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2026.10.01
欧州経済
スペイン経済
国際的課題・国際問題
スペイン高成長の裏で深まる住宅危機
~移民・観光・人口増加に追いつかない住宅供給~
田中 理
- 要旨
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- スペインでは、移民流入を背景とする人口・労働力の増加や、旺盛な観光需要が高成長を支える一方、住宅供給が追いつかず、住宅価格や家賃の高騰が深刻化している。特に若年層への負担が大きく、全国的な抗議運動を受けて政府は立ち退き防止や賃貸規制の強化に動いた。ただ、住宅不足の解消には、新築や公共住宅の供給拡大が欠かせない。2027年以降は復興基金による追い風が弱まるほか、移民政策を巡る政治的不透明感も強まる。移民を成長力として取り込むには、住宅や社会インフラの整備と社会統合を同時に進められるかが重要になる。
移民・人口増に追いつかない住宅供給
スペインで住宅価格や家賃の高騰に対する抗議運動が広がっている。直接のきっかけとなったのは、マドリードで87歳の女性が70年以上暮らした住宅から強制退去させられたことだ。これを契機に住宅問題への不満が噴出し、9月28日にはマドリード、バルセロナ、セビリア、マラガなどスペイン各地で一斉に抗議活動が行われた。首都マドリード中心部のプエルタ・デル・ソル広場には数百張りのテントが設置され、2011年の反緊縮運動「15-M運動」を想起させる光景となっている。参加者は、立ち退きの抑制、賃貸契約の延長、家賃規制、短期賃貸や投機的な住宅取得への規制強化などを要求している。
今回の抗議運動は個別の立ち退き問題を契機としながらも、その背景にはスペインで長年蓄積してきた住宅需給の逼迫がある。スペインの住宅価格は2026年1~3月期に前年比12.9%上昇し、中古住宅では13.5%の上昇となった。住宅価格の上昇が家計所得の伸びを上回る状況が続いており、特に若年層や低所得層にとって住宅の取得や賃借が難しくなっている。
高成長が住宅需要を押し上げる皮肉
住宅価格高騰の大きな要因は、旺盛な住宅需要に供給が追いついていないことにある。経済協力開発機構(OECD)によれば、2022~24年の住宅建設許可が約34.5万戸だったのに対し、純世帯の増加数は約60.4万世帯に達した。政府資料によれば、足元では新たな世帯形成に対応するため約75万戸の住宅供給が必要とされている。
こうした住宅需要を押し上げている要因の一つが、近年のスペイン経済の好調さを支えてきた人口増加である。スペインでは移民流入によって人口と労働力が急速に増加している。移民は人手不足を緩和するとともに雇用や消費を押し上げ、他のユーロ圏主要国を上回る経済成長を支えてきた。一方、人口増加は新たな世帯形成を通じて住宅需要も押し上げる。住宅供給が人口増加に追いつかなければ、経済成長を支えるはずの人口増加が住宅価格や家賃を押し上げ、家計の生活コストを高めるという副作用を生む。
スペインではこれに観光需要も加わる。マドリードやバルセロナをはじめとする大都市・観光地では、観光客向けの短期賃貸や季節賃貸の拡大が、一般居住用の長期賃貸住宅の供給を圧迫している。このため、住宅問題は人口流入が多い大都市や観光地でとりわけ深刻となっている。
若年層に集中する住宅不足のしわ寄せ
住宅価格や家賃の高騰は、特に若年層の生活や住宅取得に影響している。スペイン統計局によれば、2025年には26~34歳の44.3%が親と同居しており、そのうち47.3%が「住宅を購入または賃借する経済的余裕がない」ことを主な理由に挙げた。また、住宅を探したにもかかわらず転居できなかった人の67.1%が「価格が高すぎる」ことを理由としている。
住宅不足は若者の生活設計にも影を落としている。若年層の親元からの独立を遅らせ、結婚や出産などにも影響を及ぼす可能性がある。移民を中心とする人口流入によってスペイン全体の人口が増える一方、国内の若年層が住宅費負担のため独立や家族形成を遅らせるという、新たな社会問題を生みつつある。
デモを受けて住宅規制を強化
全国的な抗議運動の拡大を受け、サンチェス首相が率いる社会労働党(PSOE)が主導する政権は9月29日、住宅対策を盛り込んだ緊急政令法を閣議決定した。政令法は30日に公布され、10月1日に施行される。
