する。

  • 「家計の安定的な資産形成の促進」として、特に重視されているのは、企業型DCとiDeCoで構成されるDCの改善である。これまでの資産形成政策ではNISAの拡充が中心であったが、今回はDC制度における拠出限度額の見直しや商品選択への支援、制度の効率化・シンプル化、広報の充実など、その改善に多くの記述が割かれている。政策の重心が、NISA拡充からDC制度改善へシフトしつつあると考えられる。

  • NISAについては、制度の抜本的拡充が進められてきたことを踏まえ、実務的な利便性の向上と普及・定着に向けた取組が重視されている。このほか、「国債の魅力向上」「金融経済教育の推進」「金融資産や年金情報の集約・可視化」に関する施策が掲げられている。金融資産や年金情報を集約・可視化する仕組みは、家計が資産形成支援制度の全体像を把握し、自身のライフプランに応じて適切に活用する上で重要な基盤となると考えられる。

  • 今後は、示された施策を具体化し、家計が経済成長の恩恵を享受することによって、より豊かな生活とファイナンシャル・ウェルビーイングを実現できる仕組みを構築することが求められる。

目次

1. はじめに

2026年7月21日、政府は「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-」(以下、成長投資金融戦略)を公表した。これは、同日閣議決定された「日本成長戦略」に掲げられた「金融を通じた潜在力の開放」の実現に向けた施策パッケージとして位置付けられる。

成長投資金融戦略は、資料1に示す4つの取組を通じ、官民連携による17の戦略分野等への成長投資を促進するとともに、日本企業の事業再構築・再編を支える資金の好循環を創出し、日本経済の成長と国民の豊かさの向上につなげていくとしている。

図表
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成長投資金融戦略のKPIは、「2040年度250兆円の国内投資目標を実現する」「2040年までに、家計金融資産に占める株式・投資信託・債務証券の割合を40%とする(2025年3月末:約23%)」の2点であり、閣議決定された日本成長戦略でも掲げられている。本稿では、後者の目標達成と密接に関わり、「2.国民が経済成長の成果を最大限享受できるようにする」ための施策の一つである「家計の安定的な資産形成の促進」に着目し、政府が示した具体的な取組について考察する。

2. 重点取組となったDC制度の改善

成長投資金融戦略では、資料1で示した取組の2つ目「国民が経済成長の成果を最大限享受できるようにする」に向けた環境整備として、さらに3つの項目に分けて施策が提示されている(資料2)。

本稿で取り上げるのは、「家計の安定的な資産形成の促進」における記載である。ここで注目すべきは、最初に「DC(確定拠出年金)制度の改善」が掲げられている点である。家計の資産形成に関しては、直近では、2024年3月に閣議決定された「国民の安定的な資産形成の支援に関する施策の総合的な推進に関する基本方針」(以下、基本方針)が公表されている(村上、2024)。基本方針では、最初にNISA(少額投資非課税制度)に関する施策が記載され、その後にiDeCo(個人型確定拠出年金)について述べられている(資料3)。

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また、2022年に策定された「資産所得倍増プラン」でも、「7本柱の取組」の第1に「NISAの抜本的拡充や恒久化」、第2に「iDeCo制度の改革」が掲げられていた。これらに対し、今回の成長投資金融戦略では、DC制度(企業型DC・iDeCo)の改善が最初に取り上げられており、記述の分量を見ても、NISAよりも重点が置かれていることがうかがえる。こうした構成から、政府が進める家計の資産形成支援における今後の政策の重心が、NISA拡充からDC制度改善へシフトしつつあると考えられる。

3. DC制度改善に向けた4つの施策

成長投資金融戦略では、企業型DC・iDeCoの課題として、NISAと比較して利用者が少ないことや、金融機関から制度改善を望む声が多いことが挙げられている。これらを踏まえたDC制度改善の施策は、(1)拠出限度額の見直し、(2)加入者の商品選択サポート、(3)制度の効率化・シンプル化、(4)広報の充実の4つに整理されている(資料4)。

図表
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特に詳しく述べられている「(2)加入者の商品選択サポート」が掲げられた背景には、加入者等の約20%が元本確保型商品のみで運用しており、さらにその割合は運営管理機関毎に差があることがある(注1)。安野(2026)は、この課題を指摘した金融庁の「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2025」を踏まえ、記録関連運営管理機関が保有する加入者の属性や運用状況などのデータを、運用関連運営管理機関や商品提供機関と十分に共有・活用する仕組みが整っていないことが、加入者に対する総合的なアドバイスの提供などを困難にし、商品選択が元本確保型に偏る一因になっていると指摘している(注2)。

また、加入者へのアドバイスは、DC制度の中だけで完結するものではない。DCにおける運用商品の選択も、保有している預貯金やNISAの利用状況など、金融資産全体の資産配分を踏まえて判断する必要がある。さらに、現在の資産状況だけでなく、個人のライフプランなども考慮する必要があり、現在の資産状況と将来の収支見通しを含め、家計全体を俯瞰することが求められる。こうした観点から、後述する「金融資産や年金情報の集約・可視化」は重要な基盤になると考えられる。

