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2026.01.27
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GX需要創出に向けた政策と各主体の行動【前編】
~GX価値の整理と政策マップによる可視化~
加藤 大典
- 要旨
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本レポートは、【前編】【後編】の2編にわたり、GX価値を持つ製品・サービスの需要を日本でどのように広げていくかを考えることを目的とする。GXを、物価高リスクを抑え、中長期的に実質所得や地域経済を守る投資としても設計しうるという視点から、GX価値の整理と政策の全体像の可視化の方法、その上で必要となる行動変容と政策提言を検討する。
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【前編】は、①GX価値の中身と「GX製品等は高くて選ばれにくい」という理解を整理し、②複数省庁にまたがる施策を企業から見て理解しやすい「政策マップ」として可視化する方法を示す。
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「GX価値」は、①脱炭素、②資源循環性、③自然共生、④レジリエンス、⑤トレーサビリティ・透明性の5要素からなる広い概念である。
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また、「GX製品等は高くて買われない」という認識の背景には、①現時点で価格プレミアムが大きい分野、②初期費用は高いがライフサイクルコストでは得になる分野、③価格差が縮小・逆転しつつあるにもかかわらず「高い」というイメージが残っている分野という3つのパターンに加え、情報不足・信頼の問題・入手しにくさ・習慣等の非価格要因が重なっている。
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こうした「高さ」の要因に働きかける需要創出メカニズムは、①価格インセンティブ、②規制・公共調達、③情報・ラベリング・開示・見える化、④社会規範・レピュテーション(評判)・ナッジ、⑤供給側のイノベーションとの好循環の5つである。
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需要創出メカニズムを、実務で用いられる4つの政策手段(①価格インセンティブ/②規制・公共調達/③情報・開示/④自主イニシアティブ等)と、7つのバリューチェーン区分(a資源~g吸収源)に投影、各省庁の政策をマッピングすることで、「政策マップ」を作ることができる。
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1. 問題意識
まず1章で、本レポートの問題意識と【前編】の位置づけを整理する。
1-1 国際的な脱炭素の潮流と日本の位置づけ
2015年12月のパリ協定の採択以降、各国は温室効果ガス削減目標(NDC)(注1)の強化と1.5℃目標の達成に向けた行動加速が求められている。2025年にブラジル・ベレンで開催されたCOP30では、行動加速や適応資金の拡充が確認される一方で、化石燃料の段階的な縮小をめぐり各国の立場の違いも残った(注2)。こうした状況は、国際社会で脱炭素の方向性自体は共有されつつも、そのスピードや手段については引き続き議論が続いていることを示している。
このような国際的な潮流の中、日本は、2050年カーボンニュートラルに向けて、近くは2030年度温室効果ガス46%削減(2013年度比)の目標を掲げ(注3)、「GX基本方針」や「GX2040ビジョン」(注4)の下で、GX経済移行債による先行投資支援、GX-ETS(排出量取引制度)の2026年度からの本格導入、GXリーグによる企業間の連携等を通じて、脱炭素と成長を両立させる経済構造への移行を進めている。2027年3月期からは、SSBJ基準(注5)に基づくサステナビリティ・気候関連情報の有価証券報告書での法定開示も始まる。
これらの戦略や制度は、国際的な1.5℃目標とパリ協定の枠組みを踏まえつつ、日本企業のGX投資とビジネスモデル転換の後押しを狙っているが、その実効性は、企業・家計の経済状況やGX価値を持つGX製品・サービス(以下、GX製品等)への需要の広がりと密接に関係すると考えられる。