新たな措置には、代替居住場所を持たない脆弱な借家人に対する一定の立ち退き停止措置を2030年末まで延長すること、2028年末までに期限を迎える一定の賃貸契約を借家人の申し出により最長2年間延長すること、季節賃貸や部屋貸しを利用した規制回避を防ぐこと―などが盛り込まれた。また、割安な不動産を取得して収益化する投資ファンドによる一定の住宅取得を2028年末まで制限する。
ただ、こうした政策には幾つかの課題がある。第一は、脆弱な議会基盤だ。政令法は議会による承認を必要とするが、サンチェス政権は議会で安定多数を持たない。住宅政策では政府を支える地域政党などの立場も必ずしも一致しておらず、今後の議会審議が焦点となる。
第二は、今回の対策の多くが借家人保護や既存住宅の利用方法に対する規制であり、短期的に住宅供給を大幅に増やすことは難しい。立ち退き規制や家賃規制は既存の借家人を保護する一方、制度設計によっては家主が住宅を長期賃貸市場から引き揚げるなど、供給を抑制する可能性もある。住宅不足を根本的に解消するには、新築住宅の供給拡大、公共・社会住宅の整備、土地開発や建築許認可の迅速化など、供給側の改革が欠かせない。
住宅不足が「成長の制約」に
スペイン経済は近年、移民流入を背景とする人口・労働力の増加、旺盛な観光需要、欧州復興基金を活用した投資拡大などに支えられ、ユーロ圏の主要国を上回る成長を続けてきた。しかし、人口増加に住宅や社会インフラの供給が追いつかなければ、これまで成長を支えてきた要因が生活コストの上昇を通じて社会的不満を強め、逆に成長の制約要因となりかねない。今回の全国的な住宅デモは、こうした矛盾が表面化したものとみることができる。
政府による立ち退き防止や投機規制は短期的な家計保護につながるが、住宅不足そのものを解消するものではない。今後の焦点は、住宅市場への規制と借家人保護を進めながら、住宅建設や公共住宅の供給をどこまで増やせるかに移る。好調な経済と人口増加を持続可能な成長につなげるためにも、住宅供給の拡大はスペイン経済の重要な構造課題となっている。
復興基金終了と移民政策で変わる成長環境
2027年以降は、スペインの高成長を支えてきたもう一つのエンジンにも変化が生じる。欧州連合(EU)がコロナ危機からの経済復興に必要な財政資金を加盟国に提供する復興基金は、年末で新規の財政支援を終了する。もっとも、復興基金の終了と同時に、景気の押し上げ効果が完全に失われる訳ではない。資金受領から企業や政府による設備投資やインフラ整備が実際に行われるまでには一定の時間を要するほか、復興基金を呼び水とした構造改革の効果はその後も続くことが予想される。ただ、これまでのような巨額のEU資金の流入がなくなるため、成長率の押し上げ効果は次第に弱まっていく。
さらに、不透明感を増しているのが移民政策である。7月30~31日に北アフリカのスペイン領セウタで大量の移民が国境を越えたことを契機に、移民問題への関心が再び高まっている。政府は国境管理を強化するとともに、国際保護の審査や送還手続きを迅速化する措置を進めている。2027年に予定される総選挙でも、移民政策が重要な争点の一つとなる。中道右派の国民党(PP)や右派のボックス(Vox)は、サンチェス政権より厳格な移民管理を主張している。今後の選挙結果や連立協議次第では、移民政策の方向性が現在より厳格化する可能性があり、企業にとっても労働供給の先行きを左右する問題となる。
問われる移民主導の成長モデルの持続性
これはスペイン経済の先行きにとっても重大な意味を持つ。移民流入が鈍化すれば、建設、観光、農業、介護など外国人労働者への依存度が高い分野を中心に、人手不足や賃金上昇圧力が強まる可能性がある。他方、これまでのペースで移民の受け入れを続けることにも課題がある。人口増加に住宅や学校、医療、交通などの社会インフラ整備が追いつかなければ、住宅価格や家賃の上昇、公共サービスへの負荷を通じて社会的不満が強まり、移民政策を巡る政治的な対立を強める可能性がある。
足元で深刻化する住宅問題が浮き彫りにするのは、移民流入そのものの是非というより、増加する人口を社会がどのように受け止めるかという問題だ。移民を成長力として取り込むためには、それに見合った住宅供給や学校、医療、交通などの社会インフラを整備するとともに、雇用や教育を通じて移民の社会統合を進める必要がある。復興基金による追い風が弱まる2027年以降も高成長を持続できるかは、移民による人口・労働力の増加を、住宅不足や社会的な分断を招くことなく持続可能な成長につなげられるかにかかっている。
田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

