デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

ECB首脳人事の号砲

~シュナーベル理事退任で加速する次期総裁レース~

田中 理

要旨
  • ECBのシュナーベル理事が任期途中の来年1月初旬に退任し、IMFに転出する。来年はチーフエコノミストを務めるレーン理事とラガルド総裁も任期満了を迎え、主要3ポストを一体で決める大型人事に発展する可能性がある。ラガルド氏が早期退任を否定しなくなるなか、後継総裁候補にはオランダ中銀前総裁のクノット氏やスペイン中銀前総裁のデコス氏らの名前が挙がる。ドイツが総裁、チーフエコノミスト、シュナーベル氏の後任のどのポストを狙うかが、今後の人事交渉を左右しそうだ。

欧州中央銀行(ECB)は24日、シュナーベル理事が任期途中の来年1月3日付で退任し、翌4日付で国際通貨基金(IMF)の金融顧問兼金融資本市場局の局長に就任することを正式に発表した。同ポストは9月から空席となっており、ドイツの有力紙は今月初旬、シュナーベル氏がIMFに転身する可能性があると報じていた。

ドイツの学者出身の同氏は、理事会内の政策議論をリードする論客として知られるほか、現理事会内で最タカ派とみられてきた。シュナーベル氏は当初、来年10月末に任期が切れるラガルド総裁の後継総裁への就任に意欲をみせていた。だが、再任が禁止されているECB理事がそのまま総裁に横滑りすることには法的な疑義が指摘され、ドイツ政府も同氏を総裁候補として推すことに慎重だったと報じられてきた。後継総裁への道が狭まるなか、転身先となるIMFのポストは、シュナーベル氏がECB理事として担当してきた職務(市場オペ、調査、統計)や学者として研究してきた分野(金融危機や金融規制など)とも親和性が高い。こうした事情も、来年12月末の任期満了を待たずに転身する判断を後押しした可能性がある。

シュナーベル理事の後任は、通常の手続き通り、ユーロ圏各国が候補者を出し、ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)で調整したうえで、欧州議会とECBの諮問を経て、EU首脳で構成される欧州理事会が特定多数決で任命する。ECBのプレスリリースによれば、来年1月3日の退任までに後任が決まらない場合、シュナーベル氏の担当職務を他の理事に一時的に割り振るとしている。つまり、ECB自身も1月3日までに後任人事が決着しない可能性を想定している。

ECBの総裁・副総裁・4名の理事のポストは、国別の割り当てが決まっている訳ではないが、これまで出身国のバランスに配慮して決められてきた(図)。ドイツ、フランス、イタリアはECB発足以来、常に1ポストを確保してきた。このため、ドイツはシュナーベル氏に代わる人物をECBの執行部に送り込むことに強い関心を持っているとみられる。

図表
図表

ただ、今回はシュナーベル氏の後任だけを決める形とはならなそうだ。来年5月末にはチーフエコノミストを務めるレーン理事(アイルランド出身)、10月末にはラガルド総裁(フランス出身)の任期も満了する。シュナーベル理事の後任、レーン理事の後任、ラガルド総裁の後任の3ポストについて、年末までに一体的な人事案をまとめる可能性が取り沙汰されている。

こうした一体人事の可能性を高めているのが、ラガルド総裁の早期退任観測だ。ラガルド氏は以前、任期満了まで総裁を続けることを基本路線としていたが、最近では早期退任を明確に否定しなくなっている。7月のフランス紙のインタビューでは、状況が落ち着けば早期退任する可能性を排除しないかと問われ、「それはあり得る」と回答した。今月中旬の別のフランス紙とのインタビューでも、総裁任期を全うするかとの質問に、「2027年に退任する。それ以上は言わない」と答えた。

来年1月末に自伝を発売する予定であることや、9月にはサルコジ政権でともに閣僚を務めた中道政治家の政治集会で演説をしたことも、早期退任観測に拍車を掛けている。ラガルド氏は大統領選への出馬やフランス政界への復帰を否定しているが、来春のフランス大統領選を前に「欧州の声」を届ける意向を表明している。ECB総裁の立場では国内政治への積極的な関与は難しく、大統領選前の早期退任を予想する見方が消えない。

後継総裁の候補として現在有力紙されているのは、オランダ中銀前総裁のクノット氏、国際決済銀行(BIS)の総支配人を務めるデコス氏(前スペイン中銀総裁)だ。ドイツ連銀総裁のナーゲル氏も候補の1人だが、ユーロ圏各国政府の間には、伝統的にタカ派で知られるドイツから総裁が誕生することへの慎重論が根強い。また、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長がドイツ出身のため、EUの重要ポストの多くをドイツ出身者が占めることへの抵抗も指摘されている。

ただ、ドイツ出身総裁の可能性が完全に消えた訳ではない。フォン・デア・ライエン氏は来年1月に選出されるドイツ連邦大統領の後任候補の1人として名前が取り沙汰されてきた。現時点で同氏の転出が具体化している訳ではないが、仮に連邦大統領への転出などを通じて欧州委員長が他国出身者に交代することになれば、ドイツ出身者がECB総裁に就く際の政治的な障害の一つが取り除かれる。その場合、ナーゲル氏が後継総裁候補として再浮上する余地も残る。

ドイツが総裁ポストを狙うのか、シュナーベル理事の後継ポストの確保に動くのか、金融政策決定で大きな影響力を持つチーフエコノミストの座を狙うのかによって、人事交渉の組み合わせは大きく変わる。シュナーベル理事の後継人事を単独で決めれば、ドイツは理事ポストを確実にできる反面、総裁やチーフエコノミストのポストを諦めることになる。逆にシュナーベル理事の後任人事を急がず、他の2ポストと一体で交渉すれば、ドイツはより重要なポストを獲得する選択肢を残すことができる。

後継総裁人事には、もう1つの大国フランスの思惑も絡む。二代連続でフランス出身の総裁を輩出することは難しいと考えられるなか、フランスはクノット氏の総裁就任を支持する代わりに、金融政策の立案で重要な役割を担うチーフエコノミストの座を狙っていると報じられている。フランス政府は、フランス中銀のベナシー=ケレ副総裁や、マクロン政権で欧州担当相を務めたブーン氏(金融業界出身)をチーフエコノミストの候補として検討しているとされる。来春の大統領選挙後に退任するマクロン大統領にとっても、自身の任期中に次期ECBの執行部人事に一定の影響力を及ぼすことが可能となる。

シュナーベル氏の突然の退任は、単なる1人の理事の交代にとどまらず、ECB発足以来でも有数の大規模な高官人事の呼び水となる可能性がある。インフレ再燃への警戒からECBが金融引き締めを進めるなか、最タカ派の1人であるシュナーベル氏が去り、さらに総裁とチーフエコノミストが短期間に交代すれば、理事会内の政策バランスも大きく変わり得る。今後は誰がラガルド氏の後を継ぐかだけでなく、主要国が3つのポストをどのように分け合い、次期執行部がどのような布陣となるかが、ECBの中長期的な金融政策を占ううえで注目を集める。

以 上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。