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インフレ警戒を強めるECB

~来年以降も利上げを継続へ~

田中 理

要旨
  • ECBは9月の理事会で25bpの利上げを全会一致で決定した。景気の底堅さが続く一方、中東情勢の緊迫長期化を背景に、物価の上振れリスクへの警戒を強めている。
  • 新たな物価見通しは2027・28年を上方修正した。足元の原油・ガス価格は「標準シナリオ」の想定を上回っており、冬場のガス需給が逼迫すれば、物価上昇の長期化と追加利上げにつながる恐れがある。
  • 筆者は12月、来年3月、6月に25bpずつ利上げし、政策金利が3.25%に達すると予想する。エネルギー高が長期化すれば、さらに利上げが必要となる可能性もある。
  • 2027年にはECB執行部の主要3ポストが相次いで交代する。ラガルド総裁の早期退任観測も浮上しており、クノット、デコス、ナーゲル各氏を軸に、次期総裁を巡る政治交渉が本格化する可能性がある。

インフレ警戒でECBは利上げを再開

イラン情勢の緊迫長期化による物価の上振れリスクが高まっていることから、欧州中央銀行(ECB)は10日に終わった理事会で25bpの利上げを全会一致で決定した。ECBは6月に利上げを開始した後、エネルギー価格の上昇の持続性や他の物価への波及を見極めるため、7月の理事会では追加利上げを見送り、新たに入手可能な経済データを確認したうえで、9月に改めて金融政策を判断するとしていた。7月の理事会以降に発表された経済指標は、4~6月期のユーロ圏の実質国内総生産(GDP)成長率が前期比年率+2.6%と前期のゼロ成長から大幅に加速し(図表1)、7~9月期入り後の経済データはまだ少ないが、ユーロ圏の購買担当者指数(PMI)やドイツのIfo企業景況感などで業況改善が継続していることが確認できる(図表2)。成長率の上振れは多国籍企業の経済活動による振れが大きいアイルランドの高成長に支えられ、企業の業況改善は少し前のイランの停戦期待を反映した可能性がある。また、8月のユーロ圏の消費者物価は前年比+3.3%と約3年振りの水準に加速した。内訳はエネルギー価格が同+14%台に乗せ、物価全体の押し上げに寄与したが、食料品価格の上昇率が鈍化し、変動が大きい食料・エネルギー・アルコール飲料・たばこを除いたコア物価も目立って上昇が加速していない(図表3)。こうした景気の底堅さと物価の上振れは、今回の利上げ決定の材料としては十分だった。

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声明文のリスク判断は、成長見通しに対するリスクが下振れ方向に、物価見通しに対するリスクが上振れ方向にあるとしている。中東での紛争やウクライナ情勢を背景に、エネルギー供給の混乱が再燃し、エネルギー価格の上昇が長期化するリスクを指摘している。その場合、実質所得、消費、投資に悪影響を及ぼすとともに、世界的な金融市場の動揺、信用環境の引き締まりも加わり、景気の下振れリスクが高まることを警戒している。また、世界的な貿易摩擦が再燃した場合、サプライチェーンの混乱や輸出減少に加えて、景気を下押しするリスクがあると指摘している。

物価面では、エネルギー価格の上昇がさらに深刻化し、他の物価や賃金への波及リスクが高まる可能性を指摘している。特にガス価格については、さらなる供給途絶の発生に加えて、貯蔵率の低さと冬場の寒波が重なる場合の価格上昇に警笛を発している。また、貿易摩擦の再燃がサプライチェーンの混乱や重要原材料の供給制約を招く恐れがあるほか、異常気象の影響で食料価格が予想以上に押し上げられる恐れがあると指摘している。

ガス価格の上昇で利上げを継続へ

同時に発表されたECBスタッフによるユーロ圏の消費者物価見通しの「標準シナリオ」は、前回6月時点と比べて、2026年が前年比+3.0%で横ばい、2027年が同+2.3%→同+2.5%に、2028年が同+2.0%→同+2.1%に上方修正された(図表4)。内訳は、食料品価格が2026・27年に大幅に下方修正された一方、2026・27年のエネルギー価格、エネルギーと食品を除いた米国型コアが2027・28年と上方修正された。今回の見通しは8月19日までの前提数値に基づいて作られている。足元の原油やガス価格は「標準シナリオ」の想定を大きく上回っており、むしろ「悪材料シナリオ」に近い(図表5)。

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「悪材料シナリオ」に基づく消費者物価の見通しは、2026年10~12月期と2027年1~3月期に前年比+4.0%に上昇が加速し、その後はピークアウトするものの、予測最終期の2028年10~12月期時点でも同+2.3%と中期的な物価安定目標を上回る(図表6)。変動の大きいエネルギーと食料を除いた米国型コア物価でみても、2027年1~3月期に同+2.9%でピークアウトした後、予測最終期も同+2.4%で高止まりする。イラン情勢の緊張が継続するなか、「標準シナリオ」対比の物価見通しの一段の上方修正が避けられそうにない。

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ロシアによるウクライナ侵攻後の2022-23年と比べて、今回の物価上昇がこれまで限定的だった理由の1つには、欧州のガス価格が比較的落ち着いていたことがある。だが、イラン情勢の緊張が長期化し、ガス価格の上昇が続けば、より積極的な金融引き締めが必要となる。今年の欧州はガスの貯蔵率が例年対比で低く、冬場の需要期が近づくなか、ガス需給の逼迫が警戒されやすい(図表7)。ECBもガス価格の上昇を警戒しており、寒波による暖房需要の増加が重なれば、ガス価格の更なる上昇を招き、物価の上振れリスクが高まると指摘している。