この点に関して、エネルギー価格高騰や円安の影響もあって物価高が続き、とりわけ中小企業や一般家庭の負担感が大きい状況が続いている。企業側では、エネルギー・原材料コストの増加をどこまで価格に転嫁できるかが課題となっており、家計側では賃金・所得が物価上昇に十分追いついていないとの指摘もある。つまり、GX製品等の導入や選択を進めるには、GX関連施策とともに、価格転嫁や賃上げを含む購買力の確保という観点もあわせて考える必要があると考えられる。
このように、国際的な脱炭素の潮流と日本のGX戦略は着実に進展しているものの、企業・家計の現場ではGX製品等の選択が必ずしも広がっていない側面もある。次節では、その背景となるGX価値と価格プレミアムの関係について整理する。
1-2 GX価値と「高くて選ばれにくい」ギャップ
(1) 各省庁で取り組むGXとGX価値
日本のGX関連施策は、内閣官房(GX実行会議)、経済産業省、環境省、農林水産省・林野庁、国土交通省、財務省・金融庁等、複数の省庁がそれぞれの所掌を踏まえて、例えば、以下のような取り組みを進めている。
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内閣官房・経済産業省は、2050年カーボンニュートラルと産業競争力・成長力の両立という観点からGXを「脱炭素成長型経済構造への移行」として位置づけ、エネルギー・産業部門の投資やサプライチェーン全体の排出削減を推進している。また、「削減実績量」や「削減貢献量」(注6)といった指標を通じて、製品・サービスレベルのGX価値を可視化しようとしている。
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環境省は、グリーン製品の評価や表示のあり方について議論を進めているほか、デコ活(注7)を推進して国民・消費者に脱炭素製品の意義やメリットを伝え、行動変容を促している。
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農林水産省・林野庁は、「みどりの食料システム戦略」(注8)や「『森の国・木の街』づくり宣言」(注9)を通じて、農林水産・森林分野における脱炭素と自然共生・地域振興を一体で扱っている。
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国土交通省は、住宅・建築分野のZEH/ZEB(注10)やモビリティ分野の電動化・物流効率化等を進めている。
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財務省・金融庁はGX経済移行債やサステナビリティ情報開示制度を通じて、GX投資を支える財政・金融の仕組みを整えつつある。
これらの施策は表現こそ異なるものの、いずれも脱炭素を中心に、資源循環性、自然共生、生産・生活基盤のレジリエンス、トレーサビリティや情報開示といった要素を組み合わせたGXの方向性を示していると整理できる。GX価値の構成要素については、第2章で改めて整理する。
(2) 供給側と需要側の認識ギャップ
GX製品等が増えつつある一方で、需要側の企業や家計としては、「従来品より価格が高い」、「メリットが定量的に把握しにくい」、「どれが本当に環境や地域に良いのか判断しづらい」といった受け止め方も根強い。また、物価高や収益圧迫のなかで「目先の価格」を優先せざるを得ない場面が多いと思われる。
一方で、供給側の企業は、GX価値を実現するために素材・設備・プロセス・認証取得等の追加コストを負担しており、それを製品・サービスの価格に反映せざるを得ない状況に置かれている。こうした、GX製品等には追加コストが必要の一方で、それに見合うメリットを需要側が感じ取れていない構造的なギャップが、GX製品等について「良いもの・良いことだとは思うが、実際に選ぶのは難しい」という感覚につながっていると考えられる。
このようなギャップが存在する中で、単に「環境のために行動変容を」と呼びかけるだけでは、需要側の制約状況や不安感等に十分応えきれない可能性がある。より具体的には、需要側の企業や家計からすると、「高い」理由や投資回収可能性が不明確なままでは、将来の利益よりも足元の負担感を強く感じてしまう。そのため、どの分野で、どの主体にとって、どのような意味で「高い」のか、政策と企業の工夫によってその「高さ」をどこまで緩和・許容・回収しうるのか、その上で国・企業・国民それぞれがどのような行動変容を起こせば将来のコストとリスクを下げられるのかを整理することが重要と考える。
