- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- 「脱スターマー」を鮮明にした英バーナム政権
- 要旨
-
- 英国で9月30日、バーナム首相の就任後で初となる労働党大会が閉幕した。バーナム首相は党首演説で、過去40年間に英国で進められてきた政策からの転換を訴え、社会的ケア、住宅、エネルギー、水道など国民生活に密接に関わる分野で政府の関与を強める方針を表明した。年金制度や選挙制度の改革に加え、欧州連合(EU)との関係についても、スターマー前政権が設定したレッドライン(政策上の譲れない一線)にとらわれず、中長期的な関係を再検討する考えを示した。
- 一連の政策は、財政規律を重視し、市場や企業との関係に配慮して政策運営を行ったスターマー前政権からの転換を印象づけるものとなった。ただ、バーナム政権が直面する財政環境は厳しく、今回打ち出した改革の多くは直ちに実施される訳ではない。今回の党大会は、バーナム政権が目指す英国の将来像を明確にする一方で、それを実現する財源や当面の経済政策については多くの課題を残すものとなった。
公共サービスへの政府関与を強化
9月27~30日にリバプールで開催された英国の労働党大会では、7月に発足したバーナム政権が今後の政策運営の方向性を示した。今回の党大会で鮮明になったのが、公共サービスへの政府関与を強める方向性である。バーナム首相は、住宅、水道、エネルギーなど生活に不可欠な分野について、民間企業や市場に過度に依存してきた従来の政策を見直す考えを示した。水道事業では政府による出資に対する制約を撤廃し、経営難に陥った事業者などへの公的関与を可能にする。住宅についても、自治体が空き家を取得し、低家賃住宅として活用するなど、住宅供給への公的関与を強める。
バーナム政権の政策転換を象徴するのが、全国共通の社会的ケア制度「国民ケアサービス(National Care Service:NCS)」の創設である。次期議会中に高齢者や障害者に対する介護・生活支援サービスの無償化を目指す。これは原則無料の医療サービスを提供する「国民保健制度(National Health Service:NHS)」に似た制度で、自宅での訪問介護、食事・着替え・入浴・トイレなどの日常生活支援、ケアホーム・介護施設での介護、障害者の自立生活支援などを、資産や所得の多寡にかかわらず利用できる。
ただ、社会的ケアの拡充には巨額の財源が必要となる。このためバーナム首相は、2030年以降に公的年金の「トリプルロック」を見直し、年金支給額の伸びを抑制する方針を表明した。トリプルロックとは、公的年金の受給額を毎年、「賃金上昇率」、「物価上昇率」、「2.5%」のうち最も高い率に合わせて引き上げる仕組みである。高齢者の所得が物価上昇や現役世代の賃金上昇から取り残されることを防ぐことを目的に、2011年に導入された。物価や賃金の伸びが低い場合でも最低2.5%の増額を保証するため、高齢者の所得保障を手厚くする一方で、年金支出が経済成長や税収を上回って増加しやすく、財政負担の拡大につながるとの指摘もある。
これは単なる社会保障支出の拡大とは性格が異なる。高齢者向けの現金給付である年金の伸びを抑える一方、その財源を社会的ケアという現物サービスの拡充に振り向けるもので、高齢者向け社会保障の中身を組み替える改革と位置づけられる。
ブレグジットのレッドラインも見直しへ
今回の党大会では、英国とEUとの関係についても大きな政策転換の方向性が示された。バーナム首相は、英国のEU離脱(ブレグジット)が「英国に利益よりも害をもたらした」との認識を示し、EUとの長期的な関係を改めて検討する考えを表明した。さらに、党大会閉幕日の30日には、今後の選択肢として、現在の関係を維持するだけでなく、EUの関税同盟への参加、単一市場への参加、さらにはEUへの再加盟まで排除せず検討する考えを示した。
スターマー前政権は、EUとの関係改善を進めた一方で、「EUには再加盟しない」、「単一市場には復帰しない」、「関税同盟には復帰しない」というレッドライン(政策上の譲れない一線)を維持してきた。バーナム首相の発言は、英国とEUの中長期的な関係について、こうした制約をいったん外し、幅広い選択肢を比較する姿勢に転じたことを意味する。
もっとも、現時点でバーナム政権がEU再加盟を政策目標として決定した訳ではない。関税同盟や単一市場への参加を含む複数の選択肢を検討し、今後の国民的な議論につなげるという段階にある。それでも、ブレグジット後の英国では主要政党がEU再加盟を現実的な政策選択肢として扱うことは避けてきただけに、首相が再加盟まで排除しない姿勢を示した意味は小さくない。11月に予定される英EU首脳会議と、その前後に示される英国政府の長期的な対EU方針が次の焦点となる。
政治制度にも改革の矛先