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最近のECBの高官発言を振り返ると、最タカ派のシュナーベル理事だけでなく、中立派とされるリトアニア中銀のシムカス総裁や、穏健タカ派のアイルランド中銀のマクルーフ総裁からも、9月の利上げ後も金融引き締めを続ける可能性を示唆する発言が相次いでいる。今のところ賃金や他の物価への波及が限定的なことから、利上げペースを加速し、連続利上げに踏み切る状況には至っていない。声明文での今後の追加引き締めに関する文言は、これまで通り「事前に金利のパスを想定せず、データに基づいて理事会毎に判断する」方針を維持した。レーン理事は7月の講演で、ECBスタッフの最新の分析によれば、ユーロ圏の景気を過熱も抑制もしない中立金利の推計レンジは従来の「1.75~2.25%」から「1.75~2.5%」に拡大したことを明らかにした。今回の利上げで、ECBの下限の政策金利(預金ファシリティ金利)は、修正後の中立金利のレンジ上限に達する。ここから先の利上げについては、より慎重な判断が必要となる。

新たなスタッフ見通しで物価予想は上方修正され、米国型コア物価は「標準シナリオ」でも2027年の各四半期に前年比+2.3~2.7%、2028年に同+2.2~2.3%と、予測期間を通じて2%の物価目標を上回り続ける。そのうえ、足元の原油やガス価格は、こうした見通しの想定対比で上振れしている。中期的な物価安定の確保には、さらに複数回の利上げが必要となりそうだ。筆者は12月に続き、来年3月と6月にも25bp刻みで追加利上げを行い、政策金利は3.25%に達すると予想する(図表8)。その後は、エネルギー価格の沈静化を受け、様子見に転じるとみる。ただ、イラン情勢の緊張が来年以降も続き、原油価格が1バレル=100ドル、天然ガス価格が1メガワット時=100ユーロを継続的に上回る場合、エネルギー価格の上昇が他の物価に波及する可能性が高まり、来年後半以降も追加利上げを余儀なくされる恐れも出てくるだろう。

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来年早々のラガルド総裁の退任に現実味

今回の理事会では、2027年10月末に任期を迎えるラガルド総裁の後任人事にも注目が集まった。スペインの有力紙は最近、①7月のフランス紙とのインタビューで、情勢が落ち着いた場合、任期前に退任する可能性があるかを問われ、ラガルド氏が「あり得る」と発言したこと、②7月の理事会後の記者会見では「2027年になる前に私がいなくなることはない」と発言、つまり年明け後のどこかのタイミングで辞める可能性があると受け取れる回答をしたこと、③2027年1月末にラガルド総裁の自伝が発売されることが最近明らかになったこと、④転身が噂される団体の会合に8月に出席したこと―などを根拠に、ラガルド総裁が2027年早々に退任する可能性があると報じていた。最タカ派のシュナーベル理事も先週、ドイツの有力紙で国際通貨基金(IMF)の高官に転身するため、任期前に退任する可能性があると報じられており、2027年中に任期を迎えるラガルド総裁、シュナーベル理事、チーフエコノミストのレーン理事の3人の人事を一括して決める政治交渉が水面下で始まっている可能性がある(図表9)。

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理事会後の記者会見でも、ラガルド総裁の早期退任に関連した質問が相次いだ。総裁は「自分の身の振り方について何かニュースがある場合、自分の孫を除けばあなたが一番早く知ることになるが、現時点で報告することは何もない」と冗談を交えながら回答したが、任期満了まで職務を継続するかどうかの明言を避けた。また、自伝の発売に伴う商業プロモーションがECB総裁の職務と両立するかを問われ、「土日や休暇取得で対応する」と回答した。

なお、後継総裁の最有力候補は、オランダ中銀前総裁のクノット氏と、スペイン中銀前総裁で国際決済銀行(BIS)の総支配人を務めるデコス氏の2人で、両者を追うのがドイツ連銀総裁のナーゲル氏。総裁就任に意欲を示していたシュナーベル理事は、現職理事の総裁就任が法的に難しく、脱落した可能性が高い。3候補とも中銀総裁としての経験が豊富で、金融政策に精通している。タカ派度合いが高いのは、ナーゲル氏、クノット氏、デコス氏の順番と考えられる。過去の国別配分を考えると、2027年に任期が切れる役員会の3ポストのうち、ドイツとフランスが各1ポストを手に入れるのは確実とみられる。総裁がオランダ出身のクノット氏となれば次期執行部は今よりややタカ派に、スペイン出身のデコス氏となればややハト派に傾く。ドイツ出身総裁の誕生は、南欧諸国などからの反発も根強いことや、欧州連合(EU)の重要ポストをドイツが独占するのは難しいことから、今回も見送られる公算が大きい。EUの最重量級ポストである欧州委員会の委員長は、ドイツ出身のフォン・デア・ライエン氏が2019年から務めている。ドイツは来年1月末にシュタインマイヤー連邦大統領の後任人事を決定する予定で、その候補の1人としてフォン・デア・ライエン氏の名前も挙がっている。フォン・デア・ライエン氏がドイツの連邦大統領に転身する場合、ナーゲル氏のECB総裁就任の可能性が再浮上しそうだ。

以 上

田中 理


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