1-3 【前編】の目的と位置づけ
以上の問題意識を踏まえ、議論の出発点をそろえるために、【前編】では次の二点を主な目的とする。第一に、「GX価値」の中身と「GX製品等は高くて選ばれにくい」という理解を整理する。第二に、企業等の実務担当者にとって、GX製品等の需要創出に関連する施策の全体像の理解を促進し、どの政策手段がどの段階のGX価値・どの意思決定に効くのかを俯瞰できる枠組みとして、「政策手段×バリューチェーン」の「政策マップ」の作成を提案する。
なお【後編】では、政策マップを手がかりに、GX製品等の需要創出を妨げる横断的な課題、大企業・中小企業・政策担当者・金融機関・国民それぞれに求められる行動と行動変容、それらを踏まえた政策・実務への提言を中心に述べたい。
2. GX価値と「高くて買われない」の整理
2-1 GX価値の構成要素は何か
第1章で見たように、各省庁のGX関連施策は、脱炭素を中心にしつつ、資源循環性、自然共生、レジリエンス、トレーサビリティ・情報開示といった要素にまたがるものとなっている。そこで、本レポートでは、公的なGX関連戦略や各省庁の施策に現れている方向性を踏まえつつ、GX価値を次の5つの要素の組み合わせとして整理する。
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脱炭素
製造・利用・廃棄の各段階における温室効果ガス排出の削減である。 -
資源循環性
再エネ利用や電化、リサイクル材・リユース・リマニュファクチャリング等による資源効率の向上と廃棄物削減、製品の長寿命化・サービス化等を通じて、資源投入と廃棄を減らす要素である。 -
自然共生
森林・農地・水辺や生態系サービスの保全・再生を通じて、生物多様性の損失を止め、回復に転じることを目指す要素である。 -
レジリエンス
エネルギー・資源価格の高騰や供給途絶、災害・気候リスク等に対する強さを高める要素であり、省エネ・分散電源・多様なサプライチェーン構築等を通じて、GX投資を価格ショックや災害に強い企業・地域・家計づくりにつなげる視点である。 -
トレーサビリティ・透明性
サプライチェーン上の排出量や資源循環性、自然共生への配慮状況等が、ラベル・認証・スコアリング、企業開示(有価証券報告書でのサステナビリティ情報の開示等)を通じて「見える化」され、取引先・投資家・家計による比較・評価・選択が可能になる要素である。
例えば「省エネ」は、少なくとも①脱炭素、②資源循環性、④レジリエンスの要素を持つものと考えられる。
2-2 「GX製品等は高い」の中身を分けて考える
続いて、GX価値を持つGX製品等が「高くて選ばれにくい」現状を、以下のとおり、パターンに分けて整理する。
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価格プレミアムが実際に大きい分野
低炭素建材(グリーン鉄・低炭素コンクリート等の脱炭素素材や認証木材等)、高性能リサイクル材、バイオプラスチック、環境配慮型農産物(有機農産物を含む)等は、現時点では、同等性能の従来品に比べて高価格となる傾向が見られる。例えば、製鉄プロセスの電炉化や水素還元等を通じて製造されるグリーン鉄は、国際的には自動車・建設・機械等のサプライチェーン全体で需要が立ち上がりつつあるものの、現時点では生産コストが高く、価格プレミアムが大きい分野の代表例といえる。これらの分野では、規模の経済がまだ十分に働いておらず、需要創出には政策支援や市場形成、さらなる技術開発等の時間が必要と考えられる。 -
初期費用は高いが、ライフサイクルコストでは得な分野
高効率空調・ボイラー・モーター等の省エネ設備、断熱改修や高断熱・高気密住宅、EVと再エネ電力メニューの組み合わせ等は、初期投資額は大きいが、エネルギーコスト削減によって、一定年数の経過後には初期投資の回収が期待できる。しかし現場では、「設備更新の優先順位」や「社内の説得の難しさ」、「補助申請に伴う事務負担」等から、GX関連の投資が後回しになったり、意思決定が遅れるケースも指摘されている。 -
価格差は縮小・逆転しつつあるが、「高い」イメージが残っている分野
LED照明や一部の太陽光発電等、技術進歩と普及によりコストが大きく低下した分野もある。それでもなお、「省エネ製品は高い」「太陽光は高コスト」という過去のイメージが消費者や経営層の意思決定に影響し、交換や導入の判断を遅らせたり消極的にさせている場合が見られる。