加えて、「指定運用方法の設定」も課題として挙げられている。指定運用方法とは、加入者が運用の指図を行わない場合に、一定期間を経た後、自動的に購入される運用商品である。金融庁(2025)によると、企業型DCのうち、指定運用方法を設定している規約の割合は49%にとどまる(2024年9月末時点)。さらに、そのうち64%が元本確保型商品を指定運用方法としている。長期的な資産形成の観点からは、コスト面の課題はあるもののターゲットデートファンドなど長期運用に適した商品選定が望ましいだろう。このため、成長投資金融戦略では指定運用方法の設定義務化の検討に加え、長期的な資産形成に適した商品を設定していない場合、特に元本確保型を指定運用方法としている場合を念頭に、理由を説明する仕組みの構築についても言及されている。

4. NISAは制度拡充から普及・定着へ

DC制度以外については、「国債の魅力向上」「NISAの普及・定着」「金融経済教育の推進」「金融資産や年金情報の集約・可視化」が挙げられている(資料5)。

図表
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国債の魅力向上については、2026年7月に、国民民主党が個人向け国債をNISAの対象商品に追加することを提案している。成長投資金融戦略では国債のNISA対象化には言及していないが、「金利ある世界」において、商品性の見直しや商品設計などを含む環境整備が打ち出されている。

また、注目されるのが「NISAの普及・定着」である。第2節で述べたとおり、これまで政府が推進してきた家計の資産形成支援では、NISAの制度拡充が中心的な役割を担ってきた。それに対し、今回は新たな制度拡充よりも、利便性の向上を図りながら、NISAの一層の普及・定着を目指す方針が示されている。

NISAについては、口座数も順調に増加し、制度設計は概ね完成しつつあると考えられる。これが、成長投資金融戦略において、DCが重点的に取り上げられた理由の一つであろう。一方、地域による普及状況の差や買付が行われていない口座の存在、また「NISA貧乏」という言葉に象徴される一部の過度な投資行動などが課題となっている。これらは、制度そのものというよりも、その活用の在り方に関わる問題である。より多くの人が自身の家計状況やライフプランに応じてNISAを適切に活用できるよう、政策の重点を制度拡充から普及・定着にシフトする方向性は評価できよう。今後は、NISAを国民に根付かせ、成熟した制度に発展させられるのかが重要である。

次に、金融経済教育の推進については、2030年度から段階的に実施される次期学習指導要領において、その内容の充実を目指すことが示されている。金融経済教育の一層の拡充は重要である一方、教育現場では、教員不足や働き方改革が依然として課題となっており、金融経済教育の担い手や、教員が知識・指導法を学ぶ時間の確保が難しい状況にある。加えて、AIをはじめ新たに学ぶべき内容も増え続けており、授業時間にも限りがある。そのため、次期学習指導要領への記載を充実させるだけでなく、教育内容全体のスクラップ・アンド・ビルドや、教材の充実、外部人材の活用など教員を支援する体制を整え、より効果的な教育を進める視点も不可欠である。

最後に、「金融資産や年金情報の集約・可視化」は、前節で述べたとおり、家計の資産形成を支える重要な基盤と考えられる。政府による資産形成支援制度としては、NISAのほか、iDeCoや企業型DC、個人向け国債などがあり、老後資金という点では公的年金が重要な役割を担う。しかし、これらの制度や資産に関する情報は一元的に管理・可視化されておらず、個々人が整理しなければならないのが現状である。特に、高齢期の資産を取り崩すデキュムレーションの局面においては、何をどのくらい取り崩すのかが重要となる。一方、加齢に伴って認知機能が低下する傾向があるため、資産の管理を容易にする必要性は一層高まる。

また、資産形成といえばNISAの認知度が先行し、iDeCoなど他の制度への理解が十分に進んでいない可能性もある。その背景の一つには、国が設ける資産形成支援制度の全体像を俯瞰できる環境が十分に整っていないこともあると考えられる。金融資産や年金情報の集約・可視化が進み、NISA、iDeCo、企業型DCなどを適切に組み合わせた資産形成にもつながることが期待される。


以上、「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-」における「家計の安定的な資産形成の促進」について概観した。2012年のアベノミクス以降、株式市場は概ね堅調に推移してきた一方、その上昇に見合うほど家計が暮らしの豊かさを実感できているとは言い難い。今後は、示された施策の具体化を通じ、家計が経済成長の恩恵を享受することによって、より豊かな生活とファイナンシャル・ウェルビーイングを実現できる仕組みを構築することが求められる。

以 上

【注釈】

  1. 金融庁「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2026」(2026年7月)より。加入者等とは、加入者と運用指図者のこと。

  2. 記録関連運営管理機関とは、DCにおいて記録関連業務を行う運営管理機関であり、レコードキーパー(RK)とも呼ばれる。運用関連運営管理機関は、生損保や銀行、証券などDC制度を運営する機関。商品提供機関は、選定・提示されている運用商品を提供する機関。

【参考文献】

鄭 美沙


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。