バーナム政権は、公共サービスや対EU政策に加え、英国の選挙制度の見直しにも踏み込む。バーナム首相は従来から、現在の小選挙区制(First Past the Post:FPTP)を見直し、得票率を議席数により反映しやすい比例代表制を導入する必要性を訴えてきた。今回の党大会では、選挙制度改革を検討する超党派の委員会(National Commission on Electoral Reform)を2026年中に設置する方針を表明した。
バーナム政権は現在の議会で選挙制度を変更する訳ではない。バーナム首相は9月1日の議会答弁で、次期総選挙前に制度を変更する考えを明確に否定した。これは、選挙制度のような政治の基本ルールを変更するには、選挙を通じて国民から政策実行の正統性や権限を与えられる必要があるとの考えによるものだ。このため、次期総選挙までは現行の小選挙区制を維持する。超党派委員会がそれまでに選挙制度改革についての報告書をまとめ、その内容を踏まえて労働党が次期総選挙のマニフェストに制度改革を盛り込む。選挙で国民の信任を得て次期政権を担えば、選挙後の議会で制度変更を実施するという工程を想定している。
導入する制度の具体的な形はまだ決まっていない。バーナム首相自身は比例代表制への移行を支持しているが、比例代表制にも様々な方式があり、具体的にどの制度を採用するかについては超党派委員会で検討することになる。このため、現段階では、「比例性を高める方向で選挙制度を見直す」という改革の方向性が示された段階と位置づけるのが適切だ。
英国の下院選挙では、各選挙区で最多得票を得た候補者だけが当選する小選挙区制が採用されている。この制度は単独政権を生みやすい一方、政党の全国得票率と議席数の間に大きな乖離が生じる。2024年の総選挙では、労働党が33.7%の得票で下院の650議席のうち411議席を獲得したのに対し、リフォームUKは14.3%の得票で5議席の獲得にとどまった。
比例性の高い制度に移行すれば、こうした得票率と議席数の乖離は縮小する一方で、一つの政党が単独で下院の過半数を確保することが難しくなり、連立政権や少数与党政権が増える可能性がある。また、リフォームUKのように全国的に一定の支持を集めながら小選挙区制では議席につながりにくかった政党が、得票率に応じた議会勢力を形成しやすくなる一方で、単独で政権を掌握するハードルを高める制度となる。実現すれば、選挙で「勝者」を決める政治から、選挙後の政党間交渉によって「多数派」を形成する政治へと英国政治を変える可能性がある。
改革の多くは次期総選挙後
今回示された政策の多くは、本格的な実施時期がかなり先に設定されている。NCSの本格導入は次期議会で、年金トリプルロックの見直しは2030年以降を想定している。EUとの関係や選挙制度改革についても、次期総選挙のマニフェストに向けて具体策を検討していく性格が強い。
背景にあるのは、バーナム政権が抱える厳しい財政制約がある。2026~27会計年度に入ってから政府の借入は予算責任局(OBR)が3月時点で想定した水準を上回って推移している(詳細は9月24日付けレポート「財政制約に直面する英バーナム政権」を参照されたい)。歳入は想定以上に増えているものの、社会保障給付や国債利払いなどを中心に歳出がそれ以上に膨らんでいるためだ。新政権の政策転換によって歳出が増えたというよりも、既存政策に必要な費用が当初想定を上回っていることが財政を圧迫している。バーナム政権は、スターマー前政権が2024年の総選挙で掲げた公約を今議会中は基本的に引き継ぐ方針を示唆している。このため、増税や歳出削減によって大規模な財源を捻出する余地も限られる。
理念から実行力が問われる段階へ
今回の労働党大会を通じて、バーナム政権の政策理念はかなり明確になった。公共サービスへの政府関与を強め、社会保障の配分を見直し、EUとの関係を再構築する。さらに選挙制度を含めた政治改革にも踏み込む。財政規律と市場との関係を重視したスターマー前政権と比べれば、政策の重心を政府による積極的な介入と公共サービスの再建に移す姿勢が鮮明になっている。ただし、こうした改革には大きな財源が必要となる。社会的ケアの拡充だけでなく、住宅、エネルギー、水道への公的関与を強めれば、中長期的には政府の財政負担が増える可能性がある。一方、英国では国債利払い費や社会保障費が増加し、財政余力はむしろ縮小している。
ここにバーナム政権が抱える最大の課題がある。すなわち、政府の役割を拡大するという政策の方向性と、政府が自由に使える財源が乏しいという現実をどう両立させるかである。この意味で、今回の党大会はバーナム政権の「政策転換」を示す大会だったが、その実行可能性を判断する材料はまだ十分ではない。次の重要な節目となるのが10月28日に予定される予算案だろう。党大会で示した改革の方向性を維持しながら、悪化する財政状況にどう対応するのか。歳出削減、増税、借入増加のいずれにも政治的・経済的な制約があるなか、バーナム政権は具体的な選択を迫られる。
田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