②や③の分野では、経済合理性やコスト低下が進んでいても、社内の意思決定プロセスや最新情報へのアクセス、過去のイメージなどが影響し、行動変容が必ずしも進んでいないという共通の構造があると考えられる。 -
価格以外の障壁:情報不足・信頼の問題・入手のしにくさ・習慣
価格要因に加え、「GX価値や総保有コストが分かりづらい」、「表示や広告をどこまで信頼してよいか分からない」、「地域によってはGX製品等の選択肢自体が少ない」、「新しい仕様・サービスに対する心理的な抵抗感や慣れの問題がある」といった非価格要因も需要を妨げている。また、気候変動リスクや脱炭素の必要性・便益が自分ごととして十分に認識されておらず、「多少高くても選ぶ理由」が見えにくい層も存在する。これらは、補助金だけでは解決しにくい行動面のハードルである。
以上のように、「高い」と受け止められる背景には、価格そのものだけでなく、情報不足や習慣等といった非価格要因も重なっている。次節では、これらの要因に対する政策手段をどのように整理できるかという観点から、GX需要創出メカニズムを概観する。
2-3 GX需要創出メカニズムの簡潔な整理
2-1で整理したGX価値の5つの要素と、2-2で見た「高くて選ばれにくい」3つのパターンと非価格要因を踏まえると、それらに働きかけるGX需要創出メカニズムは、大きく次の5つに整理できるのではなかろうか。
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価格インセンティブ(補助・税制・カーボンプライシング等)
補助金・税制優遇・低利融資、GX-ETS(排出量取引制度)等を通じて、GX製品等の相対価格を有利にする仕組みである。初期費用の高さを緩和するとともに、エネルギーコスト削減や将来の炭素コスト回避を含めたトータルの経済合理性を見えやすくすることが重要となる。 -
規制・公共調達(公的部門の行動)
省エネ基準や建築基準、グリーン購入法、公共建築物の木材利用方針等を通じて、「市場の当たり前の水準」をGX寄りにシフトさせる。補助・技術支援と組み合わせることで、企業や家計の行動変容をなだらかに誘導しうる。 -
情報・ラベリング・開示・見える化
GX価値指標(削減実績量・削減貢献量等)、各種環境ラベル、省エネ性能表示、企業開示等を通じて、価格以外の価値を比較・評価できるようにする。なお、情報は単に公表されるだけでなく、企業の調達・設計や家計の購入といった意思決定の現場で使いやすい形で提供される必要がある。 -
社会規範・レピュテーション(評判)・ナッジ(ちょっとした後押し)
GXリーグやGX率先実行宣言、ESG評価等を通じて、「GXに前向きに取り組む企業は評価される」という社会的な雰囲気が少しずつ広がりつつある。また、再エネ電力プランを初期設定にしておく、環境性能を分かりやすく比較表示する、といった小さな工夫(ナッジ)があると、人びとはGX寄りの選択をしやすくなる。こうした社会規範、レピュテーションやナッジは、価格以外の面から行動変容を促す仕組みと位置づけられる。 -
供給側のイノベーションとの好循環
需要がある程度見込めるからこそ企業はGX投資を行い、スケールメリットや学習効果によってコストが下がる。コスト低下により、さらに需要が拡大する。価格・非価格の手段を組み合わせて、この好循環を意図的に作り出すことが重要である。
3. GX需要創出のための政策マップ
3-1 政策マップの設計:政策手段×バリューチェーン
第2章では、GX価値の構成要素と「GX製品等は高くて選ばれにくい」という状況の整理と、それらに働きかける5つの需要創出メカニズムを概観した。本章では、それらを、4つの政策手段と7つのバリューチェーン段階に投影し、「どの政策手段がどの段階のGX価値と『高さ』に働きかけうるか」を可視化する「政策マップ」の作成を考える。
(1) 縦軸は需要創出メカニズム=政策手段の4類型
縦軸として、政策手段を、2-3で確認したメカニズム①~④と対応させて次の4類型に整理する。なお、メカニズム⑤供給側のイノベーションとの好循環は、これら4つの政策手段を組み合わせて使うことで中長期的に立ち上げていくべき視点と整理する(縦軸には採用しない)。
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価格インセンティブ
補助金・税制・低利融資等、GX製品等の相対価格を変える手段 -
規制・公共調達
性能基準や義務化、グリーン購入法、公的機関の調達方針等、市場の最低水準や需要を規定する手段 -
情報・開示
ラベルやGX価値指標、企業開示等、GX価値を「見える化」し、比較・評価を可能にする手段 -
自主イニシアティブ・官民連携
GXリーグや宣言スキーム、地域連携等、官民連携プラットフォームや任意の枠組みを通じた手段
これらの政策手段が、バリューチェーン上のどの段階を対象としているかによって、その効果や必要な組み合わせは大きく変わってくると考えられる。
(2) 横軸はバリューチェーン・分野の7区分
横軸には、企業が自社や取引先を当てはめやすいよう、「サプライチェーン(バリューチェーン)」を次の7区分に整理する。ここでは、調達・製造・物流だけでなく、利用段階やリサイクル、森林・吸収源も含めた価値の流れ全体を扱うため、以下では便宜上「バリューチェーン」と呼ぶ。
鉄鋼・化学・セメント等の上流素材や、電力・ガス・燃料・水素などのエネルギー供給といった、あらゆる産業に共通する基盤となる領域として整理。ここにGX価値があると、下流全体への波及が大きい。
工場設備・プロセス・GX関連装置など、生産設備への投資段階にあたる領域。省エネ・電化・再エネ設備など、多くのGX投資が集中するため、区分を独立。
トラック・鉄道・海運・航空など、物を動かす機能をまとめたもの。燃費改善・電動化・モーダルシフトなど、独自の政策・技術があるため別立て。
最終製品・サービス・住宅・建築物等、ユーザーが目にするアウトプットの段階。ラベルや認証も多く、GX価値が直接「選択の対象」となる中核の区分。
エネルギー利用やメンテナンス、PPA・サブスク等、需要側の使い方・運用の工夫に関わる領域。初期投資だけでなく、サービスとしてのGXを整理するために設定。
廃棄物処理・再資源化等、製品の終末段階。資源循環性の観点から、独立して区分化。
森林整備・木材利用・自然共生サイトなど、脱炭素と自然共生の両方に関わる吸収源をまとめた領域。一般の製品ライフサイクルとやや異なるため、別枠。
a~fで、一般的な製品・サービスの上流から下流までの流れ(資源投入→製造→物流→製品・建築→利用→回収・資源循環)を押さえつつ、脱炭素と自然共生の双方の観点から特に重要な森林・木材・吸収源をgとして独立させて区分した。
こうして設定した縦軸と横軸を組み合わせると、次のような「政策マップ」の枠組みを作成できる(資料1)。

3-2 主要政策のマッピング(省庁別の概要)
次に、前節で設計した枠組みに沿って各省庁の政策をマッピングする。なお、本レポートで取り上げるのはGX需要創出に関する代表的な政策を例示したものであり、GX需要創出関連施策の全てや、供給サイドのGX関連施策を網羅するものではない。
(1) 経済産業省
経済産業省は、2025年12月に「サプライチェーンでのGXを通じたGX需要創出に向けて(とりまとめ)」(注11)を公表し、2026年度以降のGXリーグにおけるサプライチェーン全体での排出削減・GX製品需要創出の方向性を整理している。本レポートのマップ上では、a~f 全般×③情報・開示/④自主イニシアティブに位置づけられる。「GXサプライチェーン構築支援事業」(注12)は、水電解装置や洋上風力関連設備などの国内製造サプライチェーン構築を補助金で支援するもので、a・b×①価格インセンティブにあたる。次世代自動車の導入促進は、補助金を通じてc×①価格インセンティブに作用する(注13)。GX-ETS(排出量取引制度)は、将来的に①価格シグナルを通じてGX投資と需要創出の双方に影響を与えることが想定される(注14)。
(2) 環境省
環境省は、2025年9月に「グリーン製品の需要創出等によるバリューチェーン全体の脱炭素化に向けた検討会(中間とりまとめ)」(注15)を公表し、GX製品等の需要創出を通じてバリューチェーン全体の脱炭素化を進めるための論点を整理し、制度設計と今後の施策方向を示した。これは、d~f×②規制・公共調達/③情報・開示の基盤となる。2025年12月から始まった「脱炭素製品等の需要喚起に向けた検討会」(注16)では、省エネ住宅や設備、EV、再エネ電力などへの需要側支援(補助・ポイント・減税等)が検討されており、d・e×①価格インセンティブを中心にカバーする。資源循環設備等への支援(注17)は、f×①価格インセンティブを強化し、循環型GX製品の供給と需要を下支えする。
(3) 農林水産省・林野庁
農林水産省は、2021年5月の「みどりの食料システム戦略」を通じて、農業分野での環境負荷低減や有機農業の拡大を進め、食と農のバリューチェーンにおけるGX価値の向上を目指している。全般に関わるが、特にd×③情報・開示に位置づけられる。「森の国・木の街」づくりは、g 森林・木材とd 建築物にまたがる①価格インセンティブ/②規制・公共調達/③情報・開示/④自主イニシアティブ・官民連携を総合的に扱い、地域の中小林業・製材業・工務店などのビジネスにも直結する。
(4) 国土交通省
国土交通省は、ZEH・ZEB支援や建築物省エネ基準の強化等を通じて、住宅・建築分野のGX投資と最低水準の底上げを図っている(注18)。これらはd×①価格インセンティブ/②規制・公共調達/③情報・開示を主にカバーする施策と整理できる。モビリティ・物流分野では、モーダルシフトや共同配送の取り組みが、c×①価格インセンティブ/②規制・公共調達/④自主イニシアティブ・官民連携をカバーする(注19)。
(5) 財務省・金融庁 等
財務省・金融庁は、GX経済移行債や成長志向型カーボンプライシング構想を通じてGX関連投資の財源と将来の炭素コストシグナルの方向性を示すとともに、サステナビリティ・気候関連情報の有価証券報告書での開示を進めている(注20)。これらは、GXサプライチェーン構築支援事業などの財源としてa・b×①価格インセンティブを底支えするとともに、③情報・開示と①価格インセンティブの両面からGX投資・GXビジネスへの資金の流れを方向づける基盤となる。
以上をマッピングしてみたものが、資料2である。このようにマッピングしてみると、GX需要創出に関連する政策の「かたまり」やカバー範囲の傾向、すき間を可視化しやすくなる。

3-3 企業・政策担当者から見た政策マップの「読み方」
本節では、政策マップを大企業・中小企業・政策担当者がそれぞれどのように活用し、自らの行動に結びつけていくことができるか、という視点を整理する。
(1) 大企業:サプライチェーン(バリューチェーン)全体のGX設計図として
大企業は、自社グループと主要サプライチェーン(バリューチェーン)をa~gにマッピングし、政策マップを重ねることで、「どの段階にどの政策・支援の束が存在するか」、「どの段階が支援やルールの空白地帯になっているか」を把握しやすくなる。その上で、GXリーグやGX率先実行宣言、GX-ETS(排出量取引制度)等を、経営・調達・設計・営業・財務をまたぐ統合的なサプライチェーン全体のGX戦略と行動変容プログラムとして位置づけていくことが考えられる。
(2) 中小企業:自社に関係する施策を見つける入口として
中小企業は、まず自社がa~gのどこに位置するかを確認し、関係するセル(例:b×①、d×①②③等)に関して重点的に情報収集するのが現実的ではなかろうか。商工会・業界団体・自治体・地域金融機関、大企業からの情報提供も活用し、「自社が使えるGX支援リスト」を作成することが、GXへの第一歩を後押しすると考えられる。
(3) 政策担当者:企業から見た重なり・すき間を点検するツールとして
政策担当者にとっては、例えば「ある段階について、規制・基準はあるが支援や情報が不足している」、「(企業規模別にマッピングすることで)大企業向けの枠組みは整っているが、中小企業向けが弱い」といったギャップを、ユーザー(企業や家計)目線で点検するツールとなりうるのではなかろうか。
4. 【前編】のまとめ
【前編】では、まず、「国際的な脱炭素の潮流と日本のGX戦略、物価高や中小企業の制約という背景」、「GX価値の5つの構成要素」、「GX製品等は高くて選ばれにくいという3つのパターンと非価格要因」を整理した。その後、「それらに働きかける5つの需要創出メカニズム」と、複数省庁にまたがるGX関連施策を「政策手段(4類型)×バリューチェーン(7区分)」の政策マップとして可視化することの有用性を提示した。
あらためて、政策マップを俯瞰すると、次のような横断的な課題が見えてくる。
①価格インセンティブや②規制・公共調達は、資源・素材や大型設備、建築・物流といった特定分野・大規模投資に対しては、長年の制度蓄積もあり比較的厚く整備されている。一方で、中小企業や最終需要者に近い段階に届く施策は、上流・大規模分野に比べると相対的に薄く見える部分もある。
GX製品等には追加コストが上乗せされる場合が多い一方で、その価格プレミアムを誰が、いつ、どのような手段で分担するのかが、必ずしも整理されていない。物価高のもとでGXの追加コストを受け止めるには、GX投資と賃上げ・適正な価格転嫁を一体で考える視点も、今後いっそう重要になると考えられる。
③情報・開示では、企業・金融向けの枠組みが充実してきている一方で、プロダクトレベルのラベルや需要側の意思決定に使いやすい情報は、まだ限られている。②規制・公共調達や①価格インセンティブについても、GX製品等の需要を広げる「呼び水」としての機能は、まだ十分とはいえない面がある。
GX需要創出は、省エネ・効率化や国産エネルギー・循環資源の活用、新産業育成を通じて、中長期的には実質所得の底上げと物価高リスクの抑制に資する可能性を持つ一方で、「環境のために追加コストを負担する話」と受け止められがちとも思われる。GXは物価高や低成長への対策として寄与しうるものとの理解・認識の醸成をどう図っていくかが、今後の重要な論点といえる。
こうした課題は、どの主体がどのように動けばGX需要創出が進みうるかを考えるための手がかりでもある。【後編】では、政策マップを手がかりに、大企業・中小企業・政策担当者・金融機関・国民それぞれに望まれる行動と行動変容の方向性を考えていく。
【注釈】
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外務省ウェブサイトで、国が決定する貢献(NDC)の概要や、2021年10月22日に閣議決定された「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」が確認できる。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1w_000121.html
https://cger.nies.go.jp/cgernews/202111/372001.html -
例えば、日本経済新聞が2025年11月23日に報道しているほか、環境省が開催結果を公表している。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA21DIS0R21C25A1000000/
https://www.env.go.jp/press/press_01793.html -
2030年度目標の他、日本は、2025年2月に閣議決定された「地球温暖化対策計画」において、2050年ネットゼロの実現に向けた直線的な経路にある野心的な目標として、2013年度比2035年度▲60%、同2040年度▲73%の目標も掲げている。
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「GX基本方針」とは、2023年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」のこと。「GX2040ビジョン」とは、2025年2月に閣議決定された「GX2040ビジョン 脱炭素成長型経済構造移行推進戦略 改訂」のこと。
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002.html
https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250218004/20250218004.html
なお、GX(ジーエックス)とは、グリーン・トランスフォーメーションの略で、エネルギーの安定供給・経済成長・温室効果ガス排出削減の同時実現を目指す取り組みのこと。
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/index.html -
SSBJ基準とは、サステナビリティ関連の情報開示に関する包括的なグローバル・ベースラインである「ISSB基準」との機能的な整合性が確保された、日本のサステナビリティ開示基準を設定するサステナビリティ基準委員会(Sustainability Standards Board of Japan)が 2025 年 3 月に公表した基準のこと。
https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards/2025-0305.html -
削減実績量とは、自社内の排出量を削減した製品単位の排出削減のこと。削減貢献量とは、自社外ではあるがライフサイクル全体で排出削減された製品単位の排出削減のこと。
https://www.env.go.jp/content/000242799.pdf
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/gx_product/pdf/20240326_1.pdf -
デコ活とは、2050年カーボンニュートラル及び2030年度温室効果ガス削減目標(2013年度比46%削減)の実現に向けて国が展開している「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」の愛称。
https://www.dlri.co.jp/report/ld/330502.html -
「みどりの食料システム戦略」とは、農林水産省が2021年5月に策定した、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するための戦略のこと。
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/ -
「『森の国・木の街』づくり宣言」とは、企業等が、①建築物の木造化などの木材利用の推進、②木材利用の効果の見える化、に取り組むことを宣言するもの。
https://www.rinya.maff.go.jp/j/mokusan/rinyahp/20251001-1.html -
ZEH(ゼッチ)はネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの、ZEB(ゼブ)はネット・ゼロ・エネルギー・ビルの略称。ZEH(ZEB)は、一定水準以上の省エネ性能を有し、さらに再生可能エネルギー等の導入により、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した住宅(建築物)のこと。
https://www.mlit.go.jp/shoene-label/index.html
https://www.mlit.go.jp/shoene-label/images/guideline_honpen.pdf -
2025年12月「サプライチェーンでのGXを通じたGX需要創出に向けて(とりまとめ)」
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関連する事業として、例えば、「クリーンエネルギー自動車導入促進補助金」、「クリーンエネルギー自動車の普及促進に向けた充電・充填インフラ等導入補助金」などがある。
https://www.cev-pc.or.jp/ -
2025年12月「産業構造審議会排出量取引制度小委員会 中間整理」
2025年12月「排出量取引制度における上下限価格の水準(案)」 -
「脱炭素製品等の需要喚起に向けた検討会」(2025年12月~)
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関連する支援事業として、例えば、「先進的な資源循環投資促進事業」がある。
https://www.env.go.jp/content/000335979.pdf -
関連する支援事業として、例えば「子育てグリーン住宅支援事業」、「サステナブル建築物等先導事業(省CO2先導型)」、「住宅・建築物省エネ改修推進事業」等がある。また、2025年9月には、より高い省エネ性能を掲げ、また再エネの自家消費の拡大の促進に向け、新たに「GX ZEH」、「GX ZEH-M」が定義されている。
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/shienjigyo_r7.html -
関連する支援事業として、例えば「モーダルシフト等推進事業」、「地域連携モーダルシフト等促進事業」がある。
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/ms_subsidy.html
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/seisakutokatsu_freight_tk1_000267.html -
2025年7月「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ 中間論点整理」
2025年12月「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ 報告」
【参考文献】
- 内閣官房(2025年12月)「GXをめぐる情勢と今後の取組について」(第16回GX実行会議資料1)
加藤 大典
